第77話
ごきげんよう。
クロエ・カサブランカでございます。
本日は氷の月12日。
わたくしは現在ダンデライオン商会の会頭室にお邪魔しております。
勉強合宿の最終日は、皆んなで昼食を頂いて散会いたしました。
皆んなでワイワイ食べられるものをと思い、専用の鍋で作った海鮮のパエリアを出したところ、賑やかで楽しい食卓となりましたわ。
さすがに最後は少ししんみりといたしましたが、今生のお別れでもありませんもの。結局、最後は明るい雰囲気で解散となりました。
今年もわたくしは料理をメインにしていたような気がいたしますが……まぁ、良い思い出をたくさん作れましたので、良しといたしましょう。
閑話休題。
さて、わたくしが本日こちらに赴いていますのは、その合宿にてピーターとエヴァと一緒にお話ししていた新しいお店の件で会頭からお呼び出しがあったためですの。
合宿から2週間程経った頃、予定より早く会頭がお戻りになられたそうで、折を見てピーターが事業計画をプレゼンなさったところ、快諾していただいたようです。
ちなみに、ピーターにお渡ししていたエンジェルフードケーキとアップサイドダウンケーキは、プレゼンの一環で会頭にお出ししたら大層お気に召してくださったそうですわ。
今は、会頭、ピーター、会頭の秘書のサイモンさんとアンジェリカさん(お2人はご夫婦だそうですわ)、そして各部門の責任者の皆様に、先日の合宿でクラスの皆んなにおやつとしてお出ししたメニュー候補を試食していただいておりますの。
会議用の大きなテーブルに亜空間収納から取り出した人数分の試作品を並べると、皆様すぐにお召し上がりになられました。
わたくしは応接セットのソファに腰掛け、アンジェリカさんが淹れてくださったお茶を頂きながら、その様子を見守っています。
先日、クラスの教室でピーターとお会いした際に、詳細を詰める会議を開くとのことでしたので、こうしてお邪魔することとなりましたの。
併せて、「試食会も一緒にした方が効率が良いし、何より商会の皆んなの士気が上がると思うから、事前に準備してもらえると助かるよ。」と言われたため、勉強の傍ら1品ずつ作っては亜空間収納に入れ…を繰り返していましたので、本日は調理台を使う必要はありませんわ。
ほほほ。
「2種のケーキも美味かったが、この白いプリンも美味い!
廃棄する予定のものが金を生み出す商品になるとは……いやはや、本当に素晴らしい!!」
「こちらの特別メニュー……2品ともとても素晴らしいです!
こちらはハート型のキャラメルが全体の愛らしさを引き立てていますし、こちらの夜空のような美しい甘味はとてもロマンチックな見た目で、どちらも人気メニューになるのは間違いありませんよ!」
「ああ、確かにそうだな。
どれも味のバランスが良くて美味いし、構成も秀逸だ。
店のテーマに沿っているのに変化に富んでいて、これなら何度でも足を運びたくなるんじゃないか?」
会頭はプリンを召し上がりながら、廃棄予定のものが金を生み出す可能性に喜んでいらっしゃいますわ……さすがは商人。抜け目がありません。
アンジェリカさんは特別メニューの2品を特に気に入ってくださったご様子。
サイモンさんはアンジェリカさんに同意しながら、全体の総評もしてくださっています。
他の皆様も、思い思いの感想を仰っていますが、概ね好評のようですわ。
「今日は試食用で少し量は少ないけど、絶品の甘味達を2回も頂けるのは役得だね。」
とはピーターの弁。
……ピーターには申し訳ございませんが、もう1人、全品2回召し上がった方がいらっしゃいますわ。
実は、この試食用のお菓子達を作っている際、なぜか毎回、タイミング良くウィリアムから映像通話が入りまして、出来上がった分の転送をお願いされていましたの。
断ろうとすれば、『今すぐわたくしの家に転移しても良いんだが。』と真顔で脅さ…げふんげふん…言われまして……。
さすがに家に押し掛けられるのは困りますので、即座に転送させていただきましたわ。
えぇ、それはもう喜んで。……ほほほ。
まぁ、これは誰にも言うつもりはございませんけれど。
「カサブランカ様。
ピーターからの事業計画書は申し分ない程素晴らしい内容でした。
今試食させていただいている甘味もどれも美味しく、予定通り全てメニューとして採用させていただきます。
私共としてはこのまま準備に入りたく存じますが、よろしいですかな?」
「えぇ、会頭。
こちらこそよろしくお願いいたします。
メニューとなる甘味達が、皆様のお口に合ったようで安心いたしましたわ。」
わたくしが試作作りの際にあった出来事を回想しておりますと、会頭からメニュー候補全品の正式な採用決定と、改めて開店の許可をいただきました。
それもこれも、見事な事業計画書を用意してくださったピーターのおかげですわね。
「今から急ピッチで準備すれば、星の月には開店可能かと。」
サイモンさんが計算しながら開店までの概算を仰ったのに対し、会頭ははっきりと時期を明言なさいました。
「いや。花の月だ。」
まぁ、飲食店の開業は時間がかかるでしょうし、来年の花の月であればゆっくりとーーーーー
「かしこまりました。では来年の……」
「今年だ。」
ーーーーーは?
わたくしは、ティーカップを口に運ぼうとした姿勢のまま、文字通りピキリと固まりました。
最近寝不足が続きましたし、疲れているのでしょうか?
