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第16話 綻び




エルフの森は、静かだった。

あまりにも。


「……静かすぎじゃね?」


アルマが呟く。


鳥の声がない。

風の音も、弱い。


「…………」


目が覚めたら。

メディウムにガバッと抱き付かれ。

めちゃくちゃ泣かれた。

意味がわからず、きょとんとしていたら。

何故か、こんこんと怒られた。

しっかり元気だ、と殿上医にお墨付きを貰い。

付いてきていたルチェが、繋いだ手をぎゅっと握る。


「なんか……いき、くるしい……」


メディウムは何も言わず、木々を見ている。

リューセイは、空を見上げていた。


「…………」


何もない。

青い空。

けれど。


(……さっきまで、確かにあった)


あの蒼い空が。

あの「重なり」が。

胸の奥に、まだ残っている。


ドクン


鼓動が、鈍く響く。

その時。


――パキッ


小さな音がした。


「……?」


ルチェが背後を振り返る。

近くの木の枝が。

ゆっくりと、引き裂かれていた。


「え……?」


ヒビ。

それは、枝だけじゃなく。

幹にも。

地面にも。


「おい……これ……」


アルマが顔をしかめる。


「なんか……ヤバくねぇ?」


地面に、細い線が走る。

それは。まるで――

空に走った「ヒビ」と、同じ。


「……境界……」


メディウムの声が、かすれる。

その瞬間。


ざわっ


森が、動いた。

風、じゃない。

木々そのものが。

ざわざわと、揺れ始める。


「っ、なんか来るぞ!」


アルマが叫ぶ。

次の瞬間。

枝が、ぐん、っと伸びた。


「はぁ!?」


あり得ない速度で。

まるで、意思を持っているかのように。

リューセイたちへと、襲いかかる!


「ーー避けろ!」


地面が隆起する。

根が、うねる。

枝葉が迫る。


「なんだよこれ!」


アルマが舌打ちしながら剣を抜く。

勢い良く切り裂き。

瞬間、固まる。

斬った枝が。


「再生してる……!?」


声が震える。

切り落としたはずの枝が。

切り口からどんどん葉が、芽が出て。

たちまち枝葉が広がる。


「……森が……暴走してる……!?」


メディウムが叫ぶ。

その時。

リューセイの足元。

――光が溢れた。


「……また、か」


小さく、ため息混じりに呟く。

自分のモノじゃないーー魔法陣。

淡く、薄く、浮かび上がる。

それが異質なモノだと、森自身もわかるのか。

伸びる枝葉や根が。

リューセイに……いや。

リューセイと手を繋いでいる、ルチェへと集約する!

ーー何かに、反応しているかのように。


「「ルチェ!!」」


アルマが駆け出し、メディウムが叫ぶ。

だがルチェは、リューセイの手を握ったまま。

迫る枝葉、根の先を凝視したまま。

ーーそして。


「おにいちゃん!」


ルチェの強い声。

だが。

リューセイは、動かなかった。

手を、伸ばす。

揺れる木へと。


「おい! 触んな!」


アルマが止めようとする。

だが、その前に。

リューセイの指先が、触れた。


――ピタリ


森の動きが、止まる。


「……え?」


誰かが、呟く。

ざわめきが、収まる。

枝も。

根も。

地面も。

時間が止まったように。

ぴたりと、静止する。

まるで。


「……従ってる……?」


メディウムが息を呑む。

リューセイは、木に触れたまま。

そっと目を閉じた。

意識を、合わせる。

無意識に。


(……これ……)


