186話:発足式
「結局捕まらなかったんだ?」
警備隊執務室の窓際で外を眺めていたユーキが、呆れながら隣でかしこまる若いゴブリンにボヤいた。
身長を少しづつ伸ばし、それに合わせて幼い少女のようだった(実際少女だったが)容姿から、面影を壊しすぎないように注意しつつ凛々しい青年の顔立ちへと修正し続けてきた。
今では身長184cmの美丈夫になり、騎士団長としての貫禄も付いてきている。
「ダンジョンに入られているようでして、階層更新に挑むと連絡があったそうです。」
「それは危ないな。」
少し離れた場所にあったソファーに行儀悪く座っていたライアーが即座に反応した。
3人共、白を基調とした礼服を着ている。
グリンウェル伯爵領騎士団として発足はしたものの、実体は今だ街道警備隊と村の巡回兵に分かれていたまま運用されていた。
新型装備も行きわたったことで、騎士団と警備隊、巡回兵を統合、グリンウェル領軍として再編が行われた。
これからその発足式と、新型装備のお披露目が行われる予定になっている。
「参加者は?」
窓際から姿見の前に移動したユーキがネクタイの位置を治しながらゴブリンに聞いた。
「はい、皆様すでにお集まりで、
「じゃなくて、ダンジョンの方。」
発足式には、南北に隣接するカルケール領の騎士団と、コリント領の騎士団から騎士団長はじめ数名ずつが来賓として参加する予定になっており、ゴブリンはその確認だと思い込んだのだ。
しかし、ユーキとライアーが心配するのはそっちではなかった。
「あ、申し訳ありません、えぇと・・・ダンジョンの方は、グリプス子爵とタナベ旗爵、テルグリナのミリア隊に新兵として配属されたミタライの3名であります。」
分厚い手帳から読み上げたゴブリンは、即座に記憶を消すことに注力した。
ユーキとライアーの、呆れと不安が入り混じったような表情は、二人を敬愛するゴブリンにとって、見てはいけないものだったからだ。
「どう思う?」
不安感からライアーに声をかけた。
たぶん、同じことを考えているだろうが。
「シンさんは、正直言ってあまり巧くないからなぁ。完全にトライ&エラー繰り返すタイプだからね・・・そういう人って、死にゲー体質って言うか、初見で負けるの前提でかかるところがあるよね。」
ライアーの返答は、ユーキの考えよりもっと辛辣だった。
「ユーシンもなぁ・・・強いのは認めるけど、特攻タイプだから・・・ダンジョンボス戦にはあんまり向いてないよなぁ。それに、ミタライって確か偵察系でしょ?」
ユーシンがいれば何とか、と思いたいユーキだが、ライアーの分析は不安感をあおっただけ。
「危険だ。」
お互いに顔を合わせ、ほぼ同時に同じ言葉を発していた。
「あのぅ・・・そろそろお時間が・・・。」
二人の様子にオドオドしながら、ゴブリンが会場へと促す。
「どうする?」
何なら自分が行こうか?とでも言いたげなライアー。
当然そんなわけにはいかない。
「とりあえずクロウに連絡しておくよ。」
新装備開発者(実質はトール一家だが、トールの容姿はこの世界の人々には少々衝撃的なので)不在の上、副団長にまで抜けられてはたまったものではない。
「まったく・・・自分が考案した新型装備のお披露目なんだから、顔くらい出せって言いたいよ。」
肝心な時にいないのは今に始まったことではないので慣れているが、それでも一言愚痴りたい。
「忘れてるんだよ、あの人。」
「あぁ、そうかもね・・・。」
はぁ~、と大きなため息をつきながら会場へと向かった。
騎士団の本拠地として整備された敷地内の訓練場で開催された発足式では、まず領軍の主要ポストが発表された。
領軍総長 ユーキ・カトリ旗爵
領軍副総長 ライアー・ライル旗爵
第一騎士団団長 ユーキ・カトリ旗爵(兼任)
第一騎士団副団長 ライアー・ライル旗爵(兼任)
第二騎士団団長 ミリア
第二騎士団副団長 リッケン
情報統括局長 カゲロウ(闇影の王のうち一人がヒトに擬態)
街道警備隊総隊長 リゲル(元カブロ行商団護衛)
北方街道警備隊長 オーグル(オーク)
南方街道警備隊長 ゲンドウ(ドワーフ)
後方担当官長 クリフト
輸送隊長 シュン
