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第16.5話 揺籠の外で




廊下に、張り詰めた空気が落ちていた。


「――何を、していたの。今まで」


静かな声。

二人しかいない。

だが、逃げ場はない。

出来たメイドや従者は、敏感だった。


「…………」


リューセイは、黙って立っていた。

目の前にいるのは、女王代理を務める、母アスティル。

ハイエルフの象徴である金の長髪。

緑の瞳が、僅かに細められていた。

その瞳は、怒ってはいないようだった。


――だが、冷たい。


「第三結界内、保護区」


一歩、近づく。

敷かれた絨毯が鳴る。


「深域への無断侵入」


さらに一歩。

ハイヒールの音が響く。


「そして――」


ぴたり、と止まる。

白いドレスの裾が、ふわりと揺れた。

もう、リューセイの目の前。


「境界への干渉」


空気が、ピン、と凍る。

声に、重みが乗っていた。

緑と、黒の目が合わさる。


「……言い訳は?」

「……別に」


リューセイは、目を逸らさない。


「放っておく方が、まずいと思っただけだ」

「っ!」


バチン!!


乾いた音が、廊下に響いた。

流れる金に、混じる黒。

そして自分の右頬にーー、熱。


「っ……」

「思ったから何?」


低く、押し殺した声。


「アンタ一人で、何が出来るっていうの!!」


その言葉は。

叱責ではなく。


「……っ……」


リューセイは、何も言えなかった。

ぐっと、拳を握る。

叩かれた状態のまま、黒瞳を揺らした。

じわじわと、頬の熱が広がっていくーー。






バチン!!