分かる。

言葉じゃない。

感覚だ。

けれど。

伝わってくる。

ざわめき。

不安。

そして。

――痛み。


「……苦しい、のか」


ぽつりと、呟く。

その瞬間。

森が、小さく震えた。

ルチェが目を見開く。


「……いま……へんじ、した……?」


リューセイは、ゆっくり目を開けた。


「……境界が、ずれている」


誰も言葉を発さない。

ただ、聞く。


「森が……引っ張られている……」

「引っ張られてる?」


メディウムが聞き返す。

リューセイは、空を見上げた。


「向こう側に」


その言葉の意味を、誰もすぐには理解できない。

だが。

理解した瞬間。

空気が、一気に冷えた。






その日の夕方。

ルチェが押し留めた事で。

リューセイが位相を重ねた事で。

森の異変は、一度落ち着いた。

だが。

完全には、止まっていない。


時折。

枝が、微かに軋む。

地面が躍動するように、震える。


「……なぁ。……これ、さ」


アルマがぼそっと言う。


「そのうち……、全部こうなるんじゃね?」


ルチェが、小さく震える。

メディウムは、唇を噛んだ。

リューセイは。


「…………」


俯いたまま。

何も言わなかった。






「.....ん?」


警戒しつつ、周囲に目を向けていたアルマが、眉をひそめる。


「今、一瞬.....お(リューセイ)、消えなかったか?」

「は?」


前を歩くリューセイの姿が、一瞬見えなかった。

目を擦る。

リューセイは、普通に前を歩いている。


「……気のせいだろ」






帰路の途中。

ルチェと手を繋ぎ、先頭を歩いていたリューセイが。

ふと、立ち止まる。


「ん?」

「どうしたの?」


後ろからついて来ていたアルマとメディウムが、訝しげに声をかけた所で。

進行方向の茂みが、ガサッと揺れた。

アルマが警戒して腰の剣に手を添える。

メディウムが息を飲み身構える。

ルチェはぎゅっ、とリューセイの足にしがみ付いた。

リューセイは、黒目を細くして前方を見据える。


「……お前か」


低い声。

茂みから出て来たのは。

「あの時」の男だった。

少し疲れた顔の、中年の魔法師。

第三結界内、保護区深域で。

リューセイとルチェに声をかけてきた男。

後ろのアルマとメディウムの「誰?」という表情を読み取ってか、


「第三森守護隊、魔法師団所属。結界維持班の一人、だ」


名乗る気はないのか、面倒臭そうにそう言う。


「あんた、なんで」


無意識にルチェを庇うように、身体を僅かにずらしたリューセイが。

中年の男から目を離さずに呟く。


「裏口からこっそり出たつもりだったんだろうが、ちょいと人数が多かったな」


にやり、としながら「目は意外と多い」と付け加える中年男に、リューセイは一つ息を吐いた。


「監視役、か」

「ご明察」


告げて、男はさっと四人に目を走らせる。

目立ったものはないが。

何か、あったと思うには、十分だった。

何かが擦ったような跡。不自然な裾の汚れ。


「何か、あったんだろう?」

「…………」


リューセイは答えない。

だが、それが答えのようなものだった。


「「あの時」いた二人が動いてる。何かあった、そう考える方が自然だろう」

「…………」


ルチェが、リューセイの足にしがみ付いたまま、琥珀色の瞳でじっ、と中年の男を見上げる。金の髪がふわりと揺れた。


「……ないの?」

「なに?」


聞き返すリューセイに、ルチェは視線を合わせない。

中年男を見上げたまま、確信しているかのように言った。


「おじちゃん、みえなくなった」

「ははっ!」


ルチェの言葉に、中年男は困ったように笑った。


「……どういう事、だ」


リューセイが、静かに目を細める。

男は、少しだけ苦く笑った。


「お嬢ちゃんの言う通りだ。ーー「見えなくなった」って言われてる」

「は?」

「……言われてる?」

「正確にはな。結界の数値は正常。歪みもなし。だとさ」


淡々とした声。


「だが……、現実はどうだ」


周囲の森を見る。

「何か」の痕跡。

異質なーー気配。


「……明らかに、おかしいだろ」

「……どうして、そんな……」


メディウムが、息を呑む。

男は、少しだけリューセイを見る。


「段階が変わったんだろうな」

「段階?」

「最初は「結界のズレ」だった。だから俺たちでも、観測できた」


リューセイの眉が上がる。


「だが、今は違う」


空を見上げる。

