第45話
ごきげんよう。
クロエ・カサブランカでございます。
わたくしは今、地理の学年末試験を受けるため、第3講義室に来ております。
こちらの講義室はクラスの教室同様、前方に教卓があり、机と椅子(と言いましても、1人用ソファですが。)が教卓と向かい合わせで縦8列、横4列の計32席配置されております。
この時間に地理の試験を受けますのは、わたくしを含めて10名程と、少ないようですわ。
実は、地理は数学に次いで履修者数が多い、人気科目でございますの。
わたくしの様に純粋に地理が好きだったり、将来必要だから履修なさっている方も一定数いますが、多くの方は担当教師がペチュニア先生だから履修していらっしゃる様です。
ペチュニア先生は、左肩付近で緩く纏めている少し薄い金色のストレートヘアと、紫色の瞳、右目の泣きぼくろが特徴のアンニュイな雰囲気の先生ですわ。
お若くて、高身長でスラリとした体格に、美しいお顔立も相まって女生徒からの人気が高いようです。
ペチュニア侯爵家のご出自と、王妃殿下の末弟という血筋も人気に拍車をかけていらっしゃるようですわ。
授業はとても分かりやすいですし、生徒全員に平等に接してくださるため、多くの生徒が尊敬している先生です。
もちろん、わたくしもその内のひとりですわ。
乙女ゲーム[花盛りの君に愛を捧ぐ]では、攻略対象者の内の1人でもあります。
ゲームでは年上の遊び人枠で、最初はお得意のコミュニケーション能力でヒロインと表面上は仲良くなりますが、段々と純粋でひたむきなヒロインに本気で惹かれていくというストーリーだったかと思います。
……先生ルートは一度しかプレイした事がございませんので、合っているかどうかは保証出来ませんわ。
悪しからず。
しかし、授業を受けている限りではその様な印象は受けませんわ。
実際はどうか分かりませんけれど。
数学のマグオート先生と仲がよろしいようで、お2人で談笑なさっているお姿を学園内で度々お見かけします。
マグオート先生はペチュニア先生以上に生徒からの人気が高いためか、お2人を推している生徒も少なくありませんわ。
ちなみに、ペチュニア先生は生徒会顧問もなさっているため、ヒロインと関わりがあるようですが、(生徒会を外されてもヒロインが生徒会室に出入りしている事は学園内で有名な話ですわ。)ヒロインの魅了にはかかっていらっしゃいません。
王太子と騎士団長の息子が魅了にかかった事は確認しましたが、先生は今の所大丈夫そうですわね。
何か身を守る術をお持ちなのでしょうか?
……あら?
先生の右耳についているあのピアスはーーーーー
リーンリーン…リーンリーン
「試験始めるぞー。」
ここで試験開始のベルが鳴り、先生がドアを施錠しながら仰いました。
その後注意事項の説明と、誓約魔法を受け、先生が答案用紙を配布なさいました。
「よーし。じゃあ初めて良いぞ。」
ペラッ!
先生の開始の合図で一斉に答案用紙が捲られる音が響き、次いでペンを走らせる音が聞こえ出してきました。
わたくしも内容を確認し、問題を解き始めます。
地理は、この国の地理だけではなく他国の地理も学習します。
と言いましても、2学年ではここフローレン王国についてのみの学習でしたが。
3学年では世界の地理について学習する予定ですわ。
出題範囲はもちろん2学年で学習した内容全てです。
フローレン王国がフロンティアのどこに位置しているのか。
王国全土の人口、産業、特産品、文化等。
領地名と領都名。人口、産業。特産品等。
王国の地形や気候と、各領地の地形や気候について。
地形や気候が、王国民にとってどの様な影響をもたらしてきたのか。
大まかにご説明しますとこの様な内容でございます。
あくまで地理の講義ですので、学ぶのはここまでです。
地形や気候を活かして戦術を組み立てるのは、戦術学という騎士系の専門科目で学ぶようですわ。
「あと30分だぞー。」
おおよそ問題を解き終わった頃、先生の1回目のアナウンスが入りました。
残りの問題を解き終えましたら見直しをいたしましょう。
「あと15分ー。」
半分程見直しがを終えた頃、2回目のアナウンスが入りました。
「あと5分だぞー。」
皆様のペンを走らせる音が激しくなってきました。
わたくしも時間いっぱい見直しをします。
「はい。そこまでー。
答案用紙回収するからペン置けよー。」
先生は、全員が指示に従った事を確認なさった後、答案用紙を回収なさいました。
「うっし。全員分集まったな。
これで地理の試験は終わりだ。お疲れさん。」
全員分の答案用紙を回収し終えた先生が、ドアを開錠し、開けた瞬間ーーーーー
「リアム先生ぇ〜♡」
外からヒロインが入ってきましたわ。
…何故彼の方がここに?
