092話:ミレーユ
結局、村会の会議もその後の練習その他も、ほぼ無駄骨だった。
誰もが予想だにしていなかった来訪者は、うら若き令嬢だったのだ。
豪華な馬車も、よく見ればかなり汚れが目立つ。
相当無理して来たのか馬も息絶え絶えと言った状態だ。
馬車から飛び出した令嬢は、(おそらく知った顔という理由で)ノブロフにすがりついた。
「お願いです!レインを助けてください!!」
「はい?」
村側出席者による、合唱のような声が響き渡ったのだった。
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とりあえず落ち着きましょう、ということで、レストランの個室(3つあるうちの一番大きい部屋)へと一同を案内した。
ちょっとした宴会でも使えるようにあつらえた個室で、20人くらいは余裕で入れる規模だ。
ミレーユ嬢は、カルケール伯爵の次女、つまり伯爵令嬢だった。
ノブロフが本店に勤務していた時、商品を持参して訪問した時には奥方や執事さんたちに交じって同席しては、持ち込んだ珍しいものに目を輝かせる元気なご令嬢だった、と印象を話してくれた。
レストランへの移動中に、お付きのメイドさんにそれとなく聞いてみたけど・・・昼夜問わず走らせようとする令嬢を何とかなだめながら、馬が潰れないギリギリの速度とスケジュールで飛ばしてきたらしい。
そう語るメイドさんは流石にキチっとした・・・あ、跳ね毛が。
よく見ると疲労感が所々に・・・お疲れ様です。
護衛の騎士も一緒に来ていたものの、村が近づくと令嬢の号令で馬車が一気に加速、限界をとうに超えていた騎士達を置き去りにしてきたらしい。
騎士たちが騎乗していた馬は、いずれも鍛え抜かれた軍馬だった。
しかしながら、城を飛び出した時、騎士たちはフル装備で訓練の真っただ中だった。
突然村へ向かうと言い出した令嬢に気がついた数名が、取るものもとりあえず護衛として同行してきたのだという。
いかに鍛え上げられた軍馬とはいえ、流石に訓練用の馬具をつけたうえにフルプレートで完全武装した騎士を乗せての無理な強行軍を越えてきたのだ、6頭立て馬車のダッシュ力には付いてこれなかったのだろう。
けど、それでいいのか?騎士たちよ。
忠誠心と根性が足りんのではないか?
一人くらいは、装備を捨ててでも馬の負担を減らしてついてこようって騎士は居なかったものかね。
ここは何といってもノスサンザ大森林の奥深くだよ?
主を守るって気概が足りんぞ。
騎士へのイメージが古臭いかな。
まぁ、ご令嬢とはいえ次女だし、話を聞く限りは伯爵に無断で出て来たっぽいしな。
この世界の騎士ってたしか、家督を継ぐ見込みのない貴族の3男4男とかがなる職業みたいなもの。
真面目な人はそこでがんばって功績をあげて上爵を目指すそうなんだけどね。
たいていは最後の特権に胡坐をかくボンボンの集団って感じらしい。
しかも、伯爵家の騎士ってことなら、騎士たちの親も下位貴族だろうしね、心からの忠誠心なんかないのかもな。
まさか、どうせ追いつかないって言ってサボってんじゃないだろうな?
