園芸師のお仕事
「アレがバルベリア研究所に、な」
報告すると、上司は顎に手を添えて暫し考え込んだ。
執務室では、机に向かう上司が何やら書き仕事をし、執事が秘書のようにサポートしていた。
本当の秘書は現在育児休暇中だから、執事が代理で秘書業務もやってるらしい。
上司も子育てに参加したいが、代わりの居ない仕事内容なので、毎日泣く泣く執務室に出勤しているそうだ。
「園芸師、アレが人間に拉致されたのか、自ら望んでその場に居るのか分かるか?」
上司に問われ、少し詳しく探る。
支配下にあるモノならば、意識を向ければ現在地だけでなく、現状や所業も知ることが出来るようだ。
「拉致ではないです。偉そうな人間達に揉み手で歓待されて上座に座ってます」
私が現状を伝えると、静かに執務室の空気が厳しいものに変わった。
次は所業を探る。
「売り込み掛けてます。魔族である自分の細胞を移植すれば、勇者よりも戦闘能力の高い兵士が造れると。本当ですか? 上司」
机の向こうに問えば、眉間に皺を作って首を振った。
「僅かな細胞を移植する程度で勇者以上にはならない。アレはハーフではなく純粋な魔物だが、眷属でも最下層だ。せいぜい体液から強壮剤や興奮剤が出来上がる程度だろう」
「でも、人間達は真実を知らないです。上手いこと言いくるめたぽいです」
勇者以上の戦闘能力を持つ軍隊とかは造れないんだな。
とりあえず、そこは良かった。ショボいコトしか出来ないなら、サンプルを生かしたまま回収する余裕がある。
「バルベリア研究所って、魔族的には有名なんですか?」
「そうだな。同胞の子供達が幾度も惨たらしい目に遭っている場所だ。魔女狩りのことも含め、人間界で家族を持つ場合の注意点として親から子に伝える話だ」
それだけ危険でも、魔界でパートナーが見つからないとか事情があれば、人間と交わりに行くんだな。
でも、魔族の常識よりも、人間の思惑が知りたい。
アレの口が上手いとしたって、人間側だって甘いヤツばかりじゃないはずだ。
いきなり乗り込んで来た自称魔族をそこまで歓待するだろうか。
それに、余命数年のアレが強壮剤や興奮剤しか作れない程度の力で何をするつもりだ?
「ザキ、勇者の製造って一国だけでやってるんじゃないんだよね?」
「ああ。人類の脅威に対して世界一丸となり協力ってぇ建前だからな」
「建前?」
私が首を傾げると、ザキはサラリと胸糞悪い内容を披露した。
「バルベリア研究所は世界各国から天才が集められている。予算も世界各国から集めているが、予算を出す権力者どもと違い、奴等に愛国心は無い。生粋のマッドサイエンティスト集団だ。だから、勇者には製造過程で死んだ失敗作も多い。世界会議で決定した手筈を無視して、魔女狩りで集めた材料の他に、獣やら虫やら無機物やら混ぜて実験してたからな」
探究心と学術的好奇心から来る情熱か。
そう言う手合いに良心の呵責は無いよな。有りもしない脅威から人類を守ろうとする歪んだ正義感よりも残酷な行為に躊躇が無いだろう。
研究所の人間達は、正義感で己を鼓舞しなくても、『楽しいから』狩り集めた魔女を切り刻んで『材料』にして『実験』するんだ。
魔女が魔物のハーフだとは知らず、自分達と同じ人間だと思ってるくせに。
私はハーブの品種改良をしたいと考えているが、普通に生きてるハーブを切り刻んで殺して実験しようなんて思わない。
アレをサンプル扱い出来るのは、個人的に殺してもいいやと思うくらいの恨みがあるからだ。
実験のためにハーブを殺せば罪悪感もあるし良心も痛いだろう。
最大多数の最大幸福のために尊い犠牲をなんて思えない。何か他の手段を考える。
「そう言えば、アレは研究に没頭していたそうですが、もしかして魔物を殺して研究材料にしてましたか?」
上司に訊いてみると、厭わしい思いの滲み出る渋面で頷いた。
「本来なら許されない行為だが、アレは魔界では慎重で、尻尾を掴ませなかった。だが、研究結果からアレの眷属が夥しい数、犠牲になったことは確信している」
