【番外編】傷を負った令嬢にモモのパフェを
前回の後書きでお話ししたレモネード嬢視点のお話です。
第12話でクロエに助けられた彼女が何を想い、あの言葉を伝えるまでに至ったのか。
もうひとつのお話をぜひご覧ください。
ごきげんよう。
わたくしはミーナ・レモネードと申します。
父は伯爵位で、騎士団の副団長を務めております。
我が家は領地を持たない貴族でして、代々王城に出仕して国に忠誠を誓って参りました。
現在は父と兄が王城の騎士団に所属し、日々国のために働いておりますの。
わたくしは王立学園に在籍しておりまして、卒業しましたら文官として出仕したいと考えております。
わたくしは、父や兄のように武術に長けておりませんので自分の適性を鑑みて決めた目標ですが、成績は上の方ですし、このまま頑張って勉強を続けていれば文官の採用試験も合格圏内に入れると先生より太鼓判をいただいておりますわ。
わたくしには、未だに良く見る悪夢があります。
実際にわたくしの身に降りかかった出来事が深く関わっておりますが……
大好きな家族や友人に支えられて日々元気を取り戻せていると思っていますが、ふとした時や夢に出てきた時に思い出してしまうため、自分自身でも気付かぬうちに心のどこかに恐怖心が残っており、乗り越えることが出来ていないのかもしれないと思ってしまう時があります。
それは2年前、1学年の体術の学年末試験でのトーナメント戦でのことでした。
わたくしは文官志望ですので体術の試験は特に重要視しておらず、1回戦のみ勝てれば良いと考えておりました。
1回戦の対戦相手はマリナ・アンスリウム様。
学年首席の才媛と名高いお方ですわ。
名前を呼ばれ、試合コートで向かい合わせに立ったアンスリウム様は、ピンク色の髪に大きな赤い瞳の、庇護欲を誘う様な見た目をなさっています。
本気で臨むのは可哀想かもしれませんわ…
そう思っていると、先生の合図で試合が開始しました。
それと同時にアンスリウム様がこちらに向かって走り出して…突然、おでこに今まで感じたことの無い痛みが走りました。
わたくしは意識が朦朧とし、その後の事は詳しく覚えていません。
ただ、最後に見たのは、禁止されているはずの血のついた小刀を持ち、醜悪な笑みをこちらに向けるアンスリウム様のお姿でした。
どれくらいの時間そうしていたのかはわかりません。
わたくしはおでこの痛みと熱さ、意識が朦朧とした状態が続いていました。
ですが突然、おでこに優しい魔力を感じると同時に痛みや熱、身体の怠さが消え去り、意識がはっきりとしたのです。
驚いて起き上がると、側にいた栗色の髪に眼鏡をかけたご令嬢から声をかけられました。
辺りを見回すと、白いカーテンに白いベッド……どうやらわたくしは医務室に運ばれた様です。
この方が助けてくださったのでしょうか…
わたくしがその様な事を考えておりましたら、目の前のご令嬢がわたくしに起こった出来事を教えてくださり、さらには容態を心配してくださいました。
お話の途中で親友のエレナが駆けつけてくれましたが、ご令嬢はエレナの存在を確認すると、すぐに去っていってしまいましたわ。
ご令嬢のお話を聞いて、わたくしが最後に見た光景は間違っていなかった事を確信いたしました。
帰宅後、家族に今日あった事を報告しようとしましたら、試合の審判をなさった3名の先生方が邸に来訪され、事の経緯の説明と謝罪をしてくださいました。
詳細を聞いた家族は激怒しましたが、わたくしは医務室の先生より、先生方はわたくしのために迅速な対応をしてくださったと聞いておりましたので、その旨を説明し、先生方への怒りは収めてもらいました。
次いで、わたくしが意識を失う直前に見たあの醜悪なバケモノについて話し、怒りの矛先を向けるべきはそちらだと、わたくしの気持ちをお伝えしましたの。
両親は学園を通じてすぐさまアンスリウム伯爵家に抗議文を送ってくれましたが、あちらからの謝罪はございませんでした。
その日から、わたくしの夢に度々あのバケモノが登場する様になりました。
当初は、顔を合わせるとすぐに醜悪な笑みを浮かべてこちらに向かってきて、小刀でわたくしのおでこを切り付けるというものでした。
回数を重ねると、わたくしも全速力で逃げるようになりましたが、結局追いつかれておでこを切りつけられてしまうのです。
悪夢を見だした当初は、あまりの恐怖に眠る事が怖くなり、神官様に癒しの魔法をかけていただいたり、入眠効果のあるポーションを飲み、何とか眠りについていましたが、この悪夢で何度も目が覚めてしまった夜は数えきれませんわ。
月日の経過と家族やエレナが支えてくれたおかげで、悪夢を見る頻度が減り、少しずつ落ち着いた日常を送る事ができる様になってまいりました。
そして今日。
最終学年での創立祭に家族が来てくれたので、Cクラスが運営しているパンケーキ屋に行く事にしました。
昨年もそうでしたが、今年もCクラスの出し物は評判が高く、人気店のため行列は必至です。
1時間程行列に並んで入店しましたら、本当に素敵なお店でしたわ!
