表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/29

第20話 塞ぐ者たち・前編




世界が、軋んだ。


空は、もう空の形を保っていない。

青は歪み、裂け、何層にも折り重なっている。


森も同じだった。

木々は捻れ、地面は割れ、根が露出し。

まるで、「別の場所」へ引きずられているように揺れている。


「……もう、さすがにヤバいだろ……!?」


アルマの声が響く。

その足元で、地面が大きく波打った。


「ルチェっ」


メディウムが叫ぶ。三つ編みの先が空に踊った。


その中心。

光の円の中。


ルチェが、立っている。


琥珀の宝石は、これまでにないほど強く光り、

その周囲に、糸のような光が張り巡らされていた。


「……っ……!」


だがその糸が、切れかけている。

一本、また一本と。

境界を縫い止めていた光が、バラバラとほどけていく。


「……むり……っ……! とめ、きれな……」


小さな声。

それでも、まだ謳っている。

「灯火の歌」。

だが、足りない。

結界が、悲鳴を上げる。


「……ぜんぶ……っ……は……」


ルチェがぎゅう、と目を閉じる。

その、瞬間。


――ドクンッ


強く。

リューセイの鼓動が、響いた。


(……全部、ぜんぶ合わせればいい……)


目を閉じる。

不協和音。

音が、聞こえる。


ルチェの声。

森のざわめき。

空の歪み。


全部。

ひとつの、「ズレた音」。


(……外れている……)


静かに、息を吐く。

繋いだ手を、確かめる。


(なら)


目を、開けた。


「ーー合わせる」


刹那。

周囲の光が、爆ぜた。

勢い良く風が、沸き起こる。


「……なっ……!?」


アルマが、大地色のその目を見開く。


リューセイの髪が。

(ほど)けるように、揺れ。


黒から――

金へと、変わる。

その瞳も。

ハイエルフの象徴である、金。

いや、それ以上に。

かの王と同じ。

「真金」。


「……うそ……っ」

「……これが……本来の……」


メディウムの声が震える。

アルマの口から、言葉が溢れた。


周囲の光が、収束するように集まる。

足元に、浮かび上がる魔法陣。

「向こう側」へ、(いざな)うもの。

だが、今度は違う。

それは「引きずられる」ものではない。


「……俺が、合わせる」


短く低く、告げる。

小さなルチェの手を、強く握る。


「続けろ」

「……っ……!」


リューセイを見上げたルチェが、琥珀色の目をまんまるにしながら、こっくり頷く。


「Elthia... noar vel...」


謳が、再び強くなる。

金の髪が揺れる。

その瞬間。


――おん


音が、重なった。

リューセイの中で。

輪郭が、揺らぐ。

位相がーー

謳と混ざり。

周囲に広がり、合わされていく。

すべての「ズレ」が、その位置を調えていく。


暴れていた森が、止まる。

落ちそうだった空の裂け目が、揺れる。


「……すっげぇ……」


アルマが呟く。

だが。

それでも。

まだーー、足りなかった。


再び世界は軋み始める。

その時、だった。


――向こう側。


裂けた空の奥。

蒼い世界。

そこで。

光がーー、上がった。


緑柱石(エメラルド)

紫水晶(アメジスト)

黄玉(トパーズ)

青玉(サファイア)


紅水晶(ローズクォーツ)

紅玉(ルビー)

柘榴石(ガーネット)

そしてーー琥珀(アンバー)


