第64話
声がした方に目を向けると、母親(仮)の公爵夫人のお席でした。
「公爵夫人、いかがなさいましたか?」
わたくしは公爵令嬢の名に恥じない完璧な微笑みを貼り付け、応じます。
すると、母親(仮)は、意味不明なことを言い出しましたの。
「クロエ…貴女、拗ねているのではなくて?」
……………はぁ?
危ない…公爵夫人とは到底思えない程のあまりにも場違いな発言に、笑顔の仮面がずれそうになりましたわ…セーフですけれど。
「…仰っている意味が分かりかねますが、それはどういう意図でしょうか。」
とりあえずは冷静さを欠かぬよう、相手の意図を確認してみることにします。
すると突然、母親(仮)が大声で叫び出しました。
「だってっ!
あなたはずっと、親であるわたくし達に対してもその笑顔を崩さずに、まるで他人のようによそよそしい態度を取るじゃない!!
確かに、忙しくてあなたのことはいつも後回しになってしまったけれど…でもっ!
こういう時は、お父様、お母様って呼んで駆け寄ってきてくれても良いでしょうっ!?
それなのにっ…あなたは…っ!」
勝手な言い分を言うだけ言って母親(仮)は泣き崩れ、右隣に座る父親(仮)にもたれかかりました。
左隣に座る紳士が、母親(仮)の背中をさすっています。
「………申し訳ございませんが、公爵夫人のご要望にはお応えしかねます。」
「っ!何だと!せっかく母上が歩み寄ろうとなさっているのに!
貴様、妹のくせに生意気だぞ!!!」
わたくしが(一応)申し訳なさそうな表情でお断りしましたら、母親(仮)をさすっている紳士とは別の紳士が突然席を立ち、声を上げました。
……こちらを見ながら言いましたわよね?
つまりは、それはわたくしのことでしょうか?
まぁ、色合いで何となく察しはつきますが。
「失礼。先程の発言はわたくしになさったのでしょうか?」
わたくしは念のため、紳士…とも呼べない態度の見た目だけ紳士に確認をとります。
「ああ!そうだ!俺の妹は貴様しかいないだろう!」
「…お初にお目にかかります。
わたくし、クロエ・カサブランカと申します。
大変申し訳ございませんが、わたくし、初対面の見ず知らずの方に妹と呼ばれる筋合いはございませんわ。」
「っ!?」
「愚弟が失礼した。
私はクロード・カサブランカ。
カサブランカ家の第一子であり、クロエ、おまえの長兄だ。」
「……つい大声を出してしまったことは謝罪する。
アーノルド・カサブランカ。おまえの次兄だ。」
「まぁ!公爵家のご令息でしたの。
これは失礼をいたしました。」
知ってますけど。
「…クロエ、どうか私のことはクロード兄様と呼んではくれないか?」
「俺のことはアーノルド兄様って呼んでくれ。」
嫌です。
激昂した次兄を制し、先に名乗り出た長兄(仮)はクロード・カサブランカ。
カサブランカ公爵家の跡取りであり、この国の次期外務大臣ですわ。
公爵と同色の髪と瞳の色、銀髪紫眼の持ち主であり、小さい時から優秀で、周りの人間に自身の力を証明してきたため、名実ともにカサブランカ公爵家の跡取りとして認められています。
その後ろで不貞腐れた後、バツが悪そうに挨拶をしたのは次兄(仮)のアーノルド・カサブランカ。
こちらは銀髪青眼。
優秀ではあるものの、先程のようにカッとなりやすい性格のため、跡取りとしては認められず、クロードが当主を継ぐと同時に領地の代官に就任する予定だとか。
2人とも高身長でスタイルは良いですが、長兄(仮)はストレートのロングヘアを右肩辺りで緩く纏めており、次兄(仮)は短髪で、それぞれの性格を表しているようですわ。
え?
初対面なのにやけに詳しいですって?
それは…ねぇ…?
情報は多いに越したことはございませんでしょう?