レストランの個室には俺、ソンチョー、スローク、ノブロフにンダバ、パラミドと、元々出迎えに集まった面々の他に、一応念のため医療関係者にも来てもらおうってことでマナさんにも入ってもらった。
令嬢側は令嬢本人とお付きのメイドさんの二人。
ありえないほど少人数だ。
なんせ、あとは馬の手入れのために厩へいっている御者さんだけ。
騎士達が気づかなければ、たった3人でここまでやってこようとしていたなんてな。
信じられないことする暴走特急様だ。
ちなみに護衛はいまだに現れず・・・やっぱりサボってやがるな。
で、問題の来訪の目的。
令嬢はかなりヒートアップしていて、どうにも話がまとまらない。
メイドさんに補足してもらいながら、何とか話がつながってきた。
要するに、
令嬢が救ってくれと懇願したレインという人物は、令嬢の命の恩人らしい。
令嬢が馬車での移動中、魔物に襲われた。
護衛の騎士たちもあっけなくなぎ倒され、混乱の中死を覚悟した時、颯爽と現れた青年、レインに窮地を救われたのだという。
その活躍が認められて城に招かれた彼は、滞在しながら騎士たちに指導のようなことをしていたそうだ。
城への滞在を許可されたってのは、それなりに伯爵からも気に入られたのだろう。
じゃあなんで治療が必要なのかというと、俺たちがこの世界に落とされたときに起こっていた魔物の氾濫、あれの後始末がまだ終わってなかったからなんだ、ということみたい。
砦が一つ壊滅するほどの被害をもたらした氾濫も、俺が知った時にはすでに討伐も終わっていたわけだけど、その時討ち漏らし、逃げ隠れていた魔獣が時折問題を起こすんだそうだ。
令嬢が襲われたのもそのうちの一匹とされているらしい。
で、魔獣被害の報告が入ると、レインとやらは騎士の小隊と一緒に討伐に参加したりしていたそうなんだけど、先日、瀕死の重傷を負ってしまったらしい。
手を尽くして治療を続けるが一向に回復する気配も無く、日に日に弱っていく様子に令嬢はいてもたってもいられず、伝え聞いたみどり村のうわさに、藁をもすがる思いで飛び出してきたと・・・。
なるほど。
マジ、会議無駄だったじゃん。
俺、出てないけどさ。
癒しの時間もそこそこに連れ戻されたってのにさ。
「どうしよう、シンさん。」
ソンチョーが小声で聞いてきたけど・・・なぜ俺に? 医療関係はマナさんに聞いておくれよ。
と思って様子を見たら・・・目立たないように隅で気配消してるし。
まぁそうか・・・まだこの世界では女性の医師は存在しない・・・と、思う。
久しぶりの”常識さん”情報だからあまり当てにはできないけど。
それに、医療ポッドのことは秘匿しておくべきだ。
幸いにもこの世界の住人に医療ポッドを必要とする重篤な症状は出ていない。
今のところは。
ということで、出来る限り秘匿しておきたいし。
かといってポーション類を大盤振る舞いするわけにもいかないし・・・
貴族に恩を売るのは悪い話じゃない。
ましてや、相手は絶賛迷惑をかけている可能性の高いカルケール伯爵だし。
かといって、簡単に重体患者がが治るなんて話が広まっても困る。
すでにこんな厄介ごとが舞い込んでるくらいだもん。
下手したら、死者を蘇生しろなんて無理難題を吹っ掛けられるかもしれないし。
どうしたものか。
とりあえず、ゆっくり考える時間稼げないかな。
「その方は、この村にお越しいただくことはできないのでしょうか。」
領都と往復する間くらいは考える時間を稼げないかな、という軽い気持ちで言ってみたけど。
「無理です。絶対安静の状態で動かすことなどできません。」
お付きのメイドさんが食い気味に返してきた。
「なぜいらしてくださらないの!わたくしの恩人など、どうなっても良いとでも?!」
あぁ~、お嬢がまたヒートアップしてきちゃったよ。
「いや、そもそもですね、ここの噂を聞いていらしたそうですが、どのような噂なのでしょう?」
あ、ソンチョーナイス。
うまく話を逸らしてくれたよ。
「こちらには神々の加護を受けた医師がいらっしゃると聞きました。
その方の御業で、死も間際のお方が完全に回復されたと。」
「は?」
思わず声が出ちゃったよ。
うん、ちょっと・・・非常に尾ヒレってるよね。
って思ったけど、マナさんが額に手を当てて小さくため息を吐く姿が目に入っちゃった。
視線は俺に・・・え?俺?
あぁ、俺、そう言うことになってたんだったっけ?
