第73話
「…ではまず、1つ目の候補を本日のおやつとしてお作りしますわ。
2つ目は明日のおやつの時間にお出しした方がよろしいかと思いますが、いかがかしら?」
「僕はクロエの提案に賛成だよ。
食べ比べても良いと思うけど、それじゃあせっかくのおやつも楽しめないだろうし、特別なメニューは1品ずつじっくりと味わって決めたいかな。」
「わたくしも賛成ですわ。
一度に2品作るのはクロエの負担が増えてしまいますもの。
それは本意ではございませんことよ。
もう1品は明日のお楽しみにとっておきますわ。」
わたくし達3人は、先程までいたソファセットから調理台に移動してきました。
わたくしが1人で移動しようとした所、ピーターとエヴァは調理工程をご覧になりたいとのことで、ご一緒にいらっしゃいましたの。
2人はカウンター席に座り、こちらをご覧になっていますわ。
こちらからのご提案に2人は賛成してくださり、エヴァはさらにわたくしを慮ってくださいました。
その優しさに、先程のささくれ立った心が癒されましたわ。
わたくしはエヴァへのお礼と、試作品のためおひとり1人前ずつしか作らない旨を伝えましたら、2人は了承してくださいましたが、ハイエナ共からのブーイングが……。
笑顔で説得いたしましたら、皆んな快くご了承してくださいました。
本当に、聡明な方々で助かりますわぁ。うふふ。
冗談はさておき。
今から作る1つ目の候補は、【イル・フロッタント】というお菓子です。
以前、海外の方が作っていらっしゃったのをテレビで見たことはありましたが、その時はそれで終わってしまいまして……。
今の家に拠点を移し、生活が落ち着いた頃にふと思い出しまして、インターネットでレシピを検索して作ってみたことがございますの。
とても美味しかったですわ。
さて、準備が整いましたので調理を始めましょう。
まずは、クレーム・アングレーズを作ります。
イル・フロッタントは浮島という意味だそうで、クレーム・アングレーズの海の上に、ふわふわのメレンゲの島が浮かんでいる見た目が由来となっているそうですわ。
(インターネット情報ですが。)
鍋に牛乳とバニラビーンズを入れ、沸騰直前まで温め、火を止めます。
ちなみにですが、このバニラビーンズ、スパイスショップにて手に入るそうですの。
しかし、全く見向きもされず、商品棚の隅っこに申し訳程度にしか置かれていなかったそうです。
昨年、ピーターからそれを聞いた時は驚きましたが、クレープ屋台以降、重宝しておりますの。
他の模倣店にはバニラビーンズの存在は知られていないようで、現在使用しているのはわたくしとダンデライオン商会のみとのことです。
失礼。話が逸れましたわ。
ボウルに卵黄とお砂糖を入れ、白っぽくなるまで泡立て器ですり混ぜます。
そこへ、先程温めた牛乳を少しずつ加えながら混ぜ、一度濾して、鍋に戻します。
鍋を弱火にかけ、絶えずヘラで混ぜながらとろみがつくまで加熱します。
鍋の温度が85度を超えてしまうと卵が固まってダマになってしまうため、注意しなければなりませんの。
とろみがついたら火からおろし、氷魔法で鍋を包んで一気に冷やし、簡易冷蔵庫へ。
今ので10人分ですから、これをあと2回繰り返します。
次に、トッピングの準備にとりかかりますわ。
先程の話し合いで、お店のテーマがふわふわの卵をイメージした可愛らしいティーサロンとなりました。
それに合わせて、ハート型のキャラメルチップスをトッピングしようと思いますの。
おっと、昨日の夕食で使用したオレンジの皮と、ドライイチジクにローストしたクルミもまだございましたわね。
そちらも一緒に使用いたしましょう。
イチジクとクルミはあらかじめ刻んでおきます。
先程と別の鍋で作ったキャラメルを、シリコーンマットの上に薄く流し広げます。
今やシリコーンは様々な物に加工され、フローレン王国では広く普及していますの。
原産国のレインフォレスト共和国でも、厄介者として扱っていたシリコーンが利益を生み出したことでその価値が見直され、採取から研究、取引までを行う会社が何社も立ち上がったとか。
この世界では、プラの木から採れるプラスチック同様、シリコーンの木から採取できる植物性の素材ですので、安心安全に加工および使用されており、信頼性の高い素材として人気を集めているそうですの。
……また話が逸れてしまいましたわ。
重ね重ね失礼いたしました。
これも何度か繰り返していると、最初に広げたキャラメルの表面がグミのような硬さになってまいりました。
そろそろ頃合いでしょうか?
ここで、このハート型の出番ですわ!
「まぁ…!かわいい形ですわ!」
「クロエ、それは何だい?」
わたくしが取り出したのは、3センチと1センチ、2種類の大きさのハートの形をしたクッキー型です。
薄く油を塗っておいたクッキー型を、広げたキャラメルにギュッと押し付けておりますと、エヴァがハート型のかわいさに目を輝かせ、ピーターは初めて目にするクッキー型に興味を持ってくださいました。
「これはハートの形をした型ですわ。
これを広げたキャラメルに押し付けて……[瞬間冷却]」
パキッ……!
………パリン!!
