058話:それぞれの思い
「狩りに行こう。」
突然現れたアオイは、ミサに迫るとそんなことを言ってきた。
理由は想像できる。
移住者たちの受け入れが落ち着き、みどり村には日常が戻りつつあった。
つまり、ミサたちがやって来てからもそれなりに日がたっている。
いまだにシン復活のための行動が進まないのは、ミサが遺体を受け入れることへの、心の準備ができていないから。
と、いうことになっている。
スローク達の必死の捜索にもかかわらず、シンの所在は痕跡すら見つけることができないままだ。
すでにアオイ以外のワタリビトにはスロークから事の顛末が伝えられていた。
こういった場面では、すかさず誰かがフォローしてくれていたのだが、あいにくこの場にはミサとアオイ以外に誰もいなかった。
迫られたミサにもアオイの心情はわかる。
むしろ、ミサを罵倒していてもおかしくない状況だが、アオイはけっしてそうはしなかった。
それだけに騙しているミサも苦しかった。
アオイの突然の提案は、狩りをすることで遺体への拒否感を減らそうということだろう。
「で、でも、私は戦う力も無いですし・・・。」
必死ささえ感じるアオイの様子に、元々流されやすい性格のミサはかろうじてそう反論することしかできなかった。
「大丈夫、私がちゃんとフォローするし、絶対怪我しないように装備も造るから、ね?」
いやとは言わせない、何が何でも連れていくと言った気迫を感じ、つい同意しそうになる。
その時、
「あ~!アオイねーちゃん、俺との約束は?」
そう言って助け舟を出してくれたのはカイトだった。
アオイと同じサンドボックス系クラフトゲームをプレイしていたカイトとアカネは、クラフトのやり方を指南してもらう、という体でアオイをよく連れ出してくれていた。
「え、約束?でも、今日はちょっと・・・」
言い淀むアオイ。
アオイもおねーちゃんと慕ってくれるカイトとアカネをかわいがっていた。
二人の頼みは聞いてあげたいが、このチャンスを逃したくもない。
そのせめぎあいの中、自分自身どうして良いのかわからず、頭を抱えてうずくまってしまう。
「ねーちゃん!」
「あ、アオイさん!」
二人の声も届かない。
視界から色が失われ、次いで光も失われていった。
**
「お目覚めですか?ご気分はどうです?」
アオイが目を覚ますと、すぐそばにいたオリヒメが声をかけてきた。
すぐ異変気づいた。
目から涙があふれだす。
「オリヒメ・・・。」
「はい、スキルも復活しました。これは、シン様が復活されたことの証拠だと思います。」
ギュッとオリヒメを抱きしめる。
シンが死んだあの日から、オヤカタ、トウリョー、オリヒメの3人は、流暢にしゃべることができなくなり、スキルも失われていたのだ。
「ジンざん・・・は?」
ひとしきり泣いた後、やっと声を出すことができたアオイ。
「それが、突然どこかに消えてしまったそうなんです。」
と、困った顔のオリヒメ。
「いつものこと、と言えばいつものことですが、本当に困ったシン様です。」
アオイを安心させるため、心にもないことを言った。
言葉も戻り、スキルも戻った。
しかし、本当にシンが復活したのかはオリヒメ達にも分からない。
オリヒメ自身もシンの復活を信じたかったが、確信に足るだけの情報も無かった。
自分たちの変化はシンとは無関係、シンはいまだ復活しておらず、行方も不明のまま。
アオイの元に来る前、ソンチョーたちとの話し合いでもその推測が最も現実的だと認めざるを得なかった。
胸が張り裂けそうになりながらも、それでも、オリヒメはウソをついた。
アオイのために。
**
「なぁに似合わないことしてんのさ。」
ポイントを稼ぐためのレース後、一人木にもたれかかっていたユーシン。
そんなユーシンに近づいたユーキが不機嫌そうに言った。
街道は開通したが、まだまだ作業は残っている。
休憩所に当たる3か所の広場、そこにカブロを通じて購入した設置型魔物除け魔道具の設置や、キャンプのための設備、宿泊所に警備隊の詰め所などなど、本格運用までにやらなければならないことが山積している。
さらに、20Km毎に作ることになった街道を巡回する警備隊や簡単な治療を行う治療師、馬車の修理を行う技師が滞在する詰所もつくらなければならない。
そんなわけで、資材運搬の要、ユーシンは忙しく街道を行き来していた。
当然その移動を利用して、手の空いているものがユーシンとレースを行いポイントを稼ぐことも忘れてはいない。
しかし、ここしばらくユーシンは調子を落とし続けていて、今日のレースではとうとう、初心者マークが取れていないユーキにも惨敗してしまった。
「やっぱ、似合わねぇスよね。」
ボソリとつぶやく声にも力がない。
「似合わない似合わない、ノー天気でバカやってないとこっちも調子狂うんだけど。」
「ハハ、手厳しいスね。」
そのまま沈黙するユーシン。
何かを言おうとして、踏ん切りがつかいない様子に、ユーキは黙って待った。
「・・・あのさ、その・・・ひょっとしてっスけどね、アオイのやつ、マジでシンさんに惚れてたんスかね?」
「はぁ?」
意を決して絞り出したユーシンに対するユーキの返答は、何言ってんだこいつ、と言った感情が隠すことなく含まれていた。
「何言いだすかと思えば、やっぱりバカだな、おまえ。」
もっと深刻な何かがあるのでは、と思っていたユーキはあきれながら言葉をつづけた。
「アオイさんが誰のためにあれだけ苦労して刀を打ったのさ、危険を冒してまで戦場に届けに行ったのは誰のためさ、そんなことも理解できなくなってんのかよ。」
「いや、でも・・・。」
「でももクソもねぇよ、田辺雄一、もしアオイさんがお前の言うようにシンさんに惚れてたら何だってんだよ、え?お前はどうしたいんだよ!?」
ユーシンの言葉を遮りまくしたてた。
確かにアオイの執着は異常とも思えるほどだ。
でもそれは、愛情からと言うよりは自責の念からというほうが強いように思える。
「だいたいさぁ、惚れた相手ならおじいちゃんなんて呼ぶかよ。」
(あ、こいつ、アオイさんのこと箱娘だのモグラ女だの言ってたんだっけ・・・。
ただでさえミサさんからアオイさんを遠ざけるために気を遣わなきゃいけないってのに、こいつまでウジウジしだしてどうするんだよ!)
