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ここにいる証 一調律する隠された王子と八色宝石ー  作者: 小藍
第2章:例外の子どもたち
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第6話 例外の子どもたち(後編)




「そこにいるのか!?」


世界樹の居所がある第三結界と。

エルフたちの市井がある第二結界との、ちょうど境い目。

森の揺れを感じ、様々な魔法を駆使して。

それこそ秒速で森中を疾駆した、リューセイは。

揺れの発信源に、勢いよく飛び込んだ。


「!」


瞬間。

耳をつんざく不協和音。

中央に、金色の小さな背中が踞っている。

振り向きざま、キラキラと溢れる雫。

黒い影が落ちたそこで、つやりと光る琥珀色。

身体が、僅かに強張る。


「……おにぃ、ちゃん……」


幼女ルチェの結界が、ついに悲鳴を上げた。

空気が歪む。


「ちっ!」


舌打ち。

全ての魔法を強制解除。

いきなり口を開いた空に。


リューセイは手を伸ばす。

あの時のように。

位相を編み、合わせる。

ルチェの結界に重ね、空間の裂け目を押し戻す。

震える結界。

森の色が、一瞬だけズレた。

リューセイの黒目がはっ、と見開かれる。


「……境界、か?」


呟いた、次の瞬間。

リューセイの足元に、ふわりと淡い光が走った。


「く」


ギリギリを、探る。

刺激しないように、鎮めるように。

慎重に、だが迷いなく。

ルチェの結界が、ギシリ、と軋む。


(止まれーー)


頬を滑り落ちる汗が、溢れる。

位相が、ピタリと合わさる。

途端に空気が静かに、反転した。


ぐらりと揺れていた森の景色が、すっと安定する。

ルチェの結界の軋みが、止まった。


「…………」


琥珀色の瞳をぱちくりして。

ルチェが、そろりと顔を上げる。

その場でがくりと片膝を付いたリューセイが、息を整えながら告げた。


「もう……大丈夫だ」






今回の森の揺れに。

気付いた者は、リューセイしかいなかった。

第二結界と第三結界の境い目。

今この場所には、二人しかいない。


小さな金髪の幼女と。

黒髪の少年。


ルチェは、少しだけ首を傾げて言った。


「……さっき」


小さな声。


「おにいちゃん、なにか、した?」


リューセイは一瞬だけ黙る。

だが、すぐに肩をすくめた。


「ああ」


あっさり言う。

ルチェはぱちぱちと瞬きをして。


「なにも、みえなかった」

「だろうな」


リューセイは苦笑する。


「普通は見えないし」

「感じない」


ルチェに目を合わせ、告げる。


「でも、お前も……、感じてるんだろ?」

「なにを?」

「………………」



沈黙。


 

リューセイは、じっと目の前のルチェを見る。

本当に、何もわかっていないかのような。

その表情。

確かに、まだ5、6歳の幼女に見える。

そんな子供に、一瞬、何を期待したんだと思って。

息を吐き、少しだけ目を細めて。


「……お前」


ぽつりと呟く。


「ほんと、なんなんだよ」


ルチェは首を傾げた。

金の髪が揺れる。

リューセイの問いがわからない。

答えられない。

ただ、胸の前で両手を握った。


 


再び、落ちた沈黙。

リューセイは目を泳がせ、ふと視線を止めた。

ルチェのその手首に、光るものがある。

小さなブレスレット。

そこには、いくつもの宝石が並んでいた。


「それ」


リューセイが指をさす。


「きれい」


ルチェは嬉しそうに笑った。


「おねえちゃんたち」

「……姉?」


ルチェはこくりと頷いた。

指で宝石を一つ一つ触れる。


「これ、トールにいちゃん」


紫色の石。アメジスト。


「これ、ロギアにいちゃん」


金色。トパーズ。


「これ、ニカねえちゃん」


淡い青。サファイア。


「これ……、パパ」


深い緑。エメラルド。

小さな指が、そっと宝石をなぞっていく。


「みんな、いるの」


リューセイは黙って聞いていた。


「でも」


ルチェの声が、少しだけ小さくなる。


「いま……、あえない」


森の風が揺れた。

葉が、さらさらと鳴る。

リューセイは、ふっと一つ息を吐いた。


「……なるほど」


何か、納得したように呟く。


リューセイの脳裏に浮かぶのは。

「結界王」の一の姫、クリュシュが。

異世界ハイエルフの男性と交じり。

三人の子供を連れ帰り戻ってきた、という噂話。

二十年前に、世界樹の居所から。

忽然と消えた、ハイエルフの姫が。


「だからか」

「?」


ルチェがリューセイを見上げる。

リューセイは、少し考えてから言った。


「お前さ」

「うん?」

「例外なんだな」


ルチェは首を傾げる。


「れいがい?」

「普通じゃないって意味。この、エルフの森の奴らとは……、多分違う」


あっさりと言った。

ルチェは少し考えて。

琥珀色の瞳を瞬いて、ぽつり。


「……おにいちゃんも?」


リューセイが、一瞬黙る。

それから、ふっとはにかんだ。


「まぁな」


肩をすくめる。


「俺も、普通じゃない」


言い切って。

黒い瞳が、ルチェを見る。


「でもーー、だから気付いた」


森を見回す。


「さっきの、あれ」


空気の歪み。不協和音。

今は、何もない。

リューセイは、確信を持ったまま呟く。


「お前、やっただろ」


ルチェはわからないまま、慌てて首を振った。


「やってない」

「ほんとか?」

「ほんと」


そこでふと、俯いて胸を押さえる。


「でも……ここが」


言葉を、必死に探す。


「ざわざわ、して。いたくなって」


小さく言う。


「おにいちゃんがきたら」


無意識に伸ばしたルチェの指が、リューセイの手に触れた。


――ぴたり、と。


ざわついていた森の気配が、一瞬だけ止まる。

ルチェの胸の奥の痛みが、すっと引いた。

リューセイは僅かに眉を寄せた。


(……近い)


さっきまで遠かったはずの「境界」が、指先のすぐ向こうにあるような錯覚。


胸元を撫で。

ルチェは、少し困ったようにリューセイを見上げて、笑った。


「なおった」

「………………」


リューセイは、黒目を僅かに見開いて。

しばらく、黙っていた。

ザワザワと、木々が揺れる。

口を開いては、閉じ。

それから、ぽつり。


「……やっぱりか」


 


空を、見上げる。

枝葉の隙間から。

青い空。

遠い雲。

一つ、息を吐く。

そのまま。




「世界ってさ」

「うん」

「たまに、歪むんだよ」

「?」


ルチェは、首を傾げた。


「俺は、それが分かる」


リューセイは顔を戻してじっと、ルチェを見る。


「で、お前は」


森を指した。


「それを直せる」


 

琥珀色の瞳が見開かれる。

ルチェは、ぽかんとした。


「……?」


 


リューセイは、おかしなものをみたかのように苦笑する。


「ほんと、変なやつだな」


ルチェの金髪に手を置いて。

そっと撫でる。

そして、聞こえないように、小さく呟いた。


 


「俺も、お前もーー例外、なんだな……」


 


ルチェは、リューセイが言った意味が分からないまま、ただブレスレットを見つめていた。

宝石は静かに、降り落ちる陽の光を弾いて、光っている。


その中のひとつ。

深いエメラルドの石が、かすかに温もりを帯びた。


ルチェは気付かない。

だがーー




遠い樫守の街で。

同じ色の宝石が、わずかに光った。

クェルクスが、静かに顔を上げる。


「……やはり、か」


その声には。

僅かに安堵と。

そして、拭いきれない不安が滲んでいた。

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