一歩中に入ると、甘い香りがお店全体を満たしていて、食欲が湧いて来ます。
インテリアもセンスが良く、シンボルツリーを始めとした植物達も生き生きとしていて、とても癒される空間です。
レジで注文と精算を済ませ、空いている奥のテーブル席に皆んなで着席しました。
本音を言うと作っている所を見たかったのですが、そちらは人気席のようで、既に他の方が着席なさっていました。
残念ですが、仕方ありませんわ。
しばらく待っていると、注文したパンケーキが運ばれて来て、初めて味わう美味しいケーキに、皆んなで興奮しながら頂いたのは良い思い出です。
しかし、事件はその後に起こりました。
食後、皆んなでお茶を頂いていると、突然お店の出入口が乱暴に開けられ、あのバケモノが店内に乱入して来たのです!
レジの前で騒いでいる内容を聞く限り、わたくしの事を追ってきた訳では無いと分かっていますが……
「ミーナ。大丈夫よ。
いざとなったらお父様とお兄様が守ってくれるわ。」
ハッ!
気づけば、わたくしは震えていたようです。
お母様が震えるわたくしの手を優しく包み込みながら、安心させるようにそう仰ってくださいました。
お父様とお兄様も、わたくしを安心させるように、優しい眼差しを向けてくれています。
「はい…お母様。
お父様、お兄様も、ありがとうございます。」
御礼を伝えたちょうどその時、耳を疑うような言葉が聞こえて来ました。
聖女…?あのバケモノが…?
そんな訳ないでしょう…!
「聖女…?あなたが?冗談はおよしになって。」
怒りのあまり声を上げようとした時、バケモノと対峙なさっているラナンキュラス様の凛としたお声がわたくしの耳にも届き、何とか思い止まる事ができました。
その後、ダンデライオン様があの事件について説明するも、バケモノは反省するどころか、自分の行いすら覚えていませんでした。
わたくしは…あんなに苦しんでいたのに……っ!
すると、お父様とお兄様が突然立ち上がり、これ以上看過しがたい非礼な行為を未然に防ぐべく身柄を拘束するために、逃げるバケモノを追ってくださいました。
わたくしは、悔しさや恐怖、悲しみといった様々な感情がないまぜになり、激しく波立つ心を落ち着かせるべく、椅子に深く座り直しました。
バケモノが去った後の店内は、ダンデライオン様の機転で盛り上がりましたが、少しずつ落ち着いて来ました。
わたくしも、このお茶を頂いたら退店いたしましょう。
「失礼いたします。」
すると、給仕担当のカトレア様が、見慣れぬ物をお持ちになりました。
「一体何の真似ですの?
サービスの飲み物とやらは今頂いておりますけれど。」
これ以上、わたくしの気持ちを乱さぬよう慮ってくださっているのか、お母様がいつになく棘のあるお言葉で応じました。
しかし、カトレア様は臆する事なく続けます。
「こちら、レモネード様にうちのシェフからのサービスでございます。
貴女様のお心が少しでも軽くなりますように、心を込めて用意したモモのパフェです。
これからの貴女の人生が、貴女が心から幸せだと思えるものとなります様に。
との事ですわ。
どうぞお召し上がりくださいませ。」
「……………っ!………ありがとう…!」
わたくしは、涙を堪えて何とか御礼を口にする事ができました。
カトレア様はわたくしの見苦しい姿を温かく受け止めてくださった後、パフェの説明をされて持ち場へと戻って行きました。
目の前に置かれたモモのパフェと紹介された物は、ワイングラス…に入っていますが、こんなに透明な物は初めて見ましたわ…
中には、淡いピンクとキラキラ輝く琥珀色、柔らかな白が美しい層をなしています。
優しい色合いのパフェが、まるで大丈夫だよとわたくしの心を優しく包み込んでくれているようで、自然と肩の力が抜けていくのを感じました。
一緒に置かれたカトラリーケースに入っている、持ち手部分が長く掬う部分が小さめのスプーンを手に取り、モモの果肉とクリームを掬い、頂きます。
「美味しい……」
モモの果肉は一口大にカットしてあるためとても食べやすく、ひんやりとしています。
瑞々しい果肉とフワフワのホイップクリームが合わさり、香り高いのにほんのりと甘い、優しい味わいが口の中に広がりました。
次に、その下のモモのシャーベットの部分を掬い、頂きます。
「まぁっ…!」
冷たくてシャリシャリとした心地よい食感の後、口の中で溶けましたわ!