その音に、びくっと身を竦める三人。

少し離れた、角の向こう。


「……あっちゃ〜、怒られてんな」


アルマが呟く。


「……リューセイくんだけのせいじゃないのに……」


出ていく機会を逃したメディウムが、ハラハラと様子を窺う。

ルチェは、琥珀の瞳をぱちくりして、きょとんとしていた。


「……なんで?」


こてん、と首を傾げる。


「おにいちゃん、がんばったのに」


その一言に。

二人が、少しだけ黙る。


「……まぁな」


アルマが頭をかく。


「でもな、あれは……、「大人の仕事」なんだよな、ほんとは」

「ふーん?」


全然わかってない、という顔。

リューセイをじっと見るルチェ。

メディウムが、小さく微笑んだ。


「……きっと大丈夫よ。リューセイくんなら」


ルチェの頭を撫でる。

少しだけ、優しく。


「ちゃんと、元気になって、戻ってくるわ」






「リューセイ!!」


後ろから追いかけてくる怒声なんて、知ったことか。

声を振り切るように。

振り返る事なく。

リューセイはそこから、全速力で走り去った。




何処をどう走ったか、なんて。

覚えてなかった。

入り込んだ静かな部屋。

遮るように閉められたカーテン。

規則的な数値の音。

ベッドの上で眠る、黒髪の男。


――キラ。


リューセイの父親。

ピアニストだった者。

黒瞳を瞬く。


「俺、なんで……」

『……来たね』


目を閉じたまま、声がした。

そっ、と開いた柔和な黒の瞳。

身体をゆっくりと起こす、衣擦れの音。


「起きてんのかよ……」

『今日は……、調子がいいんだ』


わずかに、笑う気配。

リューセイは、暫く立ち竦んで。

トボトボ歩いて、ベッドの側にある椅子に腰掛けた。


人族の父親(ちち)、キラは。

車椅子のピアニストとして、エルフの森でも、それ以外の国でも、有名だった。

「神の声を聞くピアノ」と言われるほど。

作り出す世界は悲しくも豊かで、人々の心を打った。

だが、元々身体が弱いのか、車椅子だからなのか、人族だから、なのか。

人族の生は短く儚い。

この近年はもうずっと病床で、家族なのに、簡単に会える間柄ではなかった。

いつも、厳重に。守られているハズなのに。

今日は誰も、護衛の者たちはいなかった。

何かの後遺症で父親は、あまり喋る事が出来ない。

会話は、いつも念話だった。……苦手なようだけど。


『頬。……痛い、でしょ』

「……別に」


目は合わさない。

ふい、とそっぽを向く。

父親と二人きりになる、そんな事はあまりなかった。

どう……、接したらいいのか、わからない。

沈黙。


鳥の鳴き声。

風の音。

枝葉のざわめき。


静かな音だけがーー

部屋に落ちて。

リューセイが、そっぽを向いたまま。


「……なんか、聞こえるんだ……」


ぽつりと、言う。


「音、みたいな」

『音?』

「ズレてるみたいな、音」


拳を、胸の前で握る。


「ザワザワして、熱くて……気持ち悪いんだ、胸が」


キラが、小さく息を吐いた。


『音、って……、放っておくと、ね。……狂うんだ』

「……狂う?」

『そう』


キラが、リューセイに視線を向ける。


『……だから、ね……。それを、合わせるために……、「調律」するん、だよ」

「……調、律……」


父親(キラ)が、にっこり微笑う。


『世界は……「音」で……、満ちてる、から』


リューセイが、眉をひそめる。

たまに、父親の言っている事がわからない。


『世界の音、星の音……、それから』


そっと、自分の胸に手を置く。


『……ヒトの音……』

「は?」

『……鼓動、呼吸、足音。……ぜんぶ「おと」だよ』


キラは、穏やかに言った。


『……それが「ズレ」てるから……、しんどい、……でしょ?』

「…………っ」


リューセイが、父親(キラ)を見た。

キラは、笑っている。

胸が、苦しい。

自分がーー、どんな表情(かお)をしているか。

わからない。


『……ピアノは……、「世界を創る」……』

「世界を?」

『おと、で……。「ひとつ」に、なる。みんなの意識を、そこにーー、「合わせる」』


その言葉に。

リューセイの鼓動が、強く鳴った。


ドクン。


「……どう、やって」

『耳で』


リューセイも「耳」、良いんでしょ? と、キラは自分の耳を指差しながら続け。


『全部』

「……」

『リューセイは……普通より、ずっと……聴こえるはず、だから……ね』


僅かな沈黙。


『聴いて。ココロで、「合わせる」。……でも、怖いなら。……やめた方が、いい』

「なんで」


反射的に出た言葉。

それにキラは、少しだけ言い淀んでから。


『……音に……のまれる、かも。ーーしれない。それでも?』

「……やるに、決まってるだろ」


即答。

キラが、柔らかく笑った。


『ーー知ってる』




暫くして。

キラの病室から。

穏やかなピアノの音が響き出したーー。


その旋律は。

どこか。

先ほどリューセイが感じた「ズレ」を、ゆっくりと撫でるように。

優しい音だった。






深い、静寂。

神聖な、空気。

巨大な空間。

世界の核を守る、当代の世界樹。

周囲をほわほわ、ひらひらと。

光の玉が、舞う。


中央にあるのは――

金の揺籠。

そこに、眠る存在。

バシレウス。


その前に立つのは。


アスティルとデュセーリオ。

肩口で切り揃えた白金髪が、サラリと揺れる。後ろで一房束ねた髪は、随分長くなっていた。


「……何か、感じるのか」


デュセーリオが深い青紫の瞳を細め、低く言う。


「ええ。でもーー」


アスティルの瞳が、揺れる。


「結界じゃ、ない」


一歩、世界樹に近づく。


「もっと……奥、かな?」


揺籠の光が、わずかに揺れた。


「……まさか」


デュセーリオが息を呑んだ。

瞬間。


――おん


微かな音。

空気でも。

魔力でもない。


「……今の」


アスティルが、緑目を見開く。

結界王が眠る場所。

結界に異常があれば、一番に影響が出る。

デュセーリオが、ゆっくりと呟いた。


「……何か、あったな……」


アスティルが、静かに目を閉じた。


結界王バシレウスから。

女王代理を直々に任された。

だから、バシレウス(じーじさま)しか張れない結界に、少しだけ干渉出来る。

ただ、修復出来る訳じゃない。

布をあてがって、塞いでいるように、見せているだけ。

薄くうすく。

エルフの森全体に張り巡らせた自分の魔力で。

他の者たちにも、結界の綻びがわかるようにしたり。

綻びを、「見た目」では、直せているように。

仕向けている。


本来なら、繋がらないはずの異界。

いくら魔法がある世界とはいえ。

そんな事をしていたら。

いつか。

どこかが。


崩れる。


世界の何処かで羽ばたいた蝶が。

離れた場所で、嵐を起こすように。


たった一音のズレが。

やがて、全てを狂わせるように。


ーーこの世界そのものが、崩れる前に。


この森で生まれた「僅かな綻び」が。

どこへ繋がり、何を壊すのかーー


それが一つで済むのか。

それとも。

――全てに、波及するのか。

それが無なのか。

それが有なのか。


起きるまでーー、誰にもわからない。

ぐっ、と拳を握る。

呟きが溢れた。


「……任せる、しかないの?」

「……それが、「意志」ならば」

「…………」


次に開いたその緑瞳は、決意に満ちていた。


「それなら――」


小さく、息を吐く。


「これは、「あの子たち」の領域だわ」


揺籠の光が、わずかに強くなる。

まるで。

応えるように。


ーーまだ、終わっていない。

そう告げるように。

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