第20.5話 はじまりの鼓動
ーーすべてが、二つだった頃の記憶。
清浄な空気に満たされた。
病室。
その部屋の主は、今日は体調が良いのか。
ピアノの前に座っていた。
その後ろ姿に、静かにかけられる、声。
「キラ……」
『アスティルさん? どうしーー』
ゆっくりとした、振り向きざまに。
ぽふ、と抱きついてくる。
金髪が、視界を掠める。
その頬は、涙に濡れていた。
鼻をすする音。
キラは、何も言わずに。
その金の髪を優しく撫でた。
「……リューセイ……。たたいちゃった……どうしよう」
ぐずぐずと涙を溢れさせる、アスティルを落ち着かせるように。
その頭と背を、優しくキラは撫でる。
『……大丈夫』
「どうして?」
『男の子、だからね』
ポン、と。
人差し指で、キラは鍵盤を弾いた。
『それにーー、アスティルさんと、……俺の』
『……二人の、間に、ーー生まれた「子供たち」だから……』
「!」
キラのその言葉に。
アスティルは、驚いたように、顔を上げた。
緑の瞳が見開かれ。
不安げに、揺れる。
それでもキラは、微笑んでいた。
アスティルは。
一人。
大切な我が子を。
生む前に、喪くしている。
この世界では、双子は。
厄災を起こすと忌み嫌われている。
それは平民でも、獣人でも、王族でも。
世界全土で共通の、認識だった。
だから。
愛しい人との間に。
身籠った子が双子だと。
殿上医から、アスティルだけに。
伝えられていた。
生まれる前に、喪くした事も。
それなのに。
「……知って、たの……?」
恐々と、呟くように、囁くように告げたアスティル。
キラに、言えなかった。
リューセイにも。
何も、伝えられていなかった。
どう接したらいいのかも、わからなかった。
触れることすら、怖かった。
『俺の……、「耳」が良いこと。アスティルさんも、知ってるでしょ』
異常に良すぎるキラの『耳』。
それは、盗聴器を耳で探せるほど。
キラには。
アスティルの胎の中。
二つの鼓動がしっかりと。
聞こえていた。
「……っ……」
キラキラ。
アスティルの緑の瞳から。
光の雫が溢れる。
キラは、アスティルを優しく抱いたまま。
ペダルを踏む為の魔導具を咥え。
ゆっくりと。
ピアノを弾きはじめた。
慰めるように。
愛しむように。
それは。
世界全てに。
響かせるかのようにーー。
――ふたつだった鼓動を。
ひとつに還すように。




