第2話
クロエ・カサブランカは前世の記憶を持つ転生者である。
前世の名前は松岡杏。
28歳の会社員であった。
5人兄妹の3番目。
松岡家は家族全員仲が良く、1番下の妹、蓮以外は皆独立しているが、年末年始やお盆の帰省はもちろん、未だに年に一度の家族旅行も欠かさないほどだ。
杏はこれといって特筆するべき特技もない平凡な女性ではあったが、家族や友人など、周囲の人達に恵まれ、楽しい日々を過ごしていた。
ある日の会社帰り。
最寄駅を降り、家路についていると、どこからか弱々しい鳴き声が聞こえてきた。
辺りを見回すと、空き地に1匹の灰色の子猫が横たわっていた。
急いで駆けつけると、今にも息絶えてしまいそうな程ぐったりとした子猫を抱き上げた。
(このまま見捨てる事なんて出来ないよ!)
杏は急いで近くの動物病院に行き、診察をしてもらった。
猫は子猫かと思うほど小さかったが成猫であり、灰色の毛は汚れていたためで実は白猫であった。
そして瞳は右目がシトリンを、左目はアクアマリンを思わせる綺麗な色だった。
検査をしたもののどこにも異常は無く、ぐったりしていたのはここ数日、食べ物を食べていないからではないかと言われた。
「この猫は、あなたの飼い猫ですか?」
「いいえ、先程空き地でぐったりしている所を見つけてここに連れてきました。」
「そうですか…しかし、今ここで元気になったからと言ってまた元の場所に戻す訳にはいきません。
動物愛護センターにでも預けるつもりですか?」
「とにかく必死でここまで連れてきたので、そこまでは考えていませんでした。
でも、動物愛護センターに預けるのは……
私が、このままこの子を飼う事は可能ですか?
私が出来る限り、この子が幸せに暮らせるように頑張ります。」
「分かりました。
耳の印は無いので地域猫ではないようです。
ただ、迷い猫の可能性もありますので、一度警察に届が出ていないか確認して、大丈夫なら飼って構わないと思います。
それまでこちらでお預かりします。」
「よろしくお願いします。
警察に確認してもらっている間にお迎えする準備をします。」
次の日、杏は急遽有給を取り、猫を迎えるために必要な物を買い揃えた。
(猫を飼うのは初めてだから不安もあるけど…でも、あの子がこれから幸せに暮らせるように頑張らないと!)
後日、迷い猫の届出は出ていないため、飼っても問題無さそうだと連絡があり、すぐに動物病院へ猫を迎えに行った。
「猫ちゃん、ここが今日から君のお家だよ。
これからよろしくね。」
猫をキャリーバックからそっと出し、ゲージの中に入れ、様子を見る。
猫が安心できる場所としてゲージも用意したのだが、猫はすぐにゲージから出て家の中を探検し始めた。
(あれ?テレビでしか見たことなかったけど、猫ってこんなにすぐゲージから出てたっけ?
人懐っこい子なのかな?)
不思議に思いながらも、猫のストレスにならないように、見過ぎないよう気をつけながらご飯とお水をゲージの中にセットしておく。
にゃー
「ん?」
にゃー
「どうしたの?猫ちゃ…えっ!?」
何と猫は杏のベッドの上で寝ていた。
「猫って…初日で人間のベッドに寝るのかな?」
不思議に思いながら、杏はその日リビングのソファで寝た。
その後も、不思議なことが多く起きた。
猫用のご飯には目もくれず、果物ばかり食べたがったり。
杏が風呂に入っていると必ずやって来て、一緒に入りたがったり。
(さすがに一緒に浴槽に入るのは危ないので、洗面器にお湯を溜めて入れた。)
寝る時は杏が寝ているベッドにいつの間にか入って来て一緒に寝ていたり。
杏が仕事に行く時も
「ロディ、私は今から仕事に行ってくるから、お留守番をお願いね。」
「にゃー」
と、まるで杏が言っている言葉の意味を理解しているかのように返事をし、大人しく過ごしていたり。
(家のロディはテレビで見る猫とはだいぶ違うなぁ。)
ちなみに名前はロディと名付けた。
名付ける時、色んな名前を言ってみたが、この名前にだけはご機嫌で返事をしたからである。
そして、ロディと同居し始めて数ヶ月経った頃。
(うわぁ…外すごい雨…こんな日に限って残業だなんて…ロディ、怖い思いしてるんじゃないかな…)
ロディが来てからずっと定時退社を心がけていたのだが、今日は杏が教育担当した後輩がミスをしてしまい、そのフォローで残業する事になってしまった。
「杏先輩、今日は本当にすみませんでした!
先輩にフォローしてもらって助かりました!
本当に、ありがとうございました!」
「大丈夫だよ。
先方もそこまでお怒りじゃなくて助かったよね。
雨ひどくなってきたから、気をつけて帰るんだよ。」
(私も早く帰らないと。ロディが心配だよ。)
会社のロビーでで後輩と別れ、急いで駅に向かい電車に乗り込み、帰路につく。
最寄駅を出て、横断歩道で信号待ちをしている時、反対側に見覚えのある姿が見えた。
(ロディ!?)
そこには、ずぶ濡れになったロディがいた。
ロディが家に来ると決まってから、猫が逃げないようにちゃんと柵はつけている。
今日もちゃんと柵の鍵を閉めて、家の鍵もいつも通りきちんとかけて出社したのに。
(こんな雨の中どうしてここに……!!!?)
「にゃー!」
たたたっ
ロディは杏の姿を認めると、突然横断歩道へ飛び出して来た。
「ロディ!待って!まだ信号が!!!」
ブォォォォォ!!!
「ロディ!!!」
ロディが飛び出してすぐ、歩行者信号は青に変わったが、大型トラックが交差点に侵入してきた。
杏はとっさに飛び出し、ロディを抱き抱えーー
ドンッッッ!!!
「キャァァァァァァ!!!」
「人がはねられたぞ!!!」
「きゅっ!!救急車!!!」
ザァァァァ………
「にゃー!にゃー!」
「……ロディ…?…良かった…無事……で……」
杏の意識はそこで途切れた。