だんだんイラついてきた。
「とっとと告って、くっ付くか玉砕して来いよ。」
そう言うと踵を返した。
「お前が告るまでレースには参加しないから。」
そのまま置きっぱなしにしていたバイクの元へ戻る途中、バチンッという小気味の良い音が聞こえた。
ユーシンが自分の頬でも叩いて気合を入れたのだろう。
そう思ったユーキは振り返らなかった。
(そうか、二人がくっつけば、アオイさんも今より落ち着くかもな・・・これはなんとしても告らせないと。)
**
アオイがミサを狩りに誘おうとした、と言う話を聞いたユーコは、アオイと共同経営での事業発案を後悔していた。
本当なら、片時でも彼女から離れるべきでは無かった。
冬の間打ち込めるものをと持ち掛けて、最初のうちはユーコの思惑通り順調だった。
アオイとの共同作業は楽しかったし、時間はかかっても日々、少しづつ形になってゆく開業への準備に、二人とも期待で胸を膨らませた。
しかし、悪辣な興行団に囚われていた仲間を救出し、その中のミサが求めていた能力を持っていた、と知った時から、少しずつアオイの様子がおかしくなり始めた。
一見平静に見えるが、打ち合わせをしていても気がそぞろ、といった様子が度々見られるようになり、開業への進展状況にも焦りを感じさせることがあった。
そして、年始の連休。
多忙のマスターを巻き込んだことで、開業へ一気に加速してしまった。
開業が迫るごとにユーコの仕事量も増え、日に日に追いつめられてゆくようなアオイを一人にしてしまう時間が増えていった。
そんな時にはカイトとアカネが協力してアオイをフォローしてくれていたのだが、どうしてもほころびは出てしまうものだ。
この世界に来る前、どん底だったユーコを救い出してくれたアオイ。
今度は自分が救う番だと思っていたのに。
ユーコは、ミサとカイトの前で突然倒れたというアオイの元に行くことができなかった。
何もできない自分が、どんな顔をしてアオイの前に立てばいいのか。
悩むユーコは、あることに気が付いた。
トウリョーが流暢にしゃべっている。
問いただすと、トウリョー自身よくわかっていないようだった。
そこでユーコは、トウリョー、オヤカタ、オリヒメを、半ば強引に集めてソンチョー宅に押しかけた。
「何事?」
突然の訪問に何が何だか分かっていないソンチョーを巻き込んだユーコ。
「緊急事態なのぉ。」
の一言でリビングを接収した。
トウリョー達それぞれの変化を聞き取り、まとめ上げた上でソンチョーが予測させられた結果は・・・。
推測① シンが復活し、従魔だったトウリョー達も力を取り戻した。
ただし、シンがスロークたちの前から消えた時期とだいぶズレがあるため、あくまでもシン復活と言う希望的な推測に留まる。
残念ながら確率はかなり低い。
推測② シンのからだが消えた時、シンは分解されて消滅、従魔であるトウリョー達に吸収された。
スキルが使えるまでに時間がかかったのは、吸収されたシンの力が馴染むのに時間がかかったから。
強引すぎる。
推測③言葉は仕事の合間にソンチョーの授業を受けている。
ソンチョーの授業はチート級な学習効果が発揮される。
その影響で流暢になったのだろう、普段から彼らは仕事に精を出していて、ユーコとの接点はあまりなく急に上達したように感じたのだろう。
スキルに関しても、元々シンのスキルによって生まれたトウリョー達は、この世界の魔物と言うよりはシンやアオイに近い存在といえる。
シンの死によって、トウリョー達は従魔と言う立場から解放された。
スキルも失われたように感じられたが、実は失われたわけではなく、シンから受けていた影響力が消えたことで一時的に機能不全になっていただけで、時間をかけてこの世界に馴染んで正常に機能するようになった、と言う可能性もある。
実際に、スキルはシンの従魔として使用していた時よりも明らかに質が落ちていた。
シンが復活したのならば、以前のように使えているはずだ。
つまり、トウリョー達の言葉やスキルはシンとは関係ない。
考え抜いた結果、推測③が一番現実的だろうという結論に至った。
「む~、アオイちゃんに朗報だと思ったのに・・・。」
しょんぼりとうなだれるユーコ。