確か、死んでた間は危篤状態とか言って誤魔化されてたんだよね。
それが元気な姿で戻ってきたもんだから・・・。
なんかスマン。
俺が原因でしたか。
う~ん、それは何とかしないと。
「それは、デマです。」
考えて発した言葉は、冷たいようでもハッキリとした否定だった。
俺が当事者だなんておくびも感じさせんようにね。
想像通りだけれど、令嬢の顔からスゥっと赤みが消え、グラリとくずおれ、その場にへたり込んでしまった。
「お嬢様!」
令嬢を支えながらも、こちらをキッと睨みつけるメイドさん。
そりゃ八つ当たりってもんですぜ。
「病やケガを治す加護なんて存在しません。」
そもそも加護じゃないから嘘にはならないよね。
レインとやらがどんな人物かは知らないけれど、これ以上変に話が広まるのは防ぎたい。
ここで噂を断つ。
俺は、それくらいのつもりで否定することにした。
「マナ先生でもなんとかならないのでしょうか。」
パラミドが令嬢を心配そうに見ながら、しかし決して近づこうとはせずに気遣う。
ノブロフも、知った相手だからかソワソワと落ち着きがない。
・・・はぁ・・・俺も甘いなぁ・・・。
「まず、ハッキリさせておくことがあります。
レインさんを治すことは、可能かもしれませんが、不可能かもしれません。
それは、彼の状態を見ていない以上、いい加減な発言はできないからです。
次に、先ほどデマだと断言したのは、神の加護だという話、死の間際でも回復したという話、この2点です。
詳しい話はこの場ではできませんが、この村に優れた医師はおりますし、神の御業と勘違いしてしまうほどの高い治療技術があります。
ただし、その力は万能ではありません、だから治療できるとは言えないのです。
そして、その力はこの村の中でしか使えません。
なぜなら、この村の環境でしか使うことのできない特殊な医療機器を使うからです。」
片膝ついて、令嬢の目を、見るのは不敬らしいので、視線を顎先あたりに合わせてゆっくりと、ハッキリと告げた。
今の俺のレベルではおそらく、重体患者を魔法で回復、は無理だろうし、ポーション類は表に出すのはまずい。
一番ちゃんとした治療っぽく見えて、回復させられる可能性があるのはマナの医療ポッドだ。
だけど、それが移動可能だと知られるのはやっぱりまずい。
ということで、この村に連れてきてこっそりやるしかないわけだ。
村で定着している守護神像による特殊な能力云々って話は、やっぱり神の加護だとか言い出されそうで面倒なので、この場では控えて、特殊な医療機器だと説明するにとどめた。
こちらの意図を察してか、矛盾に気づいたそぶりも見せず黙っていてくれたノブロフには感謝だ。
さすが上に立つ商人はちがうね。
これで諦めてくれれば一番いいんだけれど、さすがにそれは無理かなぁ。
何とか無理して連れてくるか?
途中死なれたら恨まれちゃうかな。
「では、ここにお連れしなければ、その治療も受けることはできないという事ですのね。」
少しだけ冷静さを取り戻した令嬢は椅子に座り直すと、顔を伏せ黙り込んでしまった。
あ、いい感じ?
そうだ、そのまま諦めてくれ。
なんて冷たいことを考えていると、
<シンさん、ひょっとしてなんだけど、レインって、ワタリビトじゃないかな。>
スロークが、指定した対象以外は誰にも聞こえない”密談”のスキルで話しかけてきた。
首を小さくかしげることで、「わからない」と伝えたつもりだけどどうだろう。
俺はまだ、”密談”のスキルが解放されていないので返信できない。
確かに、出会い方がラノベのテンプレすぎるとは思うんだよねぇ。
それに、護衛達が相手にならないほどの魔獣を倒したっていう戦闘力にも、この世界の一般人には無い違和感を感じる。
もしレインとやらが同じ仲間、ワタリビトなら助けたいとは思うけれど。
とかいろいろ考えていると、
「では、応急で治療ができるものを派遣しましょう。
容態を見て、回復可能か判断させます。
ただ、その段階で手の打ちようがない、という判断となってしまう可能性もあります。
治療が可能と判断すれば、この村への道中の延命措置も行わせます。」
スロークがそう提案すると、令嬢はパッと顔を上げ、涙で目を潤ませながらスロークの手を握った。
「感謝します・・・あ、申し訳ありません。わたくし、ご挨拶もないままに。」
あぁ、そういえばそうだったね。
顔を真っ赤にしながら、改めて挨拶とそれぞれの紹介を済ませた。
「では、こちらのシンがご同行いたします。」
にゃにぃ!
「彼は技術開発関連の専門家ですが、医術においても医師の助手を務められる逸材ですので、ご安心ください。」
ちょっと待て、なんでそうなるのさ。
と”念”を込めてスロークを見るけど・・・伝わっている気配はない。
無念。
「なんで俺が?」
後で恨めしく言ったら、
「え?だって、ワタリビトかもって言ったら、首を縦に振ったじゃないか。
なら、確かめた方がいいだろ?自分は応急処置以外は自己回復専門だし、ポーション以外で他人の治療ができるのはシンさんだけだろ。」だってさ。
伝わってなかった!
縦に振ってないよ!傾げたんだよ!気づかれないように小さくだったけどさ。
くぅ、はやく"密談"を解放せねば。
結局とんでもない面倒事を押し付けられてしまった。
まぁ、スロークの言うこともさ。
確かにそうなんだけどさ。
なんか釈然としないよね~。
しかも、「一刻の猶予もないのです。」なんてご令嬢が言い出すんだもの。
さすがに馬がもたないと、総出でなだめすかして、なんとか一泊をもぎ取ったよ。
マスターの料理も相まって、上機嫌なご令嬢を村一番の宿泊所に案内すると、嵐のような一日が終わった。
翌朝は日の出と同時に出発だってさ。
トホホだよ。