衛生統括 マナ
みどり村警察長 ベルゼ(蠅の王のうち一人がヒトに擬態)
発表後、忠誠を使う儀礼などの儀式を済ませ、最後に領主、グリンウェル伯爵から領軍総長に任命されたユーキが剣を授けられ、発足式は滞りなく終わった。
これまで常識とされてきた軍の編成とは大きく異なるグリンウェル領軍に、カルケール、コリント両騎士団の参列者からは驚きとも不安ともとれる声も上がった。
通常サンザ王国では、10名ほどの兵士で小隊を作る。
そして5小隊と、それを統率する5名ほどの騎士で中隊を形成する。
小規模な領地では中隊規模の軍しか持たない所も多い。
しかも、身内の貴族子息を騎士に任命していたりすることも多く、実質的には小隊が2~5程度機能しているってパターンが大半を占める。
3~5中隊とそれを統括する10名ほどの騎士で構成されるのが大隊で、ノスサンザ大森林に隣接し魔物の脅威に晒されてきたカルケール、コリント領では、この大隊規模の軍を有している。
ザックリ言うと1大隊で150~250名ほどの兵力だ。
敵対国に隣接する領では2~3大隊を常設しており、サンザ王国としても5大隊が王国軍として配備されている。
いざ戦争となると非常に少ない兵力だが、戦時下になると農民などからの徴兵が加わることになる。
小隊に構成されている兵士たちがリーダーとなり、徴兵された兵たちをまとめるため、大隊規模になると数千名に上ることになる。
弓兵などの専属部隊は無く、平時では兵士たちが弓も扱う。
戦場で一人一人を狙い撃ちする必要はなく、進軍してくる敵に対して放射線状に矢を放てばいいだけなので、弓の名手は必要ないのだ。
戦時においては、徴兵された兵の中で弓の扱いのうまい者が集められることはあるが、専属の弓兵は存在しない。
中隊ごとに役割によって重装備だったり軽装備だったりといった違いはあるものの、たとえ重装備の兵士であっても、戦況によっては弓を放つ。
術式杖の普及はまだ兵士まで行き届くほどではなく、騎士たちが持つにとどまっている。
ハンターや傭兵が使っているのに、兵に配備できない理由は製造の難しさにある。
術式杖の出来にはバラツキが多く、ハンターや傭兵に出回っているのは、軍へ納入される質に届かない2級品以下の物なのだ。
質の差は、魔力の消費量や威力、不具合の発生率などと大きく、いざ実戦で機能しないなんてことが無いように、軍に納品される者は徹底した品質管理が求められている。
それだけに高額で、数も足りない。
従軍する医療兵なども存在せず、町医者などがかき集められ後方で医療行為を行う。
そのため辺りハズレも大きく、助かるはずの命が失われることも多く、大きな問題になってもいた。
そこに来てグリンウェル騎士団の構成と装備は、常識外れにもほどがあるといった内容だった。
そもそも、都市ともいえない規模の町1つ(テルグリナは公開されていないため)で2つの騎士団が新設されたわけだが、第一騎士団は2個中隊、第二騎士団は1個中隊と、わざわざ分けるほどの規模ではない。
騎士団長格が2名いるということは、それだけ給金と言う意味で跳ね上がるのだ。
が、それを養うだけの財力がグリンウェル領にあるのは間違いない。
立地の特殊性から、贅沢な話ではあるが、バックアップとして第二騎士団を設けた、と考えれば納得できる。
そこまでは何とか納得できる。
が、驚くべきはその編成内容だった。
小隊ごとに重装兵、軽装兵、槍兵、弓兵、魔法兵(術式杖使い)がバランスよく配備され、基本的にそれぞれが専従した役割を担う。
10名ほどの小隊が5小隊、さらに、衛生部隊と呼称された専属の医療小隊が加わった6小隊と、中隊長1名、副中隊長2名で1中隊を構成していたのだ。
「ありえん、いったいグリンウェル伯爵は何をお考えなのか・・・。」
「あれでは小隊がバラバラに活動せねばならんではないか。しかも、弓の専属兵など・・・。」
「いや、存外あの編成は有効かもしれませんぞ。」
「は?」
「うむ、この土地限定で、と考えるならばそうであろうな。」
「・・・なるほど・・・広い平野などで数千数万の兵同士が戦うのとはわけが違いますな。」
