059話:悩み
森の中。
村から30分ほど離れているが、周囲に等間隔で設置されたデモンエイプやグレートベアの毛皮や干し肉の効果で、嗅覚の鋭い魔獣は近寄ってこない。
嗅覚が鈍い=弱者
生存競争の激しいこの森では、そう言った図式が成り立っている。
そんな中、ライアーは一人悩んでいた。
彼が得意としていたキャラクター、ザギフは突然変異によって生まれた子で、悪魔の子として恐れられ、生まれて間もなくジャングルへと捨てられた。
偶然子を無くしたばかりの大猿に発見され育てられた野生児、と言う設定になっている。
一撃必殺の威力は無いものの、ノックバックやスタンなどの特殊効果やトリッキーな挙動がライアーのプレイスタイルに合っていたから好んで使ってはいたが、ザギフの見た目は彼の好みとは真逆の存在だった。
前回の襲撃では何とか勝つことができたものの、自身の力不足を痛感することになった。
ライアーがプレイしていたストリートバトラーは、ユーシンの爆裂学園のようにコンボをつなげていくことで威力を大幅に増加させてゆくといった効果はない。
間の取り合いや、タイミングの計りあい、攻撃と防御の微妙なタイミングなどが重要な玄人好みのシステム。
その分プレイヤーの技能が大きく反映されるわけだが、いざ現実になってみるとパワー不足が否めない。
さらに、特攻服のような服にバットを持っただけで、ツナギの作業服でバールを持っていた時よりはるかに強化されていたユーシンを見ても、外見をキャラクターと全く違った姿にしたライアーは能力を大きく減衰されている可能性が高い。
だからと言って、元の姿に戻る、という選択肢はない。
なんだか負けた気がするし、あの姿でいるのは死ぬほど嫌だった。
「だいたい、なんでよりによってザギフなんだよ。」
自分が愛用していたんだから仕方ないとはいえ、現実になるとこれほど使いにくいキャラはいないだろう。
「せめてレイオットかゼツエイならなぁ。」
レイオットは攻守のバランスが良く、気の塊を飛ばす遠距離攻撃があり、ゼツエイはストリートバトラーのキャラ中唯一、一撃必殺を狙える返し技がある。
姿からすればゼツエイが最も近いし、そのキャラであればもっと力が出せたかもしれない
もっと言えば、大会のためにストリートバトラーをやっていたわけで、本来彼の得意なメインゲームは神拳シリーズだ。
3Dで表現された様々なステージの中で、建築物や自然の障害物を利用したり、ド派手な必殺技や複雑で多様なコンボが魅力の格闘ゲーム・・・。
「セカンドゲームか・・・ワンプレイでもやっとけばなぁ。」
後悔しても意味はない、そう分かっていても、あの時の不甲斐ない自分を思い出すたびに考えてしまう。
だからこそ、連日一人で試行錯誤を繰り返しているのだが、やはりザギフの技ではこれ以上の強化は難しそうだ。
オープニングムービーで一瞬、手首から先だけが炎に包まれたシーンが映っていた。
これは、何とか実現できた。
残念ながら実用レベルには至っていないが、服を燃やさなくて済むようになった。
それでも結局威力の大幅向上にはなりそうもない。
胡坐をかいて木に寄りかかると、空を見上げながら目を閉じた。
ゲームでのザギフの挙動と有効範囲を思い出してゆく。
何度となく繰り返してきたが、見落としがあるかもしれない。
そして、その思いはいつも通り徒労に終わった。
ゴロリと寝っ転がると、しばらく悪魔への愚痴で時間をつぶした。
「・・・・・まさか・・・。」
ふとした推測が浮かんだのはその時だ。
セカンドゲームが有効なら、セカンドキャラはどうなんだ?
