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第3話 隠蔽の王子




エルフの森。

世界樹の居所の朝は、早い。


世界樹を守る第三結界の内側。

その下層フロアの廊下には、すでに多くの人影があった。

侍女たちが足早に行き交い、役人たちは書類を抱えて歩く。

遠くでは衛兵の鎧が鳴り、交わされる報告の声が響いていた。


往来はある。

けれど――

その廊下の柱の影にひっそりと立つ少年に、気付く者は誰もいなかった。


黒髪黒目。

エルフの耳を持つ少年。


隠された王子リューセイは、壁に背を預けたまま静かに息を吐いた。

本来なら目立つはずの、王族用の黒の衣も。今は誰の視線にも引っかからない。


「……行った、な」


目の前を、数人のエルフが横切っていく。

だが誰も、彼の方を見ない。

いや。

正確には、見えているはずなのに気付かない。


それが、リューセイの魔法だった。

隠蔽魔法。

森守護隊の魔術師たちも扱う、ありふれた術。

だが、彼のそれは少しだけ質が違った。


姿を消しているわけではない。

幻を見せているわけでもない。

ただ――


人の意識から外れる。

視線が惑う。


そこに立っていても、気付かれない。

記憶に残らない。


まるで最初から、そこには誰も居なかったかのように。


「……便利、だよな」


小さく呟く。

誰にも届かない声。


リューセイは壁から身体を起こし、廊下を歩き出す。

侍女が気にも止めず、すぐ横を足早に通り過ぎる。

衛兵がふと、視線を向けた。


それでも誰もーー、彼に気付かない。


王子でありながら。

世界樹の居所で、エルフの森で、誰よりも自由に動ける存在。

それが、リューセイだった。


 


もちろん、最初から望んで手に入れた力ではなかった。


 


黒髪黒目。

それはこの世界では、エルフにもいない訳ではないが、珍しい色だった。


ハイエルフの王族は、金の髪、金の瞳を持つ。

それが正統な血統の象徴だった。


けれどリューセイは違う。

母はハイエルフの王族。

父は――人族。


だからこそ。

人々は、表立っては何も言わない。

だが。

視線は、知っている。



混血。



その言葉は、大っぴらに口に出されることはない。

それでも空気の中に、何処かの影に、何かの裏に。

確かに、ある。


遠巻きに見られている感覚。

距離を置かれている感覚。

そして時折向けられている、好奇の目。


だから。

リューセイは、隠れることを覚えた。



期待も。

失望も。

視線も。



最初から届かなければ、無いものと同じ。

まるでリューセイ自身の、その存在のように。

視線が合った瞬間、相手の目がわずかに逸れる。

無意識に、そうさせているのは自分だと。

ーー知っていた。

 

「……関わらない方が、いい」


ぽつりと呟く。

それがいつから魔法になったのかは、覚えていない。

ただ、気付いた時には。


リューセイは、人の意識から。

外れることが出来るようになっていた。


 


廊下の奥から、声がする。

侍女たちが話している声だ。


「殿下は?」

「まだ見ておりません」

「陛下がお呼びなのだが……」

「黒髪の……あの方か?」

「しっ、聞こえますよ」


微かに周囲がざわつく。

だが、ピタリと。

なりを潜めたように収まる。

リューセイは足を止める。

陛下。

このエルフの森を治める、ハイエルフの女王。

自分の母親のことだ。

けれど。

リューセイは、ゆっくりと視線を影に落とした。


「………………」


母は優しい。

それは知っている。

だが。


 

どう接したらいいのかーー、分からない。


 

そんな距離が、二人の間にはあった。

リューセイは俯いたまま、廊下の窓に近づいた。

眼下に広大な森が見える。


外界から、閉ざされた。

エルフだけの。

結界に守られた、森。


「…………」


空の青と、森の緑の境を見ているうちに。

リューセイはふと、父親のことを思い出した。


 

リューセイの父は、人族だった。

ハイエルフではない。

けれど。

彼は、車椅子のピアニストとして。

エルフの森でも、その他の国でも、とても有名だった。

『神の声を聞くピアノ』。

そう称される父が創る旋律の世界は、悲しくも豊かで、民草の心を掴み、離さない。

 


リューセイはそっと、目を閉じる。

舞い降る音の旋律が、見えるかのようだった。

エルフの森の空気は、どこか歪んでいる。


表面は穏やかで。

だが奥で、裏で、何かがズレている。


「……俺の居場所は」


ぽつりと呟く。


 

ここじゃない。


 

そう思った瞬間だった。


 


ーー遠いエルフの森のどこかで。


ルチェの手首を飾るブレスレット。

八色の宝石のうち、一つがかすかに熱を帯びた。


一瞬だけ。

ほんの、一瞬。


「……?」


ルチェはコテンと首を傾げる。

動きに合わせくるくるの金髪がふわりと揺れ、琥珀の瞳を小さく瞬く。

宝石はすぐに、何事もなかったかのように。

冷えていった。


 


エルフの森、世界樹の居所。

窓辺で森を眺めていたリューセイは、まだ知らない。


 

自分の世界が。

ーー静かに、動き始めていることを。

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