まぁ、人間界での魔力補給のために、ハーブを頭からムシャムシャしてたヤツだからな。研究材料にするのに躊躇も無かっただろう。
だが、アレも大地霊だったなら『声』が聞こえていただろうに。
それでも平気で研究材料にして実験して、頭からムシャムシャしてたんだから、やっぱり狂ってたんだなぁ。
で、そういうことなら、人間のマッドサイエンティスト集団とも気が合いそうだ。
「自分が一番可愛いアレが、自分の命を賭けて何かするとは思えません。自分の寿命を延ばすとか力を増やす研究のために人間の研究所を利用する気かもしれません。魔界で研究材料を手に入れることは出来なそうなんで。アレの目的は、勇者の材料を手に入れて自分に使うこと、かなと」
私が考えをまとめながら言うと、上司が低く唸る。
「百年置かずに魔女狩りをするよう仕向ける気か」
「恐らく。移植するなら優秀な実験体が良いとでも言えば、大々的にやらなくても、研究者達は秘密裏に魔物のハーフを拉致して来るかと」
「大々的にはしないと思うか?」
「はい。アレの嘘に共感するのは同類だけだと思います。各国の権力者達全員を言いくるめるには、今のアレでは魔力と言う説得力が足りません」
こんなに早く研究所で歓待されてるなら、権力者方面はスッ飛ばしてると思う。
各国間の思惑が絡んだら、結論なんてすぐ出ないし。
アレの言い分を馬鹿みたいに即座に信じたとしたって、その戦闘能力の高い兵士を何に使うか、どの国が何体所有するか、とか簡単に答えは出ないだろう。
それに、私が権力者の立場なら、そんなオイシイ『材料』がノコノコ現れたら、軍を動かして捕獲して切り刻む。
絶対に人間には捕獲不可能と思わせる強大な力は、今のアレはもう使えない。
魔女と呼ばれるモノ達の親は、魔族の眷属の魔物に過ぎないが、アレより格上だから人間には捕らえられない。
今のアレは最下層で、余命も力に見合うだけ減らされ、魔物のハーフ並みの力しか無いはず。
ならば、人間にも捕獲可能。アレがそんな危険を冒すとは思えない。
「なるほど。ならば権力者との交渉は可能だと思うか?」
「はい。脅迫と言う名の交渉ならば」
私の答えは上司の気に入ったようだ。ニヤリと唇を吊り上げ、指令が下る。
「では、園芸師。変態植物のカタを着けて来い」
「御意」
私が一礼すると、執事が上司に書類を差し出した。
「初めてのお仕事ですから私がサポートに付きます。申請書をどうぞ」
「いつの間に作った」
「アレが人間界に居るなら派遣されるのは園芸師ですからね。話を聞いてすぐに作成しました」
ニッコリと上司に圧をかける。執事がついて来てくれるなら有り難い。
脅迫だけなら力押しで行くから大して気は重くないが、話の通じなそうなマッドサイエンティスト集団と一人で対峙するのは気分が悪くなりそうだ。
気持ち悪さに思わず魔力暴走させて一国壊滅とかやったらシャレにならない。
「俺も行くぜ。バルベリア研究所や魔女狩りが関わるなら、ケリ着けに行きてぇ」
「私も同じ気持ちだ」
ザキと母さんが言う。
気持ちは分かる。私だって二人の手で納得出来るようにさせてあげたい。
けど、この指令では人間に取り囲まれることになるだろうから問題がある。
「でも、勇者は人間相手だと身を守るためでも殺傷出来ないんだよね?」
「その制約は私が外しましょう」
「ヘ? 出来るの?」
間抜けな声を上げた私の手を握り、執事が麗しい笑みを溢した。
「妻の願いは全て叶えますよ。勇者達にケリを着けさせてあげたいのでしょう? 私の力は精神に干渉出来ますから簡単です」
「簡単?」
「ええ。制約は暗示を刷り込んでいるだけですから」
へえ。そうだったんだ。
簡単に制約が外せると聞いて、遠い目をしているザキと母さんが視界の端に佇んでいる。
「じゃあ、出発前にお願い」
「愛しい妻のお願いなら喜んで」
うん。なんで勇者の制約外すのに私の額にキスしているのかな。嫌では全然ないけど。
死んだ目をした上司を残し、私達はお仕事のために出発した。