「あくまで推測だからね。それより、ユーコさんが言葉一つでシンさんの復活を連想したってことが重要なんだよ。」
「んにゃ?」
「お見舞いってことでアオイさんに話しかけてもらうんだ。アオイさんならたぶん気づいてくれるだろうし、そうしたら、推測①の話をしてもらえばいいんじゃないかな。」
「お待ちを、それですと、シン様がいらっしゃらないことをどう説明すれば・・・。」
ソンチョーの案に、オヤカタが疑問を投げかけた。
「あ、そうだよね・・・。」
と、考え込んでしまった。
肝心のシン本人が消えてしまっているのだから、どうやって誤魔化すか。
「どっか行っちゃったってことにすればぁ。実際そうだしぃ。」
結局その後もいい案は浮かばず、ユーコの案を採用するしか無かったが、次はそれをだれが伝えるかだ。
職人肌で口下手なトウリョーやオヤカタでは・・・と言うことで、オリヒメに白羽の矢が立ったのであった。
**
調理台に並ぶ食材を見ながらうなるマスター。
ハッキリ言ってスイーツは専門外だ。
せめて向こうの世界の食材が潤沢に手に入ればできることはあるのだが。
やはり女性が喜ぶのは甘味だろう、前回のパンケーキもどきはいまだに途上中だし、回復したアオイを喜ばせるものを作りたい。
「小麦粉欲しいなぁ。」
ついボヤキが出てしまう。
砂糖も貴重だから、甘みを出すには完熟ラサの果汁かミード・・・せめて蜂蜜が欲しいが、流通する蜂蜜はみんなミード、酒に加工されてしまっている。
(砂糖は難しいかもしれないけれど、シンさんなら頼めば養蜂とかやってくれるかな。)
早く復活してほしいものだ。
乾燥させたセパ豆を粉にしたセパ粉、現状はこれが小麦粉の代用に当たる。
完熟ラサの実を絞った果汁にアルコールを飛ばしたミードで甘さを調整して、セパ粉に加えながら、ダマにならないように溶いてゆく。
牛乳と卵は代用品がある。
パオラオという木に、小さめのヤシの実のような見た目の実がなる。
それを割ると、だいたい1リットルくらいの牛乳に似た果汁が出てくるのだ。
もちろん魔素抜きをしなければ飲めたものではないが。
卵は、ソウラドリザーという爬虫類系の魔物が産む卵が流通している。
まん丸い見た目と、向こうの卵より3倍以上も長期保存が可能という以外は卵とそん色ない。
エグいけど。
魔素抜きすれば、向こうで普通に流通する卵と同じ味だった。
これでベーキングパウダーか重曹があれば・・・イースト菌だっていいのに・・・無いものは仕方が無い。
みどり村の機能や両替機を利用した仕入れで揃うのだが、それらを使った商品を店に出すわけにはいかない。
<この世界で再現できないものを流通させることは危険。>
シンが良く言っていた。
マスターも共感できる話だったし、可能な限りそうしようと決めていた。
溶いたセパ粉に卵とパオラオの果汁を入れ、かき混ぜて生地の完成。
次に、スイーツには必須のクリームを作る・・・とはいえ、料理用ならまだしも、菓子に使うホイップクリームを作るのは無理がある。
ゼラチンが無いからだ。
ということでバタークリームで試作。
パオラオの果汁、代用牛乳を使ってバターを作る。
密封できる容器に入れてひたすら振る。
振って振って振りまくった上振りまくる。
(シンさんとレベルアップしていてよかった。)
ひたすら振りまくってようやく完成したバター。
これを使ってバタークリームを作る。
アルコールを飛ばしたミードを水で薄めて過熱しながらよく混ぜシロップの代わりを作る。
本来は砂糖と水で作るが、次の行程で砂糖を使うからここは我慢。
貴重なガチャ産を使う。
一応この世界にも砂糖はあるので、ズルになるが少量だけ。
砂糖と卵黄を混ぜ、白くなるまで混ぜる。
バターを常温で滑らかになるまで練る。
代用シロップを細く垂らすようにすこしずつ卵黄に混ぜてゆく。
そのまま冷めるまで攪拌。
しっかり冷めたらバターを混ぜて完成。
生地を薄く焼き、完熟ラサの実とバタークリームを乗せて包む。
なんちゃってクレープ・・・。
実食。
(う~~~ん、本物の味を知っているだけに、これをクレープと言っていいのだろうか・・・生地に甘みはいらなかったかな。
はぁ・・・生クリーム欲しい、先人は偉大だよ。)
マスターはその日、気分が悪くなるまで試作と試食を繰り返したのだった。




