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第18話 再会




森は、静かだった。

だがそれは、落ち着いた静けさではない。

張り詰めた、静寂。


「……ここで、止まってる……」


メディウムが呟く。

地面に走る亀裂。

引き裂かれた枝葉。

それは、ルチェを中心に。

円を描くように、広がっていた。


「……この範囲だけ、保ってるって感じだな」


アルマが低く言う。

それ以上、外側は。

じわじわと、崩れていっている。

まるで「向こう側」に、引っ張られていくように。

ルチェは、その中心に立っていた。


微かに光る琥珀。

呼吸は浅い。

だが、意識ははっきりしている。


「……だい、じょうぶ」


小さく囁く。

だが。

その声は、少し震えていた。


「…………」


リューセイは、すぐ後ろに立っていた。

何も、言わない。

ただ、そこにいる。

それだけで。

空気がピン、と保たれていた。



その時。


――ピシィ


空に、線が走った。

ルチェの周りの光が強まる。

その瞬間。


「……っ」


リューセイの輪郭が、微かに揺れた。


「おにいちゃん......?」

「....なんでもない」


ぐっと、拳を握り、視線を上げる。


「……来る」


リューセイの声。

全員が空を見る。

青空に。

細い、線。

小さな亀裂。

ガラスが、ヒビ割れていくように。

それは、ゆっくりと広がっていく。


前と同じ、ようで。

ーー違う。


「……なんか、随分近くねぇ……?」


アルマが息を呑む。

その裂け目が。

低い位置に、ある。

見上げていた位置ではない。

僅かな目線。

前よりも、距離が。

明らかに、近い。


「……っ」


ルチェの手が震える。

琥珀が、強く光る。

呼応するように。

空の裂け目が、広がる。

青色が、こちらに落ちてくるかのように。


視界を埋めるヒビ。

そして。

――開いた。


蒼い空。

風に揺れる。

巨大な樫の大樹。

石造りの街。

そこに立つーー、一人の男。


「……!」


ルチェの呼吸が止まる。

その姿を見た瞬間。

時間が、止まった。

メディウムが口元を両手で覆う。

アルマが、その大地色の瞳を瞬いた。



濃茶色の髪。

深い、エメラルドの瞳。

変わらない。

何も、変わっていない。


「……ぱぱ……っ」


声が、漏れた。

震える声……小さな、声。

けれど。

確かに。

目の前にいる。

届くはずのない、距離なのに。


樫の木の前に立つ男――クェルクスは。


はっきりと。

「こちら」を見た。

深い瞳が、大きく揺れる。


「……ルチェ……。メディウム、アルマ……」


唇が、微かに動く。

声は届かない。


それでも。

分かる。

確かに。

呼ばれた!