八色の光が、空で噛み合いーー


「……来た、か……」


リューセイが、小さく呟く。

八つの光。

すべてが、揃う。


――その瞬間。


世界が、「鳴った」。






揃ったはずの光が、耐えきれないように軋む。

合わせすぎた歪みが、逆に弾ける。


それは、音ではなく。


だが確かに。

全てが、「同時にズレた」。


――ピシッ


最初に、ヒビが入ったのは。

トールのブレスレットだった。


「……は?」


紫の宝石に、細い亀裂が走る。

次の瞬間。

パリン、と。

音を立てて、砕け散った。


「っ……!?」


遅れて。

ニカの水色も。

ロギアの金も。


――弾け、割れる。


「……な、んで……っ」


ニカの声が震える。

ロギアの瞳が、見開かれた。


「式が……崩れて……っ!?」


クェルクスが、静かに目を伏せた。


「……来たな……」


その手にあるエメラルドにも。

ヒビが、走る。




また、こちら側でも。


アルマの大地色の宝石が、軋み。

メディウムの赤光が、揺らぐ。

次々亀裂が入っていく。


一ー限界だった。

誰が見ても、分かる。

これ以上は、持たない。


八色の輪が、空に顕現し、回る。 


ぐるぐる。

ぐるぐる、ぐるぐると。


まるで不吉な何かの、再現であるかのように。

二つの世界の落ち葉が、豪風により空に巻き上げられる。


「…………」


境界は、「合わせられない」。

本来、交わらないもの。

無理やり繋げば――

必ず、どこかが壊れる。


その時。


(……きっともう)

(これが最後だ……)


クェルクスは、ゆっくりと顔を上げた。

視線の先には。

世界樹の居所から遅れて。

息を切らせながら、走って来ている。

――クリュシュ。


言葉は、ない。

だが。

僅に一歩、踏み出す。


「っ」


同時に。

はっ、と動きを止めたクリュシュは。

息を飲んだ。


緑とピンクの瞳が、絡まる。

互いに、僅に手を伸ばす。


届かない距離。

あと一歩で一一触れられるのに。


だから。


クェルクスは。

微笑んで。

自分の腕にある。

クリュシュの、ローズクォーツに触れた。

指先で。優しく。

確かめるように。


「…………」


そして――

静かに、口付ける。

愛おしむように。

恋焦がれるように。

まるで。

そこに本人(クリュシュ)がいるかのように。


「…………っ」


クリュシュもまた。

何も言わず。

涙を溢れさせながら。

クェルクスのエメラルドに、唇を寄せた。

触れた、はずなのに。


――ほんの少しだけ、遠い。



ドク……



リューセイの鼓動が高鳴る。

その、瞬間。


――パリン


音が、響いた。


エメラルドが、砕ける。

ローズクォーツが、散る。


光が、ほどける。

裂け目が、修復されていく。


重なっていた世界が――

切り離される。


「――っ……!」


ルチェの声が、震えた。

その腕の中で。

琥珀のブレスレットに。

全ての宝石に。

ヒビが、走る。


――ピシッ


壊れていく。

みんなの光が。


「……っ……やだ……っ」


メディウムのも、アルマのも。

次々、壊れていく。

小さな手が、ぎゅっとリューセイを握る。


その時。


ドクンッ


リューセイの鼓動が、強く鳴った。

金の光が溢れる。

同時に。

ルチェの宝石が――眩く光る。


「……!」


ヒビの中に。

金色の光が、流れ込む。

ゆっくりと、全てに。


繋ぎ止めるかのように。


「……え……?」


光がなりを潜めてもーー

ルチェの腕にあるブレスレットは。


砕けない。

崩れない。

ヒビは、ある。確かに。

だが。


――壊れていない。


ルチェの腕で。

静かに。

琥珀が、脈打つ。

金色を纏って。


リューセイと、同じリズムで。


ドクン

ドクン


「……まさか、残った、の……?」


メディウムが、息を呑む。

アルマが、言葉を失う。


八つあった光。

その中で。

たった一つだけ。

ーー繋がったまま。

残っていた。


「…………」


リューセイは、何も言わない。

ただ。

ルチェの手を、離さなかった。

そのまま。

ゆっくりと、空を見上げる。

八色の輪は、もうそこに無かった。


裂けていた空が。

少しずつ。

ゆっくりと。

閉じていく。


――境界が。

再び、「分かたれていく」。


ドクン


胸が鳴る。

今度は。

ズレていない。

確かな、和音。


(……)


小さく。

リューセイは。

心の中で、呟いた。


……違う。

これは、「収まった」んじゃない。


——抑えていたものが、なくなっただけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