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猫を助けたかっただけなのに  作者: めい


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第65話

申し訳ございません。

予約が1日ずれていました…




わたくしは踵(きびす)を返す足を止め、お声のした方に向き直ります。



「王子殿下。何か御用でしょうか。」


笑顔で応えるわたくしに対し、お席を立った第二王子殿下はわたくしの側まで移動し、悲痛な表情で仰いました。



「義姉上…いえ、クロエ嬢。

貴女がこれまで歩んでこられた日々は、私には到底想像し得ないものです。

……ですが、貴女の命を繋ぎ止め、貴女に愛情を注ぎ、一生懸命尽くしたというナーシャ殿に、私は心からの賛辞と、心からの感謝をお伝えしたいと思っています。

そのような素晴らしいお方ならば、今からでも隣国に交渉して貴女の侍女として呼び戻しましょう。

私も微力ながら精一杯努めます。」


「…いいえ。殿下。

それには及びませんわ。

殿下のお気持ちは嬉しく思いますが、わたくしはそれを望んでおりませんの。

確かに、閣下よりご命令が下った当初は、ナーシャはわたくしの心配をしてくれていたため、憂いを帯びた表情で物思いに耽るところを度々見かけました。

ですが、実際に大使とお会いして、婚姻を受け入れると決断したのは彼女自身です。

彼女とは定期的に連絡を取り合っておりますが、今は新しい命も授かり、幸せに暮らしているそうですわ。

それなのに、わたくしの都合で彼女を呼び戻すのは、違うのではないでしょうか?

彼女の人生は彼女のものであり、他の誰のものでもございません。

彼女の幸せは彼女自身にしか分かりませんし、百歩譲って公爵家に雇われている頃ならいざ知らず、公爵家から離れた…しかも隣国へと嫁いだ立場となった今、彼女の人生をわたくし達が決めるなど、傲慢ではございませんか?」


第二王子殿下は恐らく、わたくしを思い遣って先のお言葉を仰ってくださったのだと思いますが、内容は公爵閣下の行いと一緒ではありませんこと?

申し訳ございませんが、わたくしは公爵閣下(あんなの)と同じ過ちを犯す気はさらさらございませんわ。

それに、公爵家と事実上絶縁できた今、わたくしにとってはこの上なく都合の良い展開です。

余計な手出しはしないでいただきたいですわ。


「…失礼いたしました。

確かに、今は幸せに暮らしているならば私の提案は傲慢でした。

貴女に公爵達(そちら)と同じ行いさせてしまうところでした。

軽率な発言をお許しください。」


聡明な第二王子殿下にはわたくしの意図が明確に伝わったようで安心いたしましたわ。

ご自身の非を素直に認め謝罪してくださった所も、好感が持てます。


「もちろんですわ。

殿下がわたくしの事を慮ってくださったことは伝わりましたもの。

残念ながらご提案の内容には同意できませんでしたので、お断りいたしました。」


「貴女の寛大なお心に感謝します。

では、私が貴女のお力になれる事は他にございませんか?」


そう仰って、第二王子殿下は礼をとられました。


殿下の表情や態度を見る限り、わたくしに何か仕掛けようという意図は感じられません。

……これは、チャンスではございませんこと?



「殿下、どうかお顔を上げてくださいまし。

お気持ちは嬉しいのですが…本当に何でもよろしいのでしょうか…」


わたくしは、殿下にお顔を上げていただくようお願いし、殿下がお顔を上げてくださったタイミングで確認をとります。


「ええ。もちろんです。

私にできる事なら、力を尽くします。」


殿下は真剣な眼差しで応えてくださいました。


「…では、第二王子殿下、どうか王太子となり、将来この国を治めていただけませんか?」


「「「「「!!!!!?」」」」」


わたくしのお願いに、その場にいる全員が驚愕の表情へと変わりました。


「…それは一体どういう意味だ?」


陛下が怒りを抑えながらお尋ねになりました。


「陛下。そのままの意味ですわ。

陛下は現在の王太子教育の進捗状況をご存知でいらっしゃいますか?」


「……学園卒業も近いことだしそろそろ終わるのではないか?」


は?

ご自分の息子のことですよね?

ご自分の跡を継ぐ者のことですよね?

何故把握していませんの?


「陛下…ご存知ありませんでしたの…?

王妃殿下はご存知かと思いますわ。

わたくしは以前、王妃殿下よりお伺いしましたから。

そして先日、王太子殿下の家庭教師に偶然お会いしまして…現状をお伺いしましたわ。

先生は、現在の王太子教育の進捗状況は著しくなく、このまま状況が変わらなければ、教育が終了することは無いと危惧なさっておいででした。」


「なっ!それは真か!?」


「えぇ、本当のことですわ。」


驚く国王陛下とは対照的に、王妃殿下は諦めたように仰いました。


「私は何も聞いていないぞ!」


「いいえ!言いました!

わたくしからもお伝えしましたわ!