「パパ!!」


ルチェが叫ぶ。

その一歩を、踏み出そうとする。

ーーその瞬間。


「ダメだ!」


腕が。

後ろから、ルチェをぎゅっと。

強く引き止めた。


「……触れたら。『戻れなくなる』」

「?!」


驚いたルチェが、リューセイの手を振りほどこうとする。


「おにいちゃん! なんで、ぱぱが……!」

「一一動くな」


低く、短い声。

その瞬間。


ーピシッ


足元の光が、弾けた。


「.....!」


ルチェが息を呑む。

びくっと震える幼い身体。

ルチェの動きが、一瞬止まる。


ーーそれでも。


「でも……!」


振り向く。

涙が、滲んでいた。


「……ぱぱが……パパがいるの……っ!」


悲痛な。

その言葉に。

リューセイは、何も返さない。

ただ。

ルチェを抱く腕に、力を込める。

逃がさないように。

ーー守るように。

背中から、包み込む。


「っ……!」


ルチェの息が詰まる。

その時。

空間が、軋む。


――ピシッ


ルチェの足元。

光の糸が、乱れる。

無数の糸が、行き場を失ったように。

四方に散らばる。


「……!」


メディウムが叫ぶ。


「ルチェ……っ、崩れちゃうわ!」

「!」


ルチェが、はっとする。

足元を見る。

涙で滲む視界。

だが、それでもはっきりと。


光がーー

自分が、その中心にいる。

自分が動けば。

「ここ」が、崩れる。


それは。

分かっている。

でも。

ーーでも。

目の前には。

琥珀の瞳がつやりと光る。


「……ぱぱ……」


小さく、呼ぶ。

クェルクスは……何も言わない。

ただ静かに。

ルチェを見ている。

そうして、ゆっくりと。


ーー微笑んだ。


優しい。

けれど。

どこか、寂しげに。


「……っ……!」


ルチェの涙が、零れる。


「なんで……」


声が震える。


「……パパぁ……」


分かっている。

来れないことは。

それは。

分かって、いる。

それでも。

呼ばずには、いられない。

ずっと、ずっと。

求めていたーー


クェルクスは、微笑んだまま。

ゆっくりと首を振った。


そして。手を、伸ばす。

ーー届かない。わかっていても。

わずかに震えていた指先が、見えないようにと。

気にしながら。

少し、柔らかい雰囲気で。

(くう)に。


同じように。

懸命に。

ルチェも、手を伸ばす。

リューセイに押さえられたまま。


精一杯。

指先を。

前へ。


だが。

届かない。

触れられない。

分かっている。

それでも。



空間が、軋む。

境界が、震える。

世界がーー撓む。


「……っ……!」


リューセイが歯を食いしばる。

勝手に浮かび上がる魔法陣が、よりはっきりと。

鮮明に。

色濃く映る。


押さえながら。

支えながら。

それでも離さない。


「......今は、まだ」


ぽつりと、リューセイが言う。

その言葉に。

ルチェの瞳が、揺れた。


そして一ー

向こう側でも。

同じように。

クェルクスの唇が、動く。


「......今は、まだ」


重なる、言葉が。

距離を越えて。

その瞬間。


一ー重なった。


視線が。

想いが。

言葉にならない何かが。

確かに。

繋がった。


空が、震え。

光が、弾け。

裂け目が、揺らぐ。


「……閉じる!」


リューセイが叫ぶ。

ルチェの手が、震える。

それでも。

最後まで。

伸ばし続ける。


「……ぱぱ……」


狭まる視界。

光の雫が、大きな瞳から。

ポロポロと滑り落ちる。

幾つも、いくつも。

クェルクスは。

最後まで、微笑んでいた。

そして小さく、頷いた。


「大丈夫だ」と言うように。


その瞬間。

空が、閉じた。

光が失せる。

何もない、いつもと同じ。

青空だけが、残る。


指先。

あと、ほんの少し。

ー一届かない。

届かなかった。


震えるルチェの手が、力なく落ち。

乾いた草葉が鳴る。


「……っ……うわああああぁんっ……パパ、ぱぱ、ぱぱあぁ!!」


泣き声だけが、響く。

メディウムの赤瞳からも、光が溢れていた。

アルマは、拳を握り締めて、下を向いた。


誰も。

声にならない。

言葉を継げない。

涙だけが、キラキラと落ちていく。


リューセイは、何も言わない。

ただ。

ルチェを包み込んだ。

その腕を、離さなかった。


しばらく誰も。

動けなかった。






風が、吹く。

森が、揺れる。


もう、以前とは違う。


確かに。

二つの世界は。

ひと時だけ。

繋がった。


けれど。

触れられは、しなかった。

その現実だけが。

静かに、残る。






遠くの、森の奥。

青髪の少年が、そっと立っていた。

腕組みしながら。

空を見上げ軽く呟く。


「……ふーん。やっぱり、まだ無理、かぁ」


くすっと笑って、その銀の目を細める。


「でもーー近づいてる」


そして。

小さく、呟いた。

青髪が、風に揺れる。

その唇が、弧を描き。

少しだけ、笑みが深くなる。


「間に合うと、いいね」


風が、吹いたような、気配。

少年は、次の瞬間。

夜の闇に溶けるように、消える。


残るのは。

静かな森と。

まだ消えない、綻び。

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