第18話
翌朝、工房には南蛮風の外套を羽織った男が上機嫌で現れた。
「いやはや、見事な手腕ですな。あの不純物だらけの鉛を、西軍に高値で売りつけるとは」
ロレンソは立派な口髭を揺らし、愉快そうに笑う。
「背に腹は代えられない連中の足元を見ただけさ」
俺は手元の銃身を磨きながら、飄々と返す。
西軍には数を揃えやすい規格化された銃を渡し、東軍には射程と精度に特化した特注銃を割り振ったのだ。兵站と装備の質。その両面から、俺は両陣営の戦術を誘導する。
「それで、頼んでおいた品は?」
「ええ、もちろん。南蛮の特殊な樹脂と油、手配を進めております。しかし、あんなものを何に使うおつもりで?」
「さあな。ちょっとした細工さ」
そこへ、ドカドカと足音を立てて数人の男たちが工房に乗り込んできた。
「おい、甚兵衛! 貴様、いい加減にしろよ!」
先頭に立つのは、堺の会合衆に名を連ねる顔役の商人だ。善兵衛が没落した後、残った利権を掠め取ろうと暗躍する男の一人である。
「うちの組が仕入れた硝石の取引を、お前のところの藤吉がことごとく潰して回るそうじゃねえか。おかげでこっちの商売は干上がりそうだぞ!」
顔役は顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。表通りに面した工房の前には、騒ぎを聞きつけた他の商人や職人たちが野次馬となって集まり始めた。皆、俺がどう出るのかを固唾を飲んで見守る。
「潰した覚えはないがね。あんたのところの硝石が、使い物にならない粗悪品だったから、買い手がつかなかっただけだろう」
「なんだと! うちの品を愚弄する気か!」
顔役は取り巻きに命じ、一丁の火縄銃を俺の前に突き出させた。
「見ろ、うちの抱え鍛冶が打った筒だ。これにうちの火薬を詰めれば、どんな鎧も撃ち抜ける!」
俺はため息をつき、その鉄砲を手に取った。一瞥しただけで、無数の粗が目につく。職人の魂など微塵も感じられない、ただの鉄の筒だ。
「銃身の厚みが均一じゃない。それに、火皿の角度も甘い。こんな筒で、あんたのところの不純物だらけの火薬を使えばどうなるか……」
俺は自分の作業台から、組み上げたばかりの特注銃を手に取った。
「太助、的を用意しろ」
「ひいっ! またオイラですかぁ!」
太助が悲鳴を上げながら、工房の奥にある分厚い木の板を引っ張り出してくる。
俺は顔役の鉄砲に彼の火薬を詰め、引き金を絞った。
ボフッという鈍い音とともに黒煙が吹き出す。的の端に浅くめり込んだだけの弾を一瞥し、俺は顔役に向き直った。
「なっ……」
「火薬の燃焼速度が遅すぎる。不純物が混ざる証拠だ。おまけに銃身に歪みがあるから、狙いも定まらない」
次に、俺は自分の特注銃に、ロレンソから仕入れた極上の硝石で作った火薬を詰めた。
静かに構え、引き金を絞る。
鼓膜を劈くような轟音とともに、弾丸は的の中央を正確に撃ち抜き、分厚い板を完全に貫通した。背後の土壁にまで深く突き刺さる威力を示し、周囲の野次馬たちから、どよめきが上がる。
「これが、俺の売る鉄砲だ。あんたの粗悪品と一緒に扱わないでくれ」
顔役は顔面を蒼白にし、わなわなと震え上がった。
「お、覚えていろ……! この堺で、一人勝ちが許されると思うなよ!」
捨て台詞を吐いて逃げ帰る顔役たちを、ロレンソが肩をすくめて見送った。
「アナタも容赦がありませんね」
「品質に妥協はしない。それだけさ」
だが、顔役の言葉はただの負け惜しみでは終わらなかった。
その夜。
工房の戸締まりを確認した俺の背後に、微かな気配が降り立つ。
「……一人勝ちの代償、払ってもらおうか」
低い声とともに、黒装束の男が三人、闇の中から姿を現した。顔役が雇ったのか。あるいは俺の台頭を危惧する別の勢力が放った忍びか。
手には鋭い刃が鈍く光る。
「夜分遅くに物騒な客だな。あいにく、商談の時間は終わったんだが」
俺は振り返らずに、作業台の上に置いた布を取った。
「死人に商談は必要ない」
言葉が終わるや否や、先頭の忍びが音もなく跳躍し、月明かりを反射する凶刃を俺の脳天めがけて真っ直ぐに振り下ろしてきた。
俺は布の下に隠し持った、自作の最新式短筒を掴み取った。あらかじめ火薬と弾を込め、いつでも撃てる状態にしておいたものだ。
銃身を切り詰め、取り回しを極限まで高めた特注品だ。
迷わず銃口を向け、撃鉄を落とす。
轟音が夜の工房に響き渡り、空中で忍びの肩を撃ち抜いた。
「ぐあっ!」