貴方がきちんと関心を持って聞いていなかったのではなくて!?」


「!!」


……呆れましたわ。

夫婦でこうも温度差があるとは…

国王夫妻はどちらも『ハリボテ』と揶揄される程、見た目はお綺麗でいかにも仕事ができそうに見えますが、実際は見た目だけでお二人とも実務能力は平凡ですの。

宰相をはじめ、周りに仕えている皆様が優秀であるため、お二人はボロを出さずに今日まで公務をこなしてこられたのだと王城関係者に言われています。

そのため、国王陛下の公務の際は、陛下が失態を犯さないよう宰相が常に後ろに控えていますし、王妃殿下のみの公務の際は、宰相の奥様であるアイスバーグ公爵夫人がお側に控えていらっしゃいます。

本日は公務ではございませんので、宰相ご夫妻はこの場にいらっしゃいませんし、仮にいたとしても彼らはわたくしの提案に関しまして反対なさる事はございませんわ。

……うふふ。


それでも、王妃様は多忙で息子達の側にいてあげられないからと、常に彼らを心配なさっていますし、彼らに関する報告にもきちんと関心を持って聞いていらっしゃるようです。

実際にお会いする時間をとるのはなかなか難しいようで、お会いできるのは月に一度あれば良い方だとか。

王妃様なりに努力はなさっているようですわ。


王妃様に一喝された陛下は、何も言えなくなってしまったようです。



「……陛下。

このままレオンハルト第一王子殿下を王太子とし、いつまで経っても終わることのない王太子教育をさせ続け、国民に素養なしという烙印を押されるのを待つか。

近いうちに廃太子とし、新たにアーサー第二王子殿下を立太子し、第一王子殿下を能力以上の重責から解放して差し上げるか。

お早めにご決断なさった方がよろしいかと思いますわ。」


「……………」


わたくしの提案を聞いた陛下は、苦虫を噛み潰したような表情で黙り込んでしまいました。

王妃様は、覚悟なさっていらしたのか、こちらに静かな目を向けていらっしゃいます。


わたくしは第二王子殿下に向き直り、改めてお願いをいたしました。


「殿下。

わたくしの願いを叶えていただけるのは殿下だけですわ。

聡明でありながら決して現状に甘んじることなく努力を重ね、思いやりに溢れた殿下に、わたくしはこの国を治めていただきたいと思っております。

お聞き届けくださる事を願っておりますわ。」


「クロエ嬢…ありがとう。」


感謝の言葉をわたくしにしか聞こえない程の声量で仰った後、第二王子殿下はお席に戻られました。


お兄様がお側を離れて不安そうな表情をなさっていた第三王子殿下は、戻られた第二王子殿下を笑顔で迎えていらっしゃいました。



「失礼いたします。」


わたくしがそちらを微笑ましく見ておりましたら、ベロニカがカウンターからわたくしの隣へと移動してきました。


「………何者だ。」


陛下が不機嫌さを隠しもせず問いかけます。


「国の太陽にご挨拶申し上げます。

わたくし、ラナンキュラス伯爵家が長女、ベロニカと申します。

父は宰相補佐官を務めております。

以後、お見知り置きを。」


「おぉ!ラナンキュラス伯爵の!

して、そのご令嬢が何用かな?」


ベロニカがご挨拶をすると、陛下は機嫌を取り戻したように表情が明るくなり、口調も柔らかくなられました。

そんな陛下に、ベロニカは笑顔で応えます。


「わたくしも…いいえ、我がラナンキュラス家も、先程クロエ様がご提案なさった第二王子殿下の立太子につきまして、賛成でございますわ。

宰相補佐官を務める父はもちろんのこと、文官として出仕しております兄の耳にも、現在の王太子殿下の状況は届いております。

クロエ様のご提案は、王城関係者であれば皆様ご周知のこの『懸念事項』を解決できる最善のものと思いますわ。

……微力ながら我がラナンキュラス伯爵家もその『ご提案』を後押しさせていただきたいと存じます。」


完璧な微笑みのまま、ベロニカは一切の逃げ道を塞ぐように陛下へと視線を向けます。

その瞳の奥にある冷徹な光は、まさに敵に回してはならない切れ者のそれでした。


「な…っ!?」


さすがの陛下もベロニカの言葉の意味は理解できたご様子で、今度こそ顔を真っ青にされました。


「………陛下。

わたくし共は家族で話し合わなければならない『重大な課題』ができたようです。

急ぎ城へと戻りましょう。」


「う…うむ。そうだな。」


覚悟を決めた王妃様が、冷え切った視線とお声で陛下を促しながら立ち上がりました。

プライドをズタズタにされた陛下はすぐさま頷き席を立たれ、逃げるようにお店から出て行きました。

それに続くように王家の皆様と公爵御一家も退店され、お店に平和が戻って参りましたわ。


静寂に包まれた店内で、わたくしはベロニカと顔を見合わせ、クスリと悪戯っぽく笑い合いました。


「ありがとう、ベロニカ。

おかげで助かったわ。」


「クロエ、貴女のお役に立てたのなら嬉しいわ。

…それにしても、陛下の『ハリボテ』具合を間近で見ると本当に傑作でしたわね?」



ベロニカと笑い合っていたら、後ろにいたピーターが話しかけてきました。


「クロエ。僕も忘れないでくださいよ。」


「ピーターも、ありがとう。

素晴らしい名演技でしたわよ。」


「本当。笑いを堪えるのが大変でしたわ。」



その後、お店にいる皆んなで大笑いし、それぞれの持ち場へと戻って行きました。





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