モモの香りとスッキリとした甘みが優しく口の中に広がりました。
わたくしはあまりの美味しさに夢中でパフェを食べ進めておりました。
シャーベットの下の琥珀色の物は、紅茶のジュレというそうです。
紅茶の華やかで優しい香りに、柔らかで少しだけ弾力がある食感がとても心地よく響きます。
日常的に頂いている紅茶ですのに、形を変えるだけでこれほど新鮮に感じるなんて驚きですわ。
さらにカスタードクリームの下には白い物が。
焼いたメレンゲクッキーを粗めに砕いた物と説明を受けましたが、ここまで来ましたらどの様な味と食感なのかワクワクしますわ!
口に入れますと、ほんのりと甘く、アーモンドの香ばしい風味もかすかに感じます。
そしてサクサクとした食感に、思わず心が躍ってしまいますわ!
一番下のキャラメルソースは甘さが控えめでしたがモモの香りがほんのりとして、最後まで夢中で頂いてしまいました。
食べ終わった後、あの時助けてくれた優しい魔力がわたくしの全身を柔らかく包み込み、まるで辛い記憶と、あのバケモノの存在を追い出してくれたかの様な感覚を覚えました。
初めて頂く美味しいパフェと、あの時の優しい魔力…
この2つが、わたくしの心を優しく包み込み、癒してくれた様な気がいたします。
大切な家族と親友に恵まれて、今までのわたくしは豊かな人生を送ってこれました。
辛い経験も、皆んなが支えてくれたから、ここまで立ち直る事が出来ています。
これからは辛い記憶ばかりに囚われず、わたくしの意思で前を向かなくては。
今度はわたくしが、大切な人達の支えとなれる様に。
大切な人達と、笑い合って生きていける様に。
弱気になる時があるかもしれません。
立ち止まってしまう時もあるかもしれません。
それでも、前を向き続けますわ。
わたくしは、わたくし自身の幸せを掴むために。
もう、後ろは振り返りません。
「ミーナ。お味はいかがでしたの?」
隣を見れば、優しく微笑んだお母様がパフェの感想を聞いてきました。
「えぇ、お母様。
とても新鮮で、絶品でしたわ。
恥ずかしながら我を忘れて夢中で頂いてしまいましたの。」
「そう…それは良かったわね。
このような素晴らしいデザートをサービスしてくれたシェフに感謝しなくては。」
「もちろんですわ。
直接お伝えしたい気持ちではありますが、デザートをお持ちいただいた際、カトレア様に言伝をなさっていましたから、おそらくお忙しいのかもしれません。
レジが空いたタイミングでラナンキュラス様に御礼を伝えていただけます様、お願いしてみますわ。」
「確かにそうね。」
「それではお母様、参りましょう?」
お母様と共に席を立ち、レジで言伝をお願いしましたら快諾されたため、そのまま感謝の言葉を託しました。
お店を出る時、皆様が元気で優しい笑顔でお見送りしてくださったと同時に爽やかなそよ風が後ろから通り抜け、優しく背中を押していただいたような、そんな気がいたしました。
こんばんは。めいです。
今回もお読みいただき、ありがとうございます。
番外編、いかがでしたでしょうか?
今回の番外編の創作は、61話を製作中に思い立ちました。
傷ついたレモネード嬢を救済するなら、クロエ視点と併せて彼女の気持ちを表現し、本編の補完をした方がお読みくださった方にもより伝わるのでは…と。
ちなみに、医務室で目を覚ました時側にいた栗色の髪のご令嬢は、咄嗟に認識阻害を使用したクロエです。
こちらで補足させていただきます。
クロエやウィリアムはチートですので、基本的に状況の説明が多く、心情としてはあっさりとした表現が多かったため、作者にとって初めての挑戦の回となりました。
皆様に少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。
次回は本編に戻ります。
いよいよ創立祭も最終日を迎えます。
引き続きぽちぽち頑張りますので、どうか温かく見守ってくださいませ。
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