第30話
今回はベロニカ視点ですが、通常本編です。
前回の続きからそのまま始めさせていただきます。
よろしくお願いします。
「わたくしがこれから話す内容は他言無用でお願いしたいの。
皆んなの事は信じているけれど…念のために誓約しても構いませんこと?
もしお嫌ならば、強制はしませんわ。」
クロエが内に抱えている思いをお話しする決意を固めてくれました。
それにあたって、誓約を提案なさいましたわ。
誓約とは、魔法で交わす約束の事ですわ。
今回の場合、これからクロエが話す他言無用の内容を、他人に話そうとしたり、反対に他人から聞かれそうになった場合は、強制的に口を閉ざされ、その件に関してのみ話せなくなります。
今この場にいるCクラスの面々は共に誓約をする誓約者となりますので、誓約者者同士であれば普通に会話を続けられますわ。
ただし、誓約者同士で誓約内容の話をしている時に、それ以外の者に聞かれそうになった場合は、強制的に口を閉ざされ、誓約した内容のみ話せなくなってしまいますが。
まぁ、当然ですわよね。
恐らく、クロエが今から話してくださる内容は、クロエにとって心の深い所にある部分なのでしょうから。
わたくしは、公爵令嬢という身分でありながら尊大に構えたり傲慢な態度をとる事がなく、誰にでも分け隔てなく接する、誰よりも心優しいクロエだからこそ友達になりたいと強く思いましたの。
決して身分等で友達になりたいと思った訳ではございません。
ですから、友達であるクロエに安心して頂くために、誓約を交わしたいと思います。
「わたくしは構いませんわ。
誓約を交わす事で貴女が安心してくださるのなら、喜んで交わします。」
「ベロニカ…ありがとう…」
そう言って、泣きそうな顔で微笑むクロエはとても綺麗でしたわ。
「俺も構わない。
クロエの秘密を漏らす気はさらさら無いが、クロエの不安を少しでも取り除く事ができるなら、誓約を交わす事は厭わない。」
「ウィリアム…」
あらあら。
ウィリアムは相変わらずクロエに夢中ですわね。
今はクロエを安心させるために、彼なりに言葉を尽くしていますわ。
入学当初はクラス全員に素っ気なく、近寄りがたい印象を与えていたウィリアムですが、実は最初からクロエを見る目線だけは熱烈でしたのよね。
その後、わたくし達クラスメイトにも気さくに接してくださる様になりましたが、やはりクロエに対しての態度は明らかに違いますわ。
1学年の時も、ダンスの授業でパートナーを決める際、他の皆んなは授業の度にパートナーを変更してみたりと固定しておりませんでしたが、ウィリアムだけはクロエのパートナーの座を頑として譲りませんでしたもの。
教室やミーティングでの隣席も、ずっとキープなさって、あからさまに皆んなを牽制していますしね。
ウィリアムの視線の先には、いつだってクロエがいらっしゃいます。
わたくし達Cクラス全員が、ウィリアムの気持ちに気付いていますし、2人が結ばれます様、密かに応援しておりますの。
残念ながら、肝心のクロエ本人のみウィリアムのお気持ちに気付いていらっしゃいませんが……
しかし、それは仕方がありません。
クロエは王太子殿下の婚約者ですもの。
ウィリアムの恋路は険しいものになるのではないかしら……
「クロエ!僕も誓約を交わします!」
「私も!」
「俺だって構わない!」
「私も喜んで!」
ここまでウィリアムがクロエを独占していましたが、皆んなとうとう耐えきれなくなりましたわね…
まぁ、このままでは話が進みませんし、よろしいのではなくて?
わたくしはクロエとウィリアムにだけ気づかれない様に、皆んなに向けて密かに左手でサムズアップをしておきます。
「皆んな…ありがとう…
ではまず、カモフラージュのために少し魔法をかけますわ。
[防音][幻影]」
!!?
空間魔法!?
防音魔法や幻影魔法といった高度な魔法をいとも容易く、しかも同時に…!?