思いついたら試さずにはいられない。
ライアーは、浅く深呼吸すると、腰を低く落とした。
左手を、片手で拝むように顔の正面に。
右腕は拳を握り締め、体の後方に構える。
「竜炎掌!」
真っすぐに突き出した右の拳は、ただの正拳突きでしかなかった。
「・・・マジか・・・」
何事も起こらなかった。
が、右の拳に感じた違和感に、確信めいた何かを感じた。
あの日は、大会前の調整で、ライバルたちの使うキャラを含め、多くのキャラを使っていた。
動作と間合いの確認のためだ。
竜炎掌はレイオットの技、そのモーションを真似たことで何かを感じることができた。
発動こそしなかったけれど、兆しともいえる感覚を感じることができた。
つまり・・・。
「あぁ・・・こいつは楽しくなりそうだ。」
ニヤリと笑うと、パキパキと指を鳴らしながら森の奥へと走り出した。
**
自分は、いったいこの村に何ができるのだろう。
マスターの店で給仕をしながら、ついため息が出てしまった。
ミサのプレイしていたゲーム、シンデレラアイドルは、この村では何の役にも立ってくれない。
興行団に囚われていた時は、辛く身の危険を感じるような生活を送りながらも、舞台に立ちゲームの能力も活用できていた。
あの生活に戻りたいとは少しも思わないが、今の生活にも不安は多かった。
ゲームに課金するためにバイトを掛け持ちするような生活を送っていたため、役に立てるような技術も知識もない。
同じ日に助け出されたカイトとアカネは、ゲームの能力をいかんなく発揮して頑張っているというのに。
ただ給餌の仕事をするしかできない自分が歯がゆくて仕方がない。
そんなミサの様子に気づいていた人影・・・もとい、猫影が一つ。
ユーコは、元の世界ではあまり恵まれた環境とは言いがたい生活を送っていた。
そう言った生活から、周囲の人間の感情を読み取ることに敏感になっていた。
だからこそ、ミサが抱いていた不安感にも敏感に察知することができていて、ひっそりと様子をうかがっていたのだ。
自分には何もできないのではないか、期待されていないのではないか、自分はここにいてはいけないのではないのか、そういった不安感は、ユーコも良く知っていた。
だからこそ、何とかしなければという思いも強かった。
夜、閉店後の調理場に全身防護服を着たユーコがいた。
毛が落ちるといけないから、と言う理由で自発的に着てのぞんだのだが。
「そこまでしなくたっていいよ、ユーコさん。」
マスターに笑われてしまった。
「夜にぃ、何日かに一回とかだけでもいいからね、店でちょっとしたステージをやってみたらいいと思うのぉ。」
ユーコの出した結論だった。
ミサと一緒にやってきた3人娘は、現在マスターの店で給仕として働いているが、元々は歌劇場で音楽を披露していた。
職人やハンターたちでにぎわう昼時と異なり、夜は提供する料理のグレードも価格も上げているため、食事に来るのはワタリビトの面々か、裕福層くらいで空席も目立つ。
夜の営業の価格を高めに設定しているのは、移住して開業した酒場等への配慮でもあるのだが、いささか寂しくはあった。
給仕の仕事も雇っているヒトやゴブリンたちで十分まかなえるし、村に足りない娯楽の一環として悪くはない提案だ。
というユーコのプレゼンを聞いて、ようやくこの提案には、もう一つの目的があると気付くことができた。
ミサへの配慮だ。
いままで全く気が付いていなかった自分にあきれてしまった。
この店を任されておきながら、自分は料理のことばかりで働いてくれている従業員のことまで気が回っていなかったのだと。
「いいんじゃないかな、僕も彼女たちの音楽を聴いてみたいし。」
こうして、マスターの店では7日に一度、夜の時間限定でミニコンサートが開催されることになった。
楽器を扱える人はこの村にはほとんどいないし、ミサの容姿と歌唱力もあって、ステージは瞬く間に話題になった。
ミサの能力はステージに立つことで発揮される。
そして、ファンの数等によってランクアップする。
ランクアップすることで歌唱力やダンス力、人を引き付ける魅力などが上がってゆく。
さらに、定期的に開催されるイベントで他のプレイヤーと競い合い上位に入ると、大量のコインが手に入る。
コインはガチャを回すために必要なアイテムで、通常は課金とログインボーナスによって手に入れる。
イベントで上位に入るには課金ガチャで手にはいるアイテム等が必要で、イベントで手に入るコインはガチャを回すのに必要で・・・という、数多ある課金誘発系ゲームの一つだ。
多少危うさはあるが、ガチャは限界まで回さないというミサの宣言を信じて任せている。
興行団のステージである程度ランクが上がっていたため、食事をする観客達の反応は上々だ。
「いやぁ、これほどの歌い手は領都にもいないでしょう。
