第41話
ごきげんよう。
クロエ・カサブランカでございます。
現在の時刻は夜10時。
わたくしは今、寝る準備を整え、テーブルの上にティーセットと、お茶菓子を乗せたお皿を用意しております。
これから、わたくしが使用させて頂くこちらの客室にて、ベロニカと一緒に女子会をしますの。
夕食を頂いた後、ティールームへ移動し、ゆったりとお茶を頂きながら食事で疲れた胃を癒しつつ、家族団欒のお時間をご一緒させて頂きました。
学園では皆んなに頼りにされているベロニカですが、ご家族の前では天真爛漫といいますか、普段とは違う一面を見る事が出来ましたの。
とても新鮮で楽しい時間を過ごせましたわ。
しかし、覚悟していた展開にはなりませんでした。
正直に言いますと、ベロニカにお誘いを受けた時点でわたくしの事情について何かしらの質問をされるのではと覚悟しておりました。
なぜなら、貴族令嬢…特に高位貴族の令嬢は厨房に入る事を良しとされていませんので、自ずと料理をする事もございません。
これまでは、Cクラスやダンデライオン商会の皆様の広いお心により受け入れていただけただけに過ぎませんわ。
この世界では、厨房は男性の職場という認識が強いのです。
ましてや現在のわたくしは王太子妃教育を修了した身。
宰相補佐官である伯爵は言わずもがなですが、文官であるヴィクター様だっておかしいと感じるのはあり得る事ではございませんこと?
以前カレーパンを気に入って召し上がってくださっただけに、料理の話をきっかけにわたくしの事情をお話する事になるのではないかと思い、もしその様な話になりましたら、ご家族に誓約魔法をかけても良いのかとベロニカに確認しておりましたの。
伯爵やヴィクター様のお立場上、わたくしの計画を知ったら、上司である宰相閣下にご報告せねばならないでしょうし、そうなれば、国王陛下の耳に入ってしまいます。
それはわたくしからすれば敵に手の内を明かすようなもの。
誓約魔法無しに話す気はございません。
しかし話をしなければ、ベロニカはご家族に秘密を持つ事になり辛い思いをしてしまうでしょうし、誓約魔法を行使して話をすれば、伯爵やヴィクター様のお立場が危うくなるのでは…と。
それをベロニカに相談しましたら、
「誓約魔法の行使は問題ないけれど、念の為に最初に断ってちょうだいな。
お父様やお兄様の性格上、黙ってかけられる方が嫌がりそうですもの。」
と、あっさりと仰いましたわ。
続けて、
「お父様は好きで今の地位にいる訳ではないから、クロエの計画を聞いたとしても誓約魔法を盾に知らぬ存ぜぬを貫くのではないかしら。
お兄様もそうね。
ラナンキュラス家は出世なんかより仕事のやり甲斐を重視する人間ばかりだから、立場には拘らないと思うの。
もしこの国に居づらくなったとしても、家族で隣国にでも移住して、またやり直せば良いってくらいにしか考えていないみたいだし。」
と、なんとも驚きの内容が返って来ました。
良いのかそれで…
それで良いのか…
まぁ、よそ様の事情にわたくしがとやかく言うのは傲慢ですわね。
閑話休題。
コンコンコン。
「クロエ。わたくし、ベロニカよ。
入ってもよろしいかしら?」
ドアのノックの音の後、ベロニカが声をかけてくださいました。
「えぇ。どうぞ。お入りになって。」
わたくしはドアの前まで移動し、ドアを開けて笑顔で歓迎します。
そこには、わたくし同様ネグリジェ姿のベロニカが立っていました。
「ありがとう。」
ベロニカが部屋の中に入った後、ドアに錠をかけ、念の為に結界と防音も展開します。
もちろん、匂いと音が漏れない様にするためですわ。
この時間にお菓子を頂いている事が分かれば、皆様も召し上がりたくなるかもしれませんもの。
明日のティータイムで召し上がるのはよろしいでしょうが、この時間にはあまりお勧めできませんわ。
それに、女子会ですから、聞かれたくないお話だってするかもしれませんもの。念の為です。
「まぁ!クロエ、お茶とお菓子をご用意してくださったの?」
テーブルの上に用意されたティーセットを見て、ベロニカが驚きの声を上げました。
「えぇ、家で用意して亜空間収納に入れていたから、お茶はまだ温かいのよ。
お茶菓子はクッキーですわ。
わたくしが好きでよく作る味なんだけれど、ベロニカのお口にも合うと嬉しいわ。」
ベロニカにソファにかけるよう勧め、わたくしもソファにかけ、説明をします。
お茶は遅い時間でも胃に負担がかかりにくい優しい味わいのピオニー領産の物をご用意しました。
お茶菓子はディアマンクッキーですわ。
細かく刻んだ紅茶の茶葉とオレンジピールを生地に混ぜ込んだ紅茶オレンジ味と、ココアとアーモンドスライスを混ぜ込んだココアアーモンド味の2種類です。
前世では休みの度に作っていたお気に入りのクッキーで、マイハウスが完成してからも暇さえあれば作っては亜空間収納に入れてを繰り返しておりますの。
コーヒーブレイクのお供として1度に2〜3個頂く程度ですので、需要と供給のバランスがかなりおかしい代物です。
「クッキーはクッキーですけれど、よく見るクッキーとは全く違いますのね…
小ぶりで食べやすそうですし、周りがキラキラとして美しいですわ。」
ベロニカがクッキーを見ながら感想を仰いました。
「そうですわね。
こちらはディアマンクッキーといって、生地を成型する際に周りにお砂糖を塗してから焼いているの。
お砂糖が残ってキラキラと輝いて見えるのが特徴ですわ。
ぜひ召し上がってみて。」
本当はグラニュー糖を使用しておりますが、この世界での存在を確認できておりませんので、お砂糖とぼかして伝えます。
「えぇ、頂くわ。」
サクッ…ホロッ…
「このクッキー、紅茶とオレンジの風味がとても豊かで、それでいて食感もサクッとしていてホロッと崩れたわ!