「すごい……。」
「なんて美しいのかしら……。」
わたくしは2人に説明をしながらキャラメルに瞬間冷却を施し、完全に冷えて固まった所で型を外しました。
残った部分は少し荒めに砕き、亜空間収納へ。
きっと何かに使えますわ。
これも全て終えて、ハート型のキャラメルチップスはトレーに並べて簡易冷蔵庫へ。
次は、最も重要なメレンゲの工程です。
先程ご紹介した海外の方は茹でていらっしゃいましたが、今回は以前作ったレシピに則り、オーブンで湯煎焼きにしようと思います。
湯煎焼きにすることで、スフレのようなふんわりしっとりとしたメレンゲになりますの。
卓上ミキサーに卵白を入れ、魔力を少し流しながらボタンを押します。
卵白が少し白くなってきましたら、分量の3分の1のお砂糖を入れます。
(一度に加えますとお砂糖の重みでメレンゲが上手く立ちませんので、3回に分けて加えていきますの。
グラニュー糖でも同様ですわ。)
……そろそろ良さそうですわね。
卓上ミキサーを止め、ボウルの部分を取り出してひっくり返しましたが中身が落ちてきません。
キメを整えたら準備は完了ですわ。
これを、あらかじめ内側に薄く油を塗っておいた7センチの円形のシリコン型に入れていき、オーブンの天板に並べます。
沸かしておいた熱湯を、メレンゲにかからないよう天板にそっと注ぎ、オーブンへ。
160℃で5分〜10分焼きます。
5分後、一度開けて状態を確認します。
表面はまだ色づいていませんわね……もう少し焼いてみましょう。
オーブンに戻してさらに2分焼き、再度開けます。
ふむ。表面はほんのりと色づいていますので良さそうですわね。
表面を軽く触ってみますと、弾力があり、少し押し返してくるような感触がいたしました。
これで、メレンゲが焼き上がりましたので、天板をオーブンから出します。
天板から取り出した型を作業台に移し、少し冷まします。
その間に、亜空間収納からお皿を取り出し、調理台に並べておきましょう。
「クロエ、それはスープ用のお皿ではなくて?」
「確かに、しかもフチがかなり広い……不思議な形をしてるね……。」
「えぇ、このお皿が一番映えると思いますの。」
今回は、クレーム・アングレーズの海にメレンゲの島を浮かべますので、スープ皿を使用いたします。
24センチのお皿ですが、リムというフチの部分が5.5センチと広いタイプですので、スープが入る部分は13センチ程しかございませんの。
これでしたらお店のコンセプトに合うと思いますわ。
それでは、盛り付けをいたしましょう。
簡易冷蔵庫から取り出したクレーム・アングレーズをお皿によそい、中央に先程のメレンゲを型から取り出してそっと浮かべます。
そうしましたら、3センチのハートのキャラメルチップスをメレンゲの頂点にグッと刺し、刻んだドライイチジクとクルミ、さらにオレンジの皮をゼスターですりながら散らしていきます。
そして最後に、1センチのハート型のキャラメルチップスを3枚ほどバランスよく散らして…完成ですわ!
「なんて素敵なの!!?
美しさもさることながら、この小さいはーとという形が可愛らしいアクセントとなって、とっても愛おしいですわ!!!」
………おおぅ……興奮しきったエヴァの様子に、わたくしもピーターもちょっと圧倒されています。
「……この見た目だけで心を掴むことができているんだ。
これはもう、特別メニューとして決定で良いんじゃないか…「当然ですわ!!この素晴らしく愛らしい甘味を採用しないなんてこと、ありえませんもの!!」……。」
エヴァの勢いの合間を見て、なんとかピーターが意見を仰いましたが、エヴァの力説に阻まれてしましました……。
圧がすごい……。
……お味も気に入っていただけることを願うばかりですわ。
ほほほ……。
全てのお皿に盛り付けたところで、皆んなが調理台の前に整列なさっていました。
全員分配り終え、皆んなが席に着いたタイミングで、ベロニカの号令がかかります。
「皆んな、本日も素晴らしい甘味をご用意してくれたクロエに感謝して、頂きましょう。」
「「「「「「「頂きます!!!」」」」」」」
…パクッ
「「「「「「「!!!!!?」」」」」」」」
「美味しーーーーーい!」
「ふわふわしていて美味い!」
「これ…うちのオレンジか!?すげぇ!」
「この実は……うちで採れた新種達では……!?
この甘味とも合うなんて!素晴らしいですわ!」
「このソースとメレンゲの相性が良いよな!」
「そこにこの実の甘味と食感、香ばしさ、オレンジの爽やかさも合わさって美味しいよね!」
「この茶色いの、キャラメルなんだな!
ほろ苦くてこれも合うぞ!」
「はぁ……この形…とても愛らしいですわ……。
食べるのが勿体無いくらい……。」
「分かるー!この大きいのも小さいのも、両方可愛いよね!」
皆んな気に入ってくれたようで何よりですわ。
そういえば、この世界のクッキーって、歪な円形でしたわ。
クッキー型も存在していませんでしたし、今度アイシングクッキーでも……。
「クロエ。」
「ウィリアム、どうかなさいまして?」
クッキー型について考えていましたら、隣で召し上がっていたウィリアムに声をかけられました。
「美味かった。
これならいくらでも食べられそうだ。」
「……それはようございましたわ。
特別メニューとして合格ですか?」
「もちろんだ。」
イケメンウィリアムの不意打ち極上スマイルがクリティカルヒットしてしまい、笑顔で応えるのが精一杯でしたわ。
当の本人は、食後の紅茶を飲まれていますが。
(えぇ、マジックかと思うほどの早技で召し上がっていましたもの。当たり前ですがお皿はすでに空です。)
何はともあれ、ウィリアムにも合格をいただけてようございましたわ。
結局、イル・フロッタントは満場一致で特別メニューとなることが決まりました。