通常は長い詠唱か、複雑な魔法陣を展開させてやっと使用できる高度な魔法ですのに……
その上空間魔法は、高い魔力を所持していなければ、これらの方法を用いても展開すらされません。
「今使用した幻影で、他の皆様方にはわたくし達が他愛のない会話をしているように映っておりますわ。」
クロエが、現在展開している空間魔法について、簡単に説明してくださいました。
「では、誓約を交わしますわね…
[誓約]」
ふわぁっ…
クロエの短い詠唱でわたくし達クラス全員が、各々柔らかな光に包まれました。
これが…クロエの魔力…
暖かくて優しい、まさにクロエの人となりそのものですのね…
柔らかな光は全身を駆け抜け、最後に左手の小指に集まり、リング状に形を変え、ゆっくりと消えていきました。
「これで、誓約は完了しましたわ。
では、本題に入りますわね。」
クロエが話してくれた内容は想像もしていないものでしたわ。
クロエが家族に忘れられた存在だなんて…
確かに、貴族の中にはナニーや乳母に自身の子供を育てさせる方もいらっしゃるようですが、そういった方でも子供との日々のコミュニケーションはきちんと取られていると聞きますし、ましてやお誕生日を祝った事すらないなんて…聞いた事がございませんわ。
他のご兄弟のお誕生日は毎年欠かさずお祝いしているのに、その場にクロエのみを呼ばないという点も気になりますわね…
そして、公爵の命にて退職なさったクロエの以前の侍女の方には感謝の気持ちしかございませんわ。
彼女のおかげで、クロエは生きてこられたのですから。
食事をクロエの部屋まで毎食きちんと運んでくださったり、必要なドレスや家庭教師、果ては学園の入学手続きまで、実際に手配をしたのはクロエですが、彼女が書類の提出やら何やらで動いてくれたからこそできた事ばかりだったそうですの。
しかし、こんなに可愛いクロエをどうしたら無視する事ができるのかしら…
わたくしには全く理解できませんし、理解したいとも思えませんが。
そして、王太子レオンハルト殿下との婚約は、国王ご夫妻と公爵ご夫妻が学生時代から仲が良く、お互いの子供を結婚させようとお話が上がっていたそうで、王太子殿下とクロエが同じ年に生まれた際、ちょうど良いという理由で決められたもののようです。
王太子殿下とはクロエの6歳の誕生日に初めて顔を合わせたそうで、(ちなみに、ご両親である公爵ご夫妻とも生まれた日を除き、この日初めてお会いしたそうですわ。そして公爵ご夫妻はクロエの誕生日に対して、お祝いの一言すら無かったとの事ですわ。)王太子殿下のあまりにも酷い態度に辟易し、将来は婚約破棄を勝ち取りたいと考えるようになったそうです。
例え婚約破棄ができたとしても、国に有益な人間だと思われてしまっては国に使い潰されてしまう可能性も考えられたため、学園の成績も、全ての試験の成績表が貼り出され、全員の目に触れる1学年ではわざと成績を落とし、2学年からは本来の実力で試験に臨んでいる様です。
学園を卒業後は、自分で建てた家に住み、お店をしながらのんびり暮らすのがクロエの夢だそうですわ。
なるほど、ですから店舗経営学を履修科目に選択なさったのね。
「クロエ…もしかして貴女、初級の水魔法を使うのがやっと…というのも…」
「えぇ。それも嘘ですわ。
本当はもう少し魔法を使う事ができますの。
でも、それも彼の方々に知られてしまえば、使い潰される未来しか見えませんもの。
だから…ね?」
先程の空間魔法の重ね掛けと言い、アーティファクトも使わず一度にクラス全員に対して誓約魔法を行使した事といい…
まさかとは思いましたが、確認のために伺ってみれば、やはり使用可能魔法も敢えて過小報告なさっていた様です。
苦笑いしながら白状なさいましたわ。
クロエは恐らく、すごい魔力を持っているのでしょうね。
でも、クロエ自身がその凄さを隠す事を望んでいらっしゃるのであれば、わたくし達にできる事は、その事実を誰にも話さない事なのでしょう。
「クロエ。」
「ウィリアム、どうかしまして?」
「さっき自分で建てた家と言っていたが、その家はもうあるのか?」
わたくしが伺った話の内容を頭の中で整理していましたら、ウィリアムがクロエに家の事を尋ねられましたわ。
「えぇ。6歳の頃から少しずつ建てて、学園に入学する1月程前にようやく完成いたしましたの。
時間を確保するのが大変でしたわ。」
「…1人で建てたのか?」
「えぇ。わたくしのスキルを最大限に使いましたけれど。」
笑顔で答えるクロエに対して、ウィリアムは驚きの表情を隠しきれていませんわ。
今のウィリアムの気持ちが痛い程よく分かります。
わたくしも驚きを禁じ得ませんわ。
………クロエの固有スキルは存じ上げませんが、高い魔力を使ったとしても、6歳の少女が1人で家を建てられるものですの?
そもそも家の作り方すら分かりませんことよ?
まぁ、クロエにはその手立てがあったということなのでしょうが……
わたくしは疑問に思った点をクロエに質問してみます。
「1人で家を建てる理由があった…という事かしら?」
「えぇ。
まず、いくら公爵家の人間といえど、6歳の子供が1人で家を建てる手配をする事は不可能だと考えたの。
例え手配出来たとしても、父である公爵を通さなければ怪しまれるとしか思えませんでしたから。
もし、それで上手くいったとしても、使用人が公爵家の誰かに報告したり、もしくは業者が密告したり、業者の動向でバレてしまう事も考えられましたわ。
残念ながら上手くいかない可能性だけがどんどん浮かんで参りましたので、自分で建設する事にいたしましたの。
家の建て方は本を読み漁ったり、実際の建設現場を観察したりして、調べましたわ。」
確かに。
6歳の子供が親を通さず家の建設の手配をしようものなら怪しまれる事しか考えられませんわ。
そしてそれが知られてしまえば余計に自由に動き辛くなる事が予想できてしまいますものね。
それにしても…6歳の少女にそんな事を考えさせるなんて…
カサブランカ公爵は優秀なお方だとお父様に聞いた事がございますわ。
外務大臣という役職も難なく熟す上に愛妻家で有名で、ご家族も大切にされていると専らの評判ですが…
クロエにだけは違うだなんて…
一体、どういう事なのでしょう…
家族や婚約者から愛情をもらえないとなると、大抵の令嬢はその愛情を受けようと必死になるか、性格が歪んでしまうか…どちらにせよ、家を出る事を考えるのは最終手段になりそうですが…
もしわたくしがクロエの立場であれば、今のクロエの様に前を向いて頑張れたのかしら…
いいえ。
きっと難しいでしょうね…
例えスキルがあったとしても、家を出る選択肢は出てこないでしょう。
みっともなくとも、実家にいる事を選択し、親が決めた婚約者と結婚し、言われるがままに生きていくのではないでしょうか。
クロエを取り巻く環境は、幸せに生きてきたわたくしには想像し難いものですが、それでも1人で立ち、前を向いて生きているクロエを、わたくしは心から尊敬いたします。
クロエならきっと、ご自分の思うままに、夢を叶える事が出来るのではなくて?
わたくしはクロエを信じておりますわ。