男が床に転がり落ちる。残る二人が一瞬怯んだ隙に、俺は素早く次の弾と火薬を装填する。未来の知識を応用した、紙包みによる早合だ。通常の数倍の速度で次弾の準備が完了する。
「次はお前か?」
銃口を向けた二人の忍びは、俺の装填速度の異常さに目を見張り、舌打ちをして仲間を抱え上げると、闇の中へ消えていった。
「……やれやれ。物騒な街だ」
硝煙の匂いが漂う工房で、俺は短筒を置いた。
これで、俺の供給網を力ずくで奪おうとする連中への牽制にはなったはずだ。俺の支配は、誰にも揺るがせない。
◆ーーーー◆
数日後。
ロレンソの手配した南蛮の樹脂と油が、工房に運び込まれた。
独特の鼻を突く匂いが漂う中、俺は太助を呼んだ。
「太助。今日からお前には、これを使って特別な火縄を作ってもらう」
「ええっ!? なんですか、この臭いドロドロしたやつ!」
太助は顔をしかめ、樹脂の入った壺を覗き込んだ。
「これを火縄に染み込ませて、水に強い火縄を作るんだ。名付けて、防水火縄だ」
「ぼ、ぼうすい……? 水に強いって、そんなことできるわけないじゃないですか! 火は水に弱いって相場が決まってますよ!」
「だから作るんだ。いいか、ただ塗りたくるだけじゃ駄目だ。芯までしっかり染み込ませつつ、燃焼を妨げない絶妙な配合を見つけろ」
俺は未来の知識として、その製法を知る。だが、実際に形にするには、職人の手探りの作業が不可欠だった。
「ひいっ! またそんな無茶な……オイラ、もう手がボロボロですよぉ!」
太助は泣き言を言いながらも、作業台に向かった。
それからの数日間、工房の裏手からは太助の悲鳴と、むせ返るような煙が絶え間なく上がった。
樹脂の粘度が高すぎて火がすぐに消えてしまったり、逆に油が多すぎて一瞬で燃え尽きてしまったり。配合の正解を見つけるのは、砂山から一粒の砂金を探すような作業だ。
「ゲホッ、ゴホッ! 旦那ぁ、やっぱり無理ですよぉ……」
顔を真っ黒に煤けさせ、涙目で訴えてくる太助。
「諦めるな。お前の手先の器用さなら、必ず正解を引ける。指先の感覚を研ぎ澄ませろ」
俺は突き放すように言いながらも、太助の作業をじっと見守った。
こいつは気が弱いが、職人としての基礎はしっかり備わる。俺の無茶ぶりに文句を言いながらも、決して投げ出さない意地を見せた。
試行錯誤を繰り返すこと十数回。
太助の手は樹脂で荒れ、目には疲労の色が濃く滲む。だが、その動きから迷いは消え去った。
「……旦那。これ、どうでしょうか」
太助が差し出したのは、表面が黒光りする一本の火縄だった。
俺はそれを受け取り、火をつける。
チリチリと、安定した速度で火種が燃え進んでいく。
「よし。水をかけてみろ」
俺の指示に、太助が柄杓で水をすくい、火縄にバシャリとぶっかけた。
普通なら一瞬で消えるはずの火種。
だが、水滴は樹脂に弾かれ、火縄の先端は赤々と燃え続けた。
「……き、消えない! 旦那、消えませんよ!」
太助が目を丸くして歓声を上げた。
「ああ。よくやった、太助。これこそが、俺の求めたものだ」
俺は燃え進む火縄を見つめ、口角を上げた。
関ヶ原の戦い当日、空は厚い雨雲に沈む。史実を知る俺にとって、それは確定した未来だ。どれほど大軍を揃えようと、天候だけは誰にも操れない。
雨天では火縄銃は使い物にならない。それが当時の常識だ。
だが、この防水火縄があれば、その常識は覆る。東軍にだけこの火縄を渡せば、雨の中で一方的に鉄砲を撃ちまくることができる。
これこそが、東軍を勝利に導くための決定的な切り札だ。
「これで、量産体制には入れるな」
「へへっ、任せてくだせえ! 徹夜で仕上げてみせますよ!」
そう告げると、太助は煤だらけの顔で誇らしげに胸を張った。俺は頷きつつ、完成した火縄を木箱に収める。
「頼む。だが、問題はここからだ。早すぎれば西軍に嗅ぎつけられ、遅すぎれば開戦に間に合わない。家康の本陣へ、いつ、誰がこれを運ぶか」
「そいつは……確かに難題ですね。道中、西軍の忍びがウヨウヨしてるでしょうし」
「ああ。完璧なタイミングで、確実に送り届ける算段を立てなければな」
だが、問題はここからだ。
東軍への納品スケジュールに空けた空白。
この切り札を、いつ、どうやって前線へ届けるか。
早すぎれば西軍に情報が漏れ、対策を打たれる。遅すぎれば戦に間に合わない。
完璧なタイミングで、確実に家康の本陣へ送り届ける必要がある。
「さて……どうやって運ぶか」
俺は水を弾きながら燃え進む火縄を見つめ、次の盤面に思考を巡らせた。
戦の行方を決める最後の一手。
その手応えは、確かに俺の掌の中に宿る。