風が、吹く。


「結界のズレ。そんなモンじゃ、なくなっちまったんだろう?」


葉擦れの音が、聞こえる。


「そうなっちまったらーー、俺たちじゃ測れない」


アルマが舌打ちする。


「じゃあ、そのまま放置かよ?」

「上はそう判断してる」


残念だがな、と中年男は淡々と話す。


「「問題なし」ってな」

「そんな……!」


メディウムの顔が強張る。

男は、肩をすくめる。


「だから、俺は現場に来てる」


森は、見た目には、異常は見えない。

だが、何かが「違う」。

気配、匂い、感覚。

長年培ってきた、男の勘が、そう告げていた。

渋い顔で当たりを見回し。

そして、最後に。

リューセイを見た。


「……お前は、見えてるんだな?」


リューセイは、答えない。

だが。

否定もしない。

男は、小さく息を吐いて、少しだけ目を細めた。


「.....俺たちには、もう。「触れない領域」に、入ってるんだろ」


少しだけ。

ほんの少しだけ、安心したように笑う。


「なら。ーー任せるしかねぇな」

「は?」


アルマが大地色の瞳を瞬いて、声を上げる。


「大人がそれ、言うのかよ」

「大人はな。「測れるもの」しか扱えねぇんだよ」


男は苦く笑い、やれやれと続ける。


「今起きてるのは、測れない、見えないモノだ。ーー俺たちじゃあな」


空をゆっくりと見上げ。


「なら、悔しいが、大人(おれら)じゃどうしようもねぇんだろう」


静かに。


「――お前らの領域、なんだろうな」


困ったように、中年男はそう告げた。






皆が寝静まった、夜。

一人、リューセイは森の中にいた。

第三結界内、更にその奥。

保護区、深域。

最初に空が裂けた場所。


静けさだけがある。

自分以外誰も、いない。


「……出てこいよ」


ぽつりと呟く。

返事はない。

だが。

気配は、ある。


「見てるんだろ」


少しだけ、笑う。


「ーーずっと」


木の影が、揺れた。

そして。

ひょっこりと。

顔を出す者。


「バレてた?」


軽い声。

少年、だった。

年は、リューセイと同じくらい。

だが。

どこか、違う。


「監視ってさ。普通はもうちょい、バレないようにやるんだけどなー」


笑いながら、近づいてくる。


「お前……誰だよ」


リューセイが鋭く聞く。

少年はきょとんとしてから。

やれやれと肩をすくめた。


「ひど。幼馴染にそれ言う?」

「……は?」


リューセイの眉が寄る。

こんな奴、知らない。

少年は、にやっと笑った。


「久しぶり、リューセイ」


影から覗いた顔。

青い髪。銀の瞳。長い耳。

心臓が、跳ねる。


「……なんで」


知っている。

この感じ。

この空気。


「……お前……?」


だが名前が、出てこない。

でも。確かに。

知っている。

少年は、少しだけ優しく笑った。


「忘れてるのは、まぁ。仕方ないよ」


そして。

軽い口調のまま。

告げた。


「だってさ。あの時」


一拍。


「――境界に、置いて行っただろ」


空気が、凍る。

リューセイの瞳が揺れる。


「……は?」


少年は、にっこり笑ったまま。

リューセイを見る。けれど。

目だけが、笑っていない。


「俺のこと。.....正確には、まぁ。「置いていくしかなかった」だけど」


沈黙。

森が、軋む。

遠くで。

また、何かが割れる音。


パキッ


少年は、空を見上げた。

軽く呟く。

だが、その目が冷えていた。


「ほら。ーーもう、始まってる」


リューセイは、何も言えない。

ただ。

立っている。

重りにでもなってしまったかのように。

動けない。

少年は振り返る。


「ま、いいや」


手をヒラヒラと振り。


「思い出したら、また話そ」


そして。

青い髪を靡かせて。

影の中へと溶けていった。


「待て!」


リューセイが叫ぶ。

だが。

もう、いない。

一人。

そこに、残された。


(……なんだよ、それ……)


胸の奥が、ざわつく。

記憶の奥。

触れそうで。

触れられない。

何か。

その時。


――ドクン


強く、鼓動が鳴る。

空を見上げる。

何もない。

はずなのに。


(……また、来る)


確信だけが、あった。

森が、きしむ。

世界が、ずれる。


綻びはーー


もう。

止まらない。

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