第20話 塞ぐ者たち・後編
世界は、静かに――分かたれていった。
裂けていた空は、閉じる。
捻れていた森は、ゆっくりと元の形へと戻っていく。
まるで、何もなかったかのように。
「……終わった、のか……?」
アルマの声は、掠れていた。
誰も、すぐには答えられない。
その中心で。
リューセイは、静かに立っていた。
「…………」
金の髪が、風に揺れる。
そして――
すう、と。
波紋が広がるように。
色が、抜けた。
「……っ?」
金が、消える。
元の黒へ。
戻る。
だが。
「……ど、して……?」
メディウムが、息を呑む。
その目も髪も。
黒に。戻った、はずなのに。
どこか――薄い。
輪郭が。
存在が。
まるで、そこに「重なっている」ような。
ズレている、ような。
「……おい」
アルマが眉をひそめる。
「お前……」
リューセイは、答えない。
ただ、ゆっくりと。
自分の手を見下ろした。
(……透けて……軽い……?)
握ったはずの感覚が。
どこか、曖昧だった。
自分の手が、透けて見える。
指先の感覚が、ふっと消えた。
「……おにい、ちゃん……」
小さな声。
ルチェだった。
揺れる琥珀の瞳で。
それでも、しっかりと。
リューセイを見上げている。
その片手は。
まだ――繋がっている。
あたたかい。
「……ルチェ」
名前を呼ぶ。
その瞬間。
ドクンッ
胸が、鳴った。
今度は。
はっきりと。
「……あ」
ルチェの琥珀が、淡く光る。
ヒビの入っていた、金継ぎされたブレスレットが。
琥珀と金を散りばめながら。
小さく、脈打つ。
リューセイの鼓動と。
同じリズムで。
ドクン
ドクン
「……繋がって、る……?」
ルチェが呟く。
「…………」
リューセイは、それでも何も、言わなかった。
ただ。
一つだけ。
――理解していた。
(……俺は)
一度。
「向こう側」に、触れた。
そして、戻ってきた。
いや、「助けられた」。
だから。
(……完全に、「こっち側」じゃない)
その代わりに。
(……繋がってる)
ルチェと。
あの世界と。
境界、そのものと。
静かに、息を吐く。
「……まぁ、いいか」
苦笑気味に。
ぽつりと、呟いた。
アルマが、「はぁ!?」と声を上げる。
「よくねーだろ!! お前、なんか薄くなってんぞ!?」
「……なんとも出来ないだろ?」
軽く返す。
けれど。
その声も、少しだけ――遠い。
メディウムの赤い瞳が揺れる。
「……無理、してるでしょ?」
お姉さんだからわかるのよ? と付け加えるメディウム。
リューセイは、少しだけ視線を逸らした。
「別に」
短く告げる。
でも。
それ以上は、言わなかった。
その時。
――ザアッ
風が、動いた。
誰も、いないはずの空間。
そこに。
「……ほんと、バカだなぁ」
軽い声。
振り返らなくても、分かる。
「越えなかったんだ」
青い髪の少年が、そこにいた。
いきなり出てきた人物に、アルマが身構える。
「お前……!?」
だが。
リューセイは、動かない。
そっと手で制して。
ただ、静かに言う。
「……見てただろ」
「まぁね」
少年は、肩をすくめてくすっと笑う。
「でもさ」
銀の瞳が、細められる。
「結構ギリギリ、だよ?」
ふわりと近付いて。
トン、と。
リューセイの胸を、指で軽く突く。
「もうちょっとで――「向こう側」だった」
ドク
一瞬。
鼓動が、ズレた。
「……だから言ったじゃん」
少年が、にやりと笑う。
「消えかけてる、って」
メディウムが息を呑む。
アルマの顔が歪む。
「お前っ、なんの話ーー」
「……どうすればいい」
アルマの言葉を遮って。
リューセイが、低く問う。
メディウムは、アルマの腕をぐっと掴んだ。
少年は、少しだけ驚いた顔をして。
そして。
――笑った。
「簡単だよ」
くるりと、そのまま背を向ける。
「ちゃんと、自分で「こっち」に居ればいい」
意味深な言葉。
誰も何も、答えられない。
振り返らないまま。
「まぁ――」
青髪を揺らし。
少しだけ、間を置いてから。
「お前の場合、それが一番難しいけどね」
風に溶けるように。
その姿が、消えた。
ーー静寂。
「…………」
「…………」
「…………」
誰も、すぐには動けなかった。
その時。
ルチェが、ぎゅっと。
リューセイの手を握る。
「……おにいちゃん……」
じっ、と見上げる。
まっすぐな瞳。
琥珀色のーー強い光。
「だいじょうぶ」
小さな声。
けれど。
迷いは、ない。
微笑う。
「ルチェ、いるよ」
ルチェは、繋いだ手を離さずに――
自分のブレスレットを、そっと押し当てる。
「……おにいちゃん」
震えてるけど、目は逸らさない。
「ルチェが、「ここ」に、いるから」
「だから――戻ってきて」
ドクンッ
胸が、鳴る。
今度は。
ズレない。
重なる、鼓動。
胸に、灯る音。
リューセイは、少しだけ目を見開いて。
そして。
――笑った。
ほんの、少しだけ。
「……ああ」
短く、答える。
そこに。
ただ一つ。
確かなことだけが、あった。
境界は、閉じた。
だが。
リューセイの胸に、何かが残った。