地理は履修していなかったはずですが。
「ほぁ…アンスリウム…何故ここにいるんだ。
お前、地理は取ってなかったよな?」
先生もわたくしと同じ事を思われたのか、げんなりとした表情で、彼の方に尋ねていらっしゃいます。
そんな先生にお構いなく、ヒロインは涙目の上目遣いで小首を傾げながら先生に対して驚きの発言をしました。
「だぁってぇ……早く先生に会いたかったんだもん♡
ねぇ、今日こそはデートしよ?」
………この方、一体どんな神経をしていますの?
ツッコミ所が多すぎて、もはやどこから言えば良いのか分かりませんわ。
「ふっ…笑わせんな。
お前みたいなガキはタイプじゃねーの。
分かったらさっさと帰んな。」
そして当然の如く、先生にはあっさり振られました。
残念でしたわね。
「〜〜〜〜〜っ!!!
今日はこのくらいにしといてあげるわ!
あたしは諦めないんだから!」
ヒロインは悔しそうな表情をしながら、まるで捨て台詞の様な言葉を残し、去っていきました。
本当に、嵐の様な方ですわ。
………あら?
先生のピアスが変色しましたわ。
やはりあれは魔道具の一種で、魅了耐性に特化したピアスで間違い無さそうですわ。
しかし、毎日の様にあの攻撃を受けていらっしゃるからか、魔道具は限界が近い様です。
このままではヒロインの魅了にかかってしまうのは時間の問題ですわ。
([魔道具を修理][ペチュニア先生に魅了耐性付与])
スゥッ…
これで、ペチュニア先生もヒロインの魅了にかかる事はありませんわ。
まさか魔道具が限界に近づく程頑張って耐えていらっしゃったとは…
先生が攻略対象者集団にいらっしゃらなかった理由が分かりましたわ。
考察は後にして、わたくしも皆様に続いて教室を後にしようとした瞬間ーーーーー
「カサブランカ。ちょっと待て。」
先生に呼び止められてしまいましたわ…
「先生、何でしょうか?」
とりあえず、不思議そうな表情で応対します。
先生は、講義室にわたくしと2人きりになった事を確認なさって、ドアを施錠なさいました。
……どうやら気づかれてしまったようですわ。
わたくしは念の為、防音魔法を展開させました。
「まずは、このピアスを治してくれて感謝する。
………何でこれが魔道具だと分かった?」
先生は頭を下げた後、右耳のピアスを指しながら尋ねてきました。
「錬金術を履修しておりますので、授業で習いましたわ。」
本当の事です。
確認のために、こっそりピアスを鑑定しましたが。
「…そうか。まあいい。
じゃあ質問を変えよう。
何でアンスリウムが魅了持ちだと分かった?」
まぁ、そうなりますわよね。
「先生、わたくしはこれでも王太子殿下の婚約者ですわよ?
情報を集めただけにすぎませんわ。」
嘘ですけれど。
まさか王太子の婚約者が、このような所で役に立つとは思いませんでしたわ。
「確かにな。
じゃあ、このピアスをあっさり直したのはどう説明するんだ?」
「それはわたくしではーーー」
「嘘つけ。」
しらを切ろうとしましたら、アッサリと嘘つき呼ばわりされましたわ…
先生、据わった目でこちらを見ないでくださいまし…
……こうなればゴリ押ししてみましょうか。
「はぁ…言いたくありません。」
「何故だ?」
「どうしてもです。」
「だから何でだよ。」
「………先生に話す話ではございませんことよ。」
「将来的には親戚になるんだから問題無いだろ?」
………それが嫌なんですけれど。
「…………………」
「何でそこで黙るんだよ。」
「…先生。」
「何だ?」
「最近の殿下について何か思う所はございますか?」
「あ?あー…まぁ何だ…何と言うか…」
「男女が密室に2人きりというのは、あらぬ誤解を招きますわよねぇ?」
わたくしは三日月の様に目を細めながら、先生に問いかけました。
「…………はぁ…分かった。俺の負けだ。悪かったな。」
先生はそう仰って、ドアを開けてくださいました。
本当の事を言いますと、防音魔法を展開しておりましたので、この講義室の前を通りかかっても気づかれる事はございませんけれど、そうとは知らない先生にとっては、良い脅し文句にになった様ですわ。
わたくしは、すぐさま先生以外の方がわたくしを認識できないように、自分に認識阻害をかけ、防音魔法を解除しました。
「分かっていただけて嬉しいですわ。
それでは先生、ごきげんよう。」
「はぁー…はいはい。ごきげんよー。」
わたくしは先生に笑顔でご挨拶し、ため息をつく先生を背に、講義室から一度クラスの教室へ戻り、無事に帰宅の途に着きました。