演奏に使われていた楽器も見たことが無いものですし、もっと大きなステージで公演を行えば、きっとこの村の観光資源になるでしょう。」
領都に本店を構えるノイラード商会から派遣されているノブロフのお墨付きが出た。
楽器は、シンが残していった第一貯蔵庫の中身に入っていた。
貯蔵庫には、シンがゲームで作成した拠点に使われていた資材などが、資材の状態で詰め込まれていたのだが、ゴブリンのンダバとハゾル達が仕分け、管理していた。
村づくりの資材として使われているのだが、装飾用の楽器類も混ざっていたのだ。
スロークもゲームで楽器は記憶にないらしく、たぶんMOD製だろうと言っていた。
使われることになったのは、ペリオと言われるこの世界の弦楽器に近いギターとベースだった。
カブロに見せたら、弦楽器であるという以外、音色も姿も違うので珍しががられるに違いないと言っていた。
さっそく売れないかと言ってきたが、作れるはずも無いのでお断りした。
「ユーコさん!マスターさんから聞きました、ありがとうございます。」
弾けるほどの笑顔で抱き着ついてきたミサに、さすがのユーコもドギマギしてしまう。
(こ、これがアイドルぱわぁなのねぇ~)
ようやく、この村で自分にしかできないことを見つけたミサは、いつかこの村で、大きなステージに立つ、という目標を見つけることができたのだった。
**
「なんで動かないんだ・・・。」
クリフトが目下取り組んでいるのが、水力発電の開発だ。
ビーバータイクーンでは普通に建設できる施設だし、能力を使って作ることができるのに、テストではまったく発電しないのだ。
発電できたからと言って今の状態では使い道も無いのだが、いざ必要になった時に検証を始めたのでは意味が無いと、一人空いた時間を見つけては実験を続けている。
「う~ん、こういう時シンさんに相談したいのになぁ。」
確か彼は、元の世界では町の電気屋さんだったというし、ゲーム知識も豊富で相談するにはうってつけなんだろうけど。
ゲーム知識と言う事でライアーに相談してみたこともあったけれど、ジャンル違いと言うことで自分の想像以上の回答は得られなかった。
どうも、彼はクラフト系にはあまり強くないみたいだ。
発電さえうまくいけば、街灯や水を送るポンプ、粉を引く電動の臼、糸をつむいだり布を編んだりと、住環境を大きく発展させる起爆剤になる。
「何がいけないんだろうなぁ。」
今日、何度目かもわからない大きなため息を吐くクリフト。
「少しは休んだら?」
凛とした女性の声にたしなめられてしまった。
入り口には、白衣姿のマナがあきれ顔でこちらを見ている。
「お疲れ様、マナ先生。」
先月胃の痛みを覚えて診てもらって以来、たまに寄ってくれている。
「先生はやめて、私はあくまでも看護師なんだから。
医療ポッドが無かったらちゃんとした治療なんて出来ないのに、みんなまで先生だなんて・・・。」
ムスッとしたマナさんを見られるのも特権かな、なんて思いつつクリフトは両手を上げて降伏した。
「すいません、でも、この世界基準で言えばかなり優秀な医師と変わらないんじゃないですか?ソンチョーの能力で勉強もしてるんでしょ?」
みどり村七?不思議の一つ。
ゲームじゃないのに、ソンチョーがやっていたオンライン家庭教師の影響か、ソンチョーに勉強を見てもらうと驚異的な学習効果を発揮する。
その効果を利用して、ソンチョーが立ち会う場で、ノブロフが取り寄せたこの世界の医学書を使ってマナが学ぶ。
さらに元の世界で実践してきた看護師としての知識や経験もある。
すでにマナの医学知識はこの世界の医師を遥かに超えていた。
とはいえ、元の世界での医学を学べるはずもなく、この世界の医学は間違いや怪しい点も多く、それを身に付けられたところで医師を名乗ることはできないと、頑なに拒んでいるのだ。
うぃきネットで調べて、という案もあったのだが、あまりに高額なことと、命にかかわることをネットの情報で、ということに危機感を感じたマナが断っていた。
「せめて向こうの医学書や論文が手に入ればね・・・。」
マナまでため息をついてしまった。
「それはそうと、胃の方はどうなの?私たちが内臓系の不調を感じるなんて、今までいなかったんだから。」
最近分かってきたことだが、本気で心配している時の彼女は、ひどく不機嫌に見える。
言うことを聞かない患者には実力行使も・・・。
(これはマズい。)
「これから休憩しようと思っていたんだよ、胃の方もここ数日は違和感ないよ。」
マナの実力行使は容赦がないとスロークから聞かされていた。
ここは早々に白旗を上げなければ。
帰り支度を始めたクリフトを確認すると、
「次は強制入院だから。」
と、しっかり釘を刺して去って行った。
「マジ気を付けよう・・・。」