うふふ。
わたくしは、そんな2人のご要望にはお応えしかねますので、完璧な微笑みをもって否定しておきます。
「先程の件ですが、わたくしは公爵夫人とお会いするのは、本日で4回目でございますわ。
最初にお会いしたのはわたくしが産まれた時。
2回目は王太子殿下との顔合わせをするため王城に参上した日。
3回目は昨年の創立祭にて。
そして本日が4回目でございます。
…これで『お母様』と呼んで駆け寄ることができるほど、わたくしは厚顔無恥ではございませんわ。」
「「「「「…………………………」」」」」
わたくしがそう言うと、国王陛下、王妃殿下、第二王子のアーサー殿下、第三王子のヘンリー殿下、そして弟のエドワードはわたくしの公爵家での扱いをご存知なかったのか、唖然となさっています。
エドワードを除く公爵家の面々は、気まずそうな表情をなさっていますわ。
「…っ!でもっ…!
それも今日までにしましょう?
わたくし、社交の数を少し減らしましたのよ?
今日からはお母様と一緒に、たくさんの時間を過ごしましょう?」
………何言ってんだこの人。
先程のわたくしの発言を聞いていませんでしたの?
仕方ありませんわね。
「…公爵夫人、わたくしが今まで公爵家で放置されていたのは、公爵閣下や公爵夫人が多忙という理由だけでしたか?」
「そっ…そうよ…!」
「では何故、わたくしは公爵家の食堂で食事をすることを許されなかったのでしょうか?
何故わたくしは、他の皆様とは違い、今まで誕生日を祝ってもらったことがないのでしょうか?
閣下や夫人がご多忙というのは承知しておりましたが、他の皆様のお誕生日にはお二方とも欠かさず休暇をとり、邸を挙げて一日中お祝いしていらっしゃいましたわよね?
わたくしは一度もそちらに呼ばれたことはございませんし、近寄ろうとすれば使用人に遠慮するよう言われましたが。
さらには、エドワードが産まれた時、わたくしもお会いしたくてお部屋へ向かいましたが、夫人の侍女にやんわりと断られました。
タイミングが悪かったのかと思い、折を見て何度か訪問を試みましたが、全て『奥様のご気分がすぐれないため』という理由で断られましたの。
直後に窓から庭を見れば、眠るエドワードを抱いた侍女と一緒に、楽しそうに散策する夫人のお姿をお見かけしました。
本当に、理由はそれだけだったのでしょうか?」
わたくしが過去の出来事のご説明とともに疑問を呈すると、皆様段々と顔色が悪くなっていらっしゃいました。
そんな中、母親(仮)が、とうとう本音を言い放ちました。
「……だって…っ!
だって!!貴女はリチャードとわたくしの子供なのに!瞳の色がどちらとも違うじゃないっ!!!
確かに髪の色はリチャードと同じよ?
でもっ!瞳の色は紫か青じゃないとおかしいでしょうっ!?
どうして2色なの!?
どうして黄色と水色なのっ!?
わたくしの青とも違うじゃないっ!!
……貴女が産まれた時、貴女が薄っすらと目を開けたのを見た瞬間、瞳の色が違うって思ったの。
最初は見間違いだろうと思った……。
だから仕事に打ち込んで気を紛らわせたの。
貴女と次に会った日、あの時の瞳が見間違いではないことを痛感して…絶望したわ……。
どうして…この子だけ違うの…って。
母親なのにそう思ってしまう自分が腹立たしくて、貴女から逃げていたの。
でも…それは間違いだと気づいたわ。
貴女だってわたくしの子供。
愛情を与えてあげなければ…って、気づいたの。
だからクロエ。もう拗ねることはないわ。
これからはお母様と一緒に、今までの分を取り戻すくらい、たくさん楽しい時間を過ごしましょう?」
………この方は何を言っているのでしょう。
終始自分勝手な言い訳と脳内変換ばかりの内容で、聞いていて呆れることしかできませんわ。
まぁ、それがこの方の本音だとしたら、わたくしも本音をお伝えすることにいたしましょう。
「そういうことでしたの。
………そういう理由で、これまでわたくしは公爵家であのような扱いを受けていましたのね。
これで納得がいきましたわ。」
「……っ!じゃあ…!」
わたくしの発言を遮って、母親(仮)が喜色満面の笑顔で声を上げます。
人の話は最後まできちんと聞くべきではなくて?