「うむ、この深い森の中、強大な魔物と対峙するならば数に物を言わせることもできまいよ。おそらくは小隊単位で魔物に当たる編成なのであろう。」
「・・・確かにおっしゃる通りですね・・・いやはや、なんともお恥ずかしい。」
「仕方あるまいよ、氾濫で襲い来る魔物たちは、数こそ多いが我々でもなんとか対処できるレベルのもの、おのずと戦い方は戦に近くなる。しかし、この森では小隊単位でなければ対応できないような個体と対峙せねばならんのだろう。」
「よく考えられておる・・・弓兵と魔法兵で気勢を削り、重装兵が抑え、軽装兵がとどめを刺す。そのような戦法を想定しているのではないかな。」
「と、なると、わざわざ騎士団を2つにしたこともバックアップと言う以外に何か理由があると?」
「かもしれんな、この森ならではの何かがあるのであろう。」
と、参列した来賓たちが思い思いに考察を始めていた。
実は騎士団を二つに分けた理由は、テルグリナという極秘の第二村があるからなのだが、それは知る由もない。
「それにしても、中隊規模に専属の医療部隊とは・・・なんとも贅沢な話だ。」
「異世界の医術を賜ったものがいるとか。」
「衛生統括でしたか、たいそうな美女らしいですな。」
「あぁ、叙爵披露でグリンウェル伯爵と見事なダンスを披露してくれましたな、絶世の美女とはあの方以外に使うべきではありませんな。」
「それほどか・・・。」
「落ち着かれよ、グリンウェル伯爵と恋仲だということだぞ。」
などと、時折脱線しつつもグリンウェル領軍の編成を感心しつつ、自分たちに活用できる部分が無いかを見定めようと議論を交わしていた参列者たちだった。
「装着準備!」
ユーキの掛け声に、騎士団訓練場に整列した礼服の第一騎士団総勢120名が、一糸乱れぬ動きで左拳を顔の正面に、手のひら側を顔に向けるように上げる。
左腕の袖が下がると、幅10㎝程の装飾の無い銀色のブレスレットが見えた。
「セット!」
その掛け声で右腕の親指をブレスレットの手のひら側に押し付ける。
「展開!」
ブレスレットから細い光が、木の根のように伸び、あっという間に全身を包み込むと、次の瞬間、礼服姿だった兵士たちは銀色に輝くフルプレートを纏っていた。
ワタリビトであれば、即座に特撮ヒーローを連想するような鎧だ。
「なんと・・・あれは、即座に鎧を着ることができる魔道具ということか?」
鎧の装着にはそれなりの手間と時間がかかる。
それだけに、一度戦場へ出ると休息中も鎧を着こんでいなければならず、大きな負担になっていた。
それが無くなるとなれば、兵たちの士気にも大きな影響を持つに違いない。
「この魔道具は、はるか遠い大陸で開発された魔導甲冑という技術を応用し、シン・サンザド・グリプス子爵を長とする技術開発局が開発したものです。
このノスサンザ大森林では、日々強大な魔獣との戦いが繰り広げられており、既存の装備では心もとない場面も多々あります。
この装備は、既存の鎧よりはるかに強固な防御力を持つバトルスーツを作り出すことができる物です。
持続時間は30分。
通常装備では太刀打ちできない強力な魔獣との戦闘において使用することを想定されております。」
来賓たちへ案内係の兵が説明する間も、バトルスーツの防御力をアピールするデモンストレーションが続いている。
「なるほど・・・鎧を瞬時で装着する物ではなかったか。」
「30分となると、戦では使えませんな。」
と残念がるが、それでも興味は尽きないようで質問が止まらない。
森からの脅威がほぼなくなったとはいえ、氾濫からようやく復興したばかりのカルケール伯爵領にとって戦力強化は最優先事項であり、それは南に接するコリント伯爵領でも同じことだった。
「現在技術開発局では、起動の長時間化を基本に研究を進めております。理論上フルプレート程度の防御効果であればは8時間ほどの起動が可能とのことですが、そのための調整が非常に困難とのことで量産化にはまだ時間がかかるようです。」
その回答を聞いた参列者たちは、完成のあかつきにはぜひ一報を、とスロークに熱烈なラブコールを送り、一連の催しは滞りなく終了した。




