表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/29

第13話 惑い・後編




メディウムの肩が、静かに震えていた。


「……お父様……」


小さく、何度も呟く。

その声は、祈るようで。

どこか、泣き笑いのようでもあった。

リューセイは、困惑したまま立ち尽くす。


「……本当に?」


メディウムが、ゆっくり顔を上げた。

赤色の瞳が、憂いていた。

頬は涙で、濡れている。

けれど、その瞳は真っ直ぐだった。


「ええ」


小さく、けれど迷いなく頷く。


「濃茶色の長髪。深いエメラルドの瞳。新緑の衣」


息を整えながら、メディウムは告げた。


「それは間違いなくーー、樫守の守護者」


涙を払って、少しだけ笑った。


「……私の父よ」


リューセイは黙った。

黒目をぱちくりとする。

頭の中で、昨夜の光景が蘇る。

蒼い樫の大樹。

石造りの街並み。

そして。

風に髪を揺らす、あの男。


「……あの人が?」

「ええ」


メディウムは、ゆっくりと立ち上がった。

まだ涙の跡は残っている。

けれど、少しだけ落ち着きを取り戻していた。


「いきなり引き離されてーー、どうなったのかと思っていたけれど。……良かった。お父様はお父様の元いた世界に、無事戻る事が出来たのね……」


小さく言う。


「ある日突然、空間が裂けて」


息を吸い、整える。


「四人ずつ、離ればなれになったの」

「離ればなれ?」


リューセイが聞き返す。

メディウムは頷いた。


「クリュシュお母様、私、アルマ、ルチェと。クェルクスお父様、トール、ロギア、ニカの、四人ずつに」


風が窓から吹き込み。

世界樹の葉が、さらさらと鳴った。

息を飲み、リューセイが絞り出すように告げる。


「……何処、から……?」

「不思議な空間から? 世界と世界の狭間……かしら」


メディウムは窓の外を見やって。

頬に手を当て、ふと考える。

だが、その答えを告げたのはリューセイだった。


「……境界……」

「多分?」


メディウムは小さく呟いて。

そして、少し笑った。


「お父様は……、きっと。わかっていたハズだわ。守護者はーー、世界の境界を守る存在だから」


リューセイの胸が、ドクンと鳴る。

境界。

昨夜、自分が見た場所。

空の裂け目。

必死に。

言葉を、探す。


「じゃあ……、本当に、向こうに……?」


メディウムは、静かに首を横に振った。


「……わからない」


そして、小さく息を吐いた。


「でも」


ゆっくりとリューセイを見やって。ほんの少し震える声で……、呟くように。


「あなたが見たなら……。きっと、本当なんでしょうね」


沈黙が落ちる。

森の音だけが、届く。

リューセイは窓の外を見る。

遠くの森。

裂け目が現れた場所。


(……向こう)


あの街。

あの樫の大樹。

そして。


——越えるな。


あの声。

リューセイは小さく言った。


「……怒っていた、な……」

「え?」


メディウムが目を瞬く。

リューセイは苦笑した。


「ーー俺に。越えるな、って」


メディウムの瞳が揺れ、少しだけ考えるように俯いた。


「そう……。お父様らしいわ」

「そうなのか?」


メディウムは頷いた。


「守ることが、あの人の役目だから」


窓の外を見る。

世界樹の枝。

朝の光。


「境界を越えようとする者がいたら」


小さく言う。


「……きっと、止めるでしょうね」


リューセイは黙る。

胸の奥に残る、あの確信。


(越えられる)


その感覚は、まだ消えていない。

むしろ。

さっきより、強くなっている。


「……なあ。もし」


メディウムが顔を上げる。

少し迷ってから、告げる。


「もし、俺が」


言葉が詰まる。

けれど。

静かに続けた。


「境界を超えたら。……どうなる?」

「…………」


メディウムは、すぐには答えなかった。

ただ、じっとリューセイを見つめる。


その瞳に浮かんでいたのは。

恐れ。

そしてーー迷い。

胸の奥にあるーーざわめき。

一つ、息を吐いて。

やがて、メディウムは言った。


「わからないわ……でも」


小さな声。

一歩、近づく。


「きっと」


そして、はっきりと言った。


「世界が……、変わる」

「っ」


リューセイの胸が、また強く鳴った。

その時だった。

ーーふわっ。

窓辺の光が、俄かに揺れた。


「……?」


二人が同時に振り向く。

廊下の向こう。

ぱたぱた、と小さな足音。


「おにいちゃんっ!」


元気な声。

次の瞬間、扉が勢いよく押し開かれる。

小さな影。揺れる金色。

ルチェが、慌てて飛び込んでくる。


「たいへん!」


リューセイは眉を上げる。


「どうした?」


ルチェは息を弾ませながら言った。


「ぶれすれっと!」


手首を見せる。

琥珀の宝石。

それがーー

淡く、光っていた。


「また光ったのか?」


リューセイを呼びに行ったメディウムの帰りが遅いのにジレて、客室へとやってきたアルマも、ドア越しに顔を出す。

リューセイに駆け寄ったルチェは、首を振った。

琥珀の瞳をぱちぱちさせながら言う。


「ちがう」


そして、窓の外を指さした。

森の奥。

昨日、歪みが出現した場所。


「でも……あっち、じゃない」

「えっ?」


メディウムが息を飲む。

ルチェはゆっくり、空を指した。


雲が流れる、青空の中。

世界樹の、枝の向こう。


「うえ」

「!」


リューセイが空を見る。

その瞬間。

見上げた空が。

わずかに、歪んだ。


「……っ」

「なにっ?」


メディウムの顔色が変わる。

空の高み。

ほんの一瞬。

何かがーー

こちらを覗いた気がした。


そして。


ヒビのような光が、空を一線に走る。

リューセイの胸が、強く震えた。


(……なにか……来る!)




境界が。

静かに。

近づいて来ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