「ただし、それとこれとは別問題でございます。
あなた方がわたくしにそのような態度を取っていらしたから、わたくしは邸の使用人にも軽く扱われていましたもの。
唯一、ナーシャという侍女を除いては。」
「ナーシャ…?」
ナーシャという名前を聞いて、公爵が反応しました。
「えぇ。閣下。
あなたが隣国の大使に嫁がせた、あのナーシャですわ。
皆様はご存知なかったかもしれませんが、わたくしが5歳の時にわたくしの専属となった侍女です。
閣下のご命令で退職する2年半ほど前まで、わたくしのために尽くしてくださいましたわ。
それまでのわたくしは、3歳までは乳母が必要最低限のお世話をしてくださいましたが、その後、ナーシャが着くまでのおよそ2年は、日替わりで使用人が1日1回、食事を持ってくるくらいで、ほとんどの時間をひとり部屋で過ごしておりましたの。
ナーシャが着いてくれてからは彼女が1日3食、食事を部屋まで運んできてくれました。
それに、王太子妃教育が始まるまでの間、わたくしに家庭教師を手配してくれたり、学園の入学の手配も、彼女の力添えがあったからこそ出来たことでございます。
わたくしは、ナーシャに命を繋いでいただきましたの。
血の繋がりだけの、名ばかりの家族であるあなた方ではなく、血の繋がりも何もない、彼女に、たくさんの愛情を注いでいただきましたわ。
ですから夫人。
今更母親面されましても困りますの。
クロード様、アーノルド様、あなた方は血が繋がっただけの、戸籍上のみの兄であり、わたくしからすれば他人と変わりませんわ。
閣下、わたくしの人生は、戸籍上のみの家族であるあなた方に決められる筋合いはございませんことよ。」
わたくしは完璧な貴族の微笑みを絶やすことなく、これまでの経緯の簡単なご説明と、いかにナーシャに救われたのか、そして、本当に家族と呼べるのは彼女だけだとお伝えしました。
わたくしの状況がそこまで酷いものと想像できていなかったのでしょう。
皆様のお顔の色がどんどん悪くなってきましたわ。
うふふ。
「クロエ…ごめんなさい…っ!
そこまで酷い状況だったなんて…知らなかったの!
これからは心を入れ替えて、ちゃんとあなたとの時間を過ごすから…どうかやり直しましょう…?」
………はぁーっ。
この方って、よく今まで公爵夫人としての社交をこなせていましたわね?
呆れて物も言えませんわ。言いますけど。
「…夫人。
人は、長い間関心を持たれなければ、相手にどういう感情を持つと思われますか?」
「え…っ?……それは…」
「まぁ、人それぞれだとは思いますが、どうやらわたくしの場合、お相手への関心がなくなるようです。
申し訳ございませんが、わたくしはあなた方のことを家族だと思ってなどおりませんし、今更どうこうおっしゃられようと心が動くことはございませんの。
ごめんあそばせ。」
わたくしが感情を隠しきれず、冷え切った瞳でお伝えしましたら、さすがの母親(仮)も気づいたのか、力尽きたように一点を見つめ出しました。
わたくしは、そんな抜け殻のようになった母親(仮)をはじめとする父親(仮)、いつのまにか着席していた兄(仮)の2名にすっと視線を落とすと、一歩下がって完璧な一礼を捧げます。
「それでは皆様、わたくしはこれにて失礼いたします。
ごきげんよう。」
わたくしは完璧な貴族の微笑みを顔に貼り付けたまま、その場を離れようと踵を返します。
「お待ちください!」