今、とんでもない空耳が聞こえたような……
「「「「「「「今年!?」」」」」」」
……どうやら空耳ではなかったようですわ。
今年の花の月に開店となりますと、準備期間は3ヶ月程しかありません。
前世を含め、わたくしに飲食店の開業経験はございませんので、通常はどのくらいの期間をかけて開業するかは存じ上げませんが、さすがに3ヶ月では無茶が過ぎるのではなくて?
「会頭!無茶言わないでください!」
「今回ばかりは無理です!!」
「またいつもの無茶苦茶な思いつきが始まったよ……。」
「だよなあ……。だが今回ばかりは……。」
「父上!いくらなんでもそれは無理です!!」
どうやらこれは会頭の通常運転のようですわ。
商会の皆様……苦労なさっていますのね……。
わたくしは、手に持っていたティーカップを、カチャリと僅かな音を立ててソーサーへと戻し、会頭の方を向きました。
「会頭。」
「カサブランカ様、いかがなさいましたかな?」
会頭はご自分の意見に自信がおありのようで、意気揚々としていらっしゃいます。
「質問ですが、どうしても花の月に開店なさりたい特別な理由がおありなのでしょうか?」
「理由……ですか?いえ、特にありませんが……。
出来るだけ早く開店するに越したことはないと思いますからな……。」
え。特にこれといった理由もなく皆様に無理を仰っていたのですか?
……前世でしたら確実にアウトでは?
(むしろ今世でもどうかとは思いますが)
「……そのお気持ちは分かりますが、さすがに準備期間が3ヶ月という短期間であれば、せっかく開店したとしても『質』が伴わないのではないでしょうか?」
「『質』…ですかな……?」
わたくしの言いたいことが見えないのか、会頭は首を傾げながらおうむ返ししてきましたわ。
「えぇ、すでに開店しているクレープやカレーの屋台、パンケーキ屋はそれぞれ専門店ですので、基本の1種類を極めれば問題ありませんでした。
ですから、半年程の準備期間や簡単なレシピをお伝えするだけでも問題なく美味しい商品を提供出来ていますわ。
ですが、今回のティーサロンでは複数の甘味を提供いたしますわよね?」
「まあ…そうですな……?」
「それを作る方々の教育はどうなさるおつもりで?」
「え?それは…カサブランカ様にお願いを……。」
やはり……。
今までの屋台や店舗は、わたくし達Cクラスが創立祭で出店し、終了後商会が開店という流れでしたので、準備期間が半年程ございました。
そのため、わたくし達Cクラスの面々が練習をしている時、実際にお店に立つ商会の皆様もご一緒に練習を重ねて技術を習得されたので、この準備期間でも問題なく運営できていますの。
(カレー屋台に関しましては、会頭の情熱と、カレーのレシピをお伝えするだけで作れたため、短い準備期間でも差し支えなかったようですが。)
今回はそういった背景が一切無く、しかも全てこの世界には存在していなかった未知の甘味です。
わたくしが直接作り方をお教えすることになるだろうと予想はしていましたが……。
「会頭。」
「はっ…はひ……?」
「わたくしが貴方のご子息同様、学生であることはご存知ですわよね?」
「それは…もちろん……」
「わたくし、卒業がかかった大事な試験を控えておりますの。
今月はそのお勉強に提出物の準備。来月は試験本番ですわ。
無事に卒業が決まってから皆様に作り方をお伝えするにしても、今回の甘味は実際に作って見せなければ習得は難しいと考えております。
それなのに、8種類のメニューを完璧に作れるようになる猶予が1ヶ月程しかいただけないなんて……おかしいとは思いませんこと?
それとも……試験より開店の準備を優先しろと……わたくしが留年してもかまわない……と、仰っているのでしょうか?」
笑顔で自分の意見を伝えたわたくしに対して、会頭のお顔はみるみる真っ青になっていきます。
「もっ…!申し訳ございませんっ!!」
勢いよく床に頭を擦り付けんばかりに平伏した会頭へ、わたくしは冷ややかな視線を向けました。
「会頭。謝罪はわたくしだけではなく皆様にもなさってくださいまし。
言うのは簡単ですが、実際に準備を進める皆様には大変な労力がかかりますのよ?
相手の都合も考えず、ご自身の都合ばかりを押し通すのは……いかがなものかと思いますわ。」
最後の一言だけ、少し視線をずらしながら、呆れたように言ってみましたわ。
なんだか悪役令嬢になった気分です。
……ゲームでは悪役令嬢ですけれど。
兎にも角にも、これを機に商会の皆様のご負担が減ることを祈っておりますわ。
「クロエ、ありがとう。
父上は有能な人なんだけど、ちょっと強引なところがあってね……そこだけは商会の皆んなが困っていたんだ。」
会頭が皆様に謝罪しているのを横目に、ピーターがこちらへいらして、心底ホッとしたような笑顔で御礼を仰ってくださいましたわ。
「そう仰っていただけますと、わたくしも救われますわ。
差し出がましいかとは思いましたが、わたくし自身の都合もございますから、はっきりと言わせていただきましたの。」
「問題ないよ。
むしろクロエが言ってくれたから、父上も自分の発言の不味さに気付いたんだと思う。」
ピーターの言葉に、他の皆様も深く頷いていらっしゃいます。
ガックリと肩を落とした会頭は、サイモンさんに現実的なスケジュールを突きつけられ、今度こそ完全に降伏なさったようでした。
その後、皆様と改めて現実的な話し合いを重ね、無事に『星の月』に開店することが決まりましたわ。




