第21話 ここにいる証
エルフの森は、静かだった。
あの日から。
大きな揺らぎは、一度も起きていない。
空は青く。
風は穏やかだった。
まるで、何事もなかったかのように。
「……本当に、止まったんだな……」
アルマが、ぽつりと呟く。
地面にしゃがみ込み。
かつて亀裂が走っていた場所を、軽く叩く。
もう何も、起きない。
「……そうね……」
メディウムも、小さく頷いた。
あれほど騒がしかったエルフの森は。
今はただ、静かに呼吸している。
ルチェは、自分の手首を見ていた。
八つの宝石で作られた。
ブレスレット。
ヒビは、そのまま残っている。
金継ぎされて。
もう、暴れる事はない。
「……しずか、だね」
ぽつりと呟く。
「……ああ」
リューセイが答える。
短く。
それだけ。
宝石は、微かに光っている。
だが。
もう――
「繋がらない」。
あの空の重なりも。
あの視線も。
あの、気配も。
もう。
一度も、現れていない。
「……良かったのか?」
アルマが、ふと聞いた。
誰に、とは言わない。
「向こう、だろ」
リューセイは、少しだけ間を置いて。
すっと、空を見上げた。
青い空。
何もない。
ただ、雲が浮かぶ空。
「……いい」
それだけ、言った。
「そうかよ」
アルマはそれ以上、何も言わなかった。
風が吹く。
葉が揺れる。
森は、ただ静かに。
そこにある。
その日から。
森は、静かなままだった。
――数年後。
エルフの森は変わらず、そこにあった。
柔らかな風が吹き。
枝葉を揺らす。
穏やかな時間が、流れていた。
一つ変わった事といえば。
人が、少しだけ増えた。
世界樹の居所。
バルコニーから。
子どもが、空を見上げていた。
金髪の髪がふわりと跳ね、真っ黒な黒目を瞬く。
「ねぇ」
後ろを振り返る。
「ほんとうに、いたの?」
無邪気な声。
その手に、八つの宝石で作られた、ブレスレットを持っている。
子供の声に、側までやってきて。
ルチェが、しゃがみ込む。
「だれが?」
子どもは、髪を揺らし。
首を傾げて少し考えて。
「むこうのひと」
「……!」
その言葉に。
一瞬だけ。
空気が、止まる。
息を、飲む。
風が、吹く。
髪が、流れる。
ルチェは、ほんの少しだけ空を見上げて。
そして、微笑んだ。
「……いるよ」
やさしく。
囁くように。
愛おしむように。
「でもね」
子どもの目を、まっすぐ見る。
「もう、みえないの」
子どもは、おかしそうに首をかしげる。
ハイエルフの長い耳が、ピコピコしていた。
「なんで?」
「うーん」
少しだけ、困った顔をして。
ルチェは、考える。
どう言えば、伝わるだろう。
あの、奇跡と。
驚きに満ちた日々を。
子供と同じく。
ルチェが首を傾げた時。
後ろから、声がした。
「……光らなくてもいい」
リューセイだった。
続き間からこっちに、歩いてくる。
少し背が伸びて。
昔より、ずっと落ち着いた優しい目をしている。
「どうして?」
子どもが、嬉しそうに顔を上げる。
その金髪頭を撫でて。
リューセイは、ゆっくりとバルコニーから空を見上げた。
何もない空。
けれど。
確かに、そこにあったものを。
知っている。
「見えなくてもいい」
静かに、言う。
「繋がらなくてもいい」
ルチェの手を取り。
繋ぐ。
目を細めて空を。
眩しそうに見上げて。
視線を下げて。
子どもの目を優しく見返して。
少しだけ、笑う。
「ここに、いる」
子どもは、きょとんとした顔をしている。
「ここ?」
リューセイは、答えない。
ただ。
胸に手を当てた。
その仕草を見て。
ルチェが、ふっと笑う。
同じように。
自分の胸に、手を当てた。
「……ここに」
小さく、呟く。
今でも胸が、温かくなる。
子どもは、まだよく分かっていない顔をしている。
それでも。
「そっか!」
元気よく、笑った。
その笑顔に。
ルチェも、つられて笑う。
リューセイは、何も言わなかった。
ただ。
空を、見上げる。
風が吹く。
木々が揺れる。
その時。
遠く。
ほんの一瞬だけ。
空が、揺れた気がした。
誰も、気づかない。
だが。
リューセイは、目を細める。
(……ああ)
言葉には、しない。
必要ない。
分かっているから。
その頃、向こう側。
蒼い空。
巨大な樫の大樹の下。
風が、吹いた。
同じように。
静かな風。
クェルクスが、空を見上げていた。
何もない。
だが。
ほんのわずかに。
何かを、感じ取ったかのように。
エメラルドの目を細める。
そして。
ふっと、微笑んだ。
二つの世界。
もう、重なることはない。
もう、触れることもない。
それでも。
確かにーー
証は、いらない。
光も、いらない。
ただ、そこにいる。
それだけで、よかった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
この物語は、「繋がること」ではなく、
「それでも、ここに在ること」を書きたくて始めました。
触れられなくても。
見えなくても。
光らなくても。
それでも確かに、そこにあるもの。
最後まで見届けていただけたこと、
とても嬉しく思っています。
※本作は、桜月りま様の
『元五歳で魔法使いにはなれなくなった男だが、ヒヨコはまだ健在か?』
作品世界をお借りしたスピンオフ作品です。
この場を借りて、深く感謝申し上げます。




