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閑話:領主と医師

 「よくここまでの物にできたね。」

 グリンウェル領、領主邸執務室。

 豪華さとは無縁だとでもいうかのように効率重視の室内には、華美な装飾も調度品もない。

 代わりにあるのは、この世界には存在しないはずの、電気を使った照明や文房具に、電卓などの電子機器。

 この部屋の主、スローク・グリンウェル伯爵は、デスクに並んだ白や薄いピンク色の四角い塊に感心しながら、それらを持ち込んだマナに賛辞を送った。

 「本当に苦労したけどね。この世界で普通に手に入る物だけで作ると、どうしても泡立ちが悪かったり、独特なにおいが抜けなかったから。」

 この世界で使われていた石鹸は、調理などで使用した薪の灰に水を加え、よく混ぜて数日置いたものの上澄みと、食肉用の家畜などから取れる獣脂を混ぜて煮詰め、型取りしたのちに1月ほど日陰で寝かせて作られる。

 そのため獣臭さが強く、泡立ちも弱いためあまり普及してはいなかった。

 「オーノさんのコンビニから仕入れた石鹸やシャンプーを公衆浴場に置いたのはマズかったな。」

 衛生管理の大切さを広めるための一環として、公衆浴場など、商隊や旅行者でも気軽に使える公衆浴場にコンビニから仕入れた物を置き、体を洗うことの楽しさや爽快感を感じさせようと試みたのだ。

 「衛生管理に興味を持ってもらうっていう意味ではよかったと思うけどね・・・まさか盗難騒ぎまで出るなんて。」

 石鹸の減りが異様なことに気が付いた時には、すでに商人や旅行者といった利用者が盗んで持ち出し、他領で高額転売されていた。

 さすがにシャンプーは容器がかさばるため盗まれたことはないようだが、それも時間の問題だろうと問題になっていた。

 「で、本当にレシピまで公開していいのか?」

 この世界でも普通に流通している素材で泡立ちも良く香りも悪くない石鹸。

 マナたちがこだわったのは、どこでも手に入る素材で作ることだった。

 「富裕層にだけ広まっても仕方ないから。できるだけ地方にも広めたいのだけれど。」

 富裕層向けには、コンビニで仕入れた石鹸を溶かして型にはめて成形したものを特産品として販売する準備が進んでいる。

 が、それでは本当に衛生管理を広めたい場所にはいつまでたっても届かないだろう。

 「カブロに委ねるつもりだよ、石鹸と一緒にレシピも売ってもらう。辺境だとしても一人や二人は読み書きできる者がいるだろうからね。

 ドームに依頼してイラスト多めのレシピも依頼しようと思う。伝わりやすくなるだろう。」

 「助かる。」

 配布するにしても、作り方を教えるため着いて行くわけにもいかず、正しく伝わるかがネックだった。

 「さすが領主様ね、どこかの根無し草とは大違い。」

 最初はシンに相談して、王家方面の伝手から広めようと考えていたマナだったが、当の相手がダンジョンに通い詰めていて一向に捕まらない。

 そこで、仕事で多忙なスロークを頼らざるをえなくなった。

 余計な仕事に時間を割かせてしまうのは心苦しかったが、公衆浴場での盗難問題がマナを急がせた。

 そのおかげで、マナの予想以上にスムーズな進展を期待できそうだ。

 「シンさんのことかい?マナ先生はシンさんに厳しいな。」

 嫌っているようなそぶりはない。

 シンに対するマナの態度は、どちらかというと、困った弟を叱る姉のようだと感じていた。

 「半世紀以上生きてるんだから、それに見合った落ち着きを持ってほしいものなんだけど。」

 心底呆れているのがよくわかる。

 「そういうのが養われる人付き合いや飲みニケーションとかの機会からは徹底して逃げていたって言ってたからね。」

 (「俺にはゲームと漫画とプチメタがあるから、それ以外はどうでもよかったかな。」)

 なんて言っていたのを思い出した。

 その後も短い時間ではあったが、雑談を交えながら石鹸レシピの配布手順を詰めてゆく。

 伯爵であり代理領主という立場から、素で会話できるのは初期の開拓メンバーだけといる時間だけだ。

 それ以外の誰かが、この場に一人でもいればこうはいかない。

 貴族に対しての対応は、貴族側が良いと言ったとしても、敬意と礼節を求められる。

 伯爵と平民ともなれば、目を合わせることすら不敬だと言われかねない。

 シンですら、他人がいる場ではスロークに対して敬語になるのだ、息苦しくてしょうがない。

 貴重な時間だった。

 「ところで、考えてくれた?」

 配布方も大方決まると、意を決したスロークが退室しようとしていたマナを止めた。

 「私が旗爵にって話?女が爵位なんて、周りから何言われるか分からないんじゃないの?」

 名誉だけの爵位とはいえ、女性にそれを与えたとなれば、古い慣習にとらわれた他の貴族からのスロークへの風当たりが強くなるかもしれない。

 ただでさえ、ぽっと出の成金貴族などと揶揄されているのに、これ以上余計なネタを与える必要はない。

 しかし、爵位を持てはマナの言葉も平民に対してはそれなりに力を持つだろう。

 この国で最も早急に広めなければならない、衛生管理の普及が加速するのは間違いないわけで、答えを決められずにいた。

 「過去に女性貴族がいなかったわけじゃないさ。」

 「だとしても、やっぱりスロークの足を引っ張りかねないでしょう?」

 「いや、それは逆」

 と言った瞬間、スロークの顔がしまった、という表情に歪む。

 「なに?まさかあなたまで悪だくみ?」

 マナの口角が上がり、穏やかな笑顔を見せる。

 こういう時の笑顔は、本気で怒る時の一歩手前だ。

 (はぁ・・・失言だ・・・くそっ)

 こうなるともう、感の良いマナは確実に警戒して旗爵の話を断って来るだろう。

 (覚悟を決めるか。)

 スロークは立ち上がり、

 「マナさん。」

 真面目な表情で、マナの目を真っすぐ見て名を呼んだ。

 「旗爵に上がってくれ。」

 「・・・その心は?」

 なにかあるとは思っても、スロークの真剣な態度に戸惑うマナ。

 「旗爵に上がって、私と、結婚を前提に付き合ってください。」

 一気に告げると、深々と頭を下げた。

 「は!?・・・え?・・・ええ!!」


サンザ王国内領地図

挿絵(By みてみん)


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