お店で売ってあるクッキーより食感が素晴らしくて、とても美味しいわ!」
クッキーを一口召し上がったベロニカが、笑顔で感想を仰ってくださいました。
お口に合った様で嬉しいですわ。
それからしばらく、クッキーの話や学園での話、先日の勉強合宿の話等で話に花を咲かせていましたら、ベロニカぎ徐に切り出しました。
「ねぇ。クロエ。
貴女、ウィリアムと何かあったの?」
!!!?
「きっ…急にどうなさったの?」
危ない…今ちょうど紅茶を頂いていましたが、なんとか噎せずにすみました。
わたくしは顔が赤くなるのを感じながら、努めて平静にベロニカに問いかけます。
「今もそうだけれど、最終日の昼食で、ウィリアムとお話ししている貴女のお顔が赤かったから…何かあったわよね?」
最初は不思議そうな表情をなさっていたのに、わたくしの顔に気づいてからはニヤニヤとした表情で聞いてこられましたわ…
わたくしは思わず側にあったクッションを抱え込みながら、ベロニカに相談する事にしました。
「………何があったかは言えないけれど…自分の気持ちに気づいてしまった事は認めるわ。」
「…!」
わたくしの反応を受けて、ベロニカは気づいてくださった様です。
「それは良かったけれど…なぜ泣きそうな顔をしているの?」
ニヤニヤとした表情から一変、優しい笑顔と声で聞いてくださいましたわ。
「……今は、気持ちの整理がついていないの。
わたくしは、不本意だけれど、まだ王太子の婚約者ですもの。
ウィリアムに恋をすれば、測らずも不貞と取られ、ウィリアムにもご迷惑をおかけするのではないかしら…
それに、卒業と同時にこの国を出る予定だから、こんなつもりではなかったの…
……わたくしは、この思いを大切にしようと決めたけれど、ウィリアムにとっては、ご迷惑にならないかしら…あんなに素敵な方ですもの…婚約者がいらっしゃってもおかしくはありませんわ…」
わたくしは、正直に思った事を言いました。
思いのまま言ったため、順序立てて言えた自信はございませんが。
「……クロエ。
その思いは、大切にするべきだわ。
それに、その思いを持っていたとしても不貞だとは思われないのではないかしら。」
「………えっ?」
「だって、王太子の方がよっぽど不貞ではなくて?」
「それはそうかもしれないけれど、学園で一緒に行動するだけでは不貞とは……」
「いいえ。それだけでは無いの。
……実はね。」
ベロニカから聞いた内容は驚くべきものでしたわ。
王太子とヒロインは、今や爛れた関係のようです。
今は近しい人間しか知らず、国王陛下や王妃殿下、宰相閣下も2人を離そうと躍起になられているそうですが、上手くいっていないそうです。
なぜベロニカが知っているのかと言いますと、たまたま学園の空き教室でお2人が睦み合っている所を目撃してしまい、伯爵に確認なさったからだそうですわ。
この国では、女性は結婚するまで清らかな身体でいる事が求められるため、未婚の、ましてや貴族令嬢がそのような場面をご覧になってしまって、ショックが大きかったのでは…と心配していましたら、事後だった事もあり、そういった意味でのショックは受けなかったけれど、王太子の人柄には落胆したそうです。
ヒロインが王太子を攻略した事は喜ばしい事ですが……
なぜ急にその様な展開になったのでしょう?
創立祭では、そこまでの関係にはお見受けしませんでしたけれど…
これは、マイハウスに戻ったら確認する必要がありますわね……
「それとね。クロエ。」
わたくしが思考に耽っていますと、ベロニカが笑顔で呼びかけてきました。
「ウィリアムに婚約者はいないわ。」
「……ご存じですの?」
「えぇ。以前、ウィリアムに伺った事があるの。
そうしたら、婚約者はいない上に、お相手は自分で見つけるのがご家族のルールなんですって。
だから、簡単に諦めてはいけないわ。」
「……えぇ。そうね。
ベロニカ、ありがとう。」
ベロニカの言葉に、少し自信を持てましたわ。
この思いを大切に、今まで通りにウィリアムと接する事にいたしましょう。
こうして、夜は更けていきました。




