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上司との面談

 王宮の中に入り、私は『執務室』というプレートが掛かった部屋に連れて来られた。

 王宮と言うからには華美な感じなのかと思ったが、ここの主の趣味なのか目にも神経にも優しい感じだ。

 机の向こうには、さっき見た黒髪の男が座っている。どうやら力の強い魔族には絶世の美形しかいないようなので、その手の感想は頭から追いやった。


「私は執事の上司だ。役職は上司。種族は魔王。大地霊アンナを歓迎する。救出が遅くなり済まなかったな」


 上司が役職なのか、とか、魔王って種族なのか? とか、きっと気にしたら負けなんだろうな。そう言うものなんだと受け入れよう。

 とりあえず敵ではないみたいだし、相対していても嫌な感じも受けない。

 夫の上司なら、敬語を使った方がいいのかな。


「はじめまして。アンナです。助けていただいてありがとうございます」


 挨拶と謝意を述べると、上司は怜悧なスッとした目を僅かに緩めた。


「本当に、アレとは全く違うな。アレが大地霊の特性かと多少警戒していたが心配無いようだ」

「大地霊の特性?」

「美しい異性には手当たり次第反応するか?」

「いえ。美形耐性は付いているので。それに、外見がどうあれ中身が残念な輩が存在することも知ってますから」

「では、執事をパートナーに選んで婚姻したのは容姿ではないと?」


 面白そうに尋ねられ、これはセクハラじゃなくて、本当に必要な質問なんだろうなと考えながら慎重に答える。


「容姿は十分美しいと思います。でも好意を持つ前はその美しさが胡散臭いと思ってました。好意を持てば、相手が美しければ嬉しいですけど。決め手は魔力が美味しかったからですね」

「ほう。アンナにとっては執事の魔力は美味しかったんだな?」

「はい。甘くて、強い酒みたいな感じです。近づくと体臭も甘いですね。最初はそれを警戒してましたが今は心地良いです」

「最初? 警戒していた頃から甘く感じたのか?」

「? はい」


 賢そうな大人っぽい男がポカンとしている姿はなんだか面白い。

 私の斜め後ろに立っているはずの執事の体臭がブワッと強くなった。


「え? 何?」


 思わず振り返ると、桃色の瞳をウルウルさせた執事がぷるぷる震えている。

 え、何があったの。


「執事。まだ話が済んでいない。発情するな」

「ですが、これは流石に耐えられません」


 え、発情? なんで?

 ぷるぷるする執事から、呆れたように嘆息する上司に視線を戻すと解説が貰えた。


「魔力を美味に感じるのは相性の良い証拠だ。中でも甘く感じるのが最上。発散する魔力の匂いまで甘く感じるなら、アレに支配を受けていた時から既に本能で求め合っていたのだろう」

「アレの支配」


 思わず幼少時に口移しされたクソ不味い薬を思い出す。で、気が付いた。


「もしかしてアレに口移しされた薬がクソ不味かったのは相性が悪かった?」

「そんなことまでされていたのか。どう不味かった?」

「苦い臭い渋い」


 顔を顰めて私が言うと、上司はまたポカンとした後、盛大に吹き出し腹を抱えて爆笑し出した。

 怜悧で落ち着いた印象が豪快に取って変わる。

 しばらくしてヒーヒー言いながら笑いを収めた上司は、まだ込み上げる笑いに時々口元を震わせながら、解説を追加した。


「最低最悪の相性だな。そこまで酷い相性も中々無いぞ。初めて聞いた。どれほど力を行使して洗脳し支配しても決して婚姻には至らないような相性の悪さだ」


 まぁ、成体になるまで二十年毎日魔力摂取させられて洗脳されても、たしかに一切そう言う気は起きなかったな。

 あ、でもそれなら気になるなぁ。


「執事は私の魔力をどう感じるんだ?」


 振り返った私が問うと、執事は甘い匂いで私を抱き込んでから答える。


「最初は元庭師臭くてアンナ自身の魔力を感じることが出来ませんでした。ですが、接触して僅かながら本来の貴女の魔力を嗅ぎ取ったら、もう欲しくて堪りませんでしたよ。魔力の入れ換えが済んでからは味も香りも甘くて中毒状態です。今は更に、美味しそうで美味しそうで、はぁ」


 熱くて切なげな吐息が耳に零されゾクリとした。甘い匂いがまた強くなる。拘束する腕も強くなる。え、発情?


「話が済むまで何とか耐えろ。アンナ自身はまだ魔力が上がった自覚も無い」

「魔力が上がったんですか?」

「そうだ。アレを降格したことで、大地霊が二体存在するという不自然が解消されたからな。大地霊が持つべき全ての力がアンナに集中した。その上、アンナは名前持ちだ」

「名前?」


 そう言えば、執事は役職はあるけど名前は無いとか言ってたな。アレが名乗っていたのも偽名だと。上司も名前は言わなかった。


「王宮で働くほどに力の強い魔族は名前を持たない。名を持つと更に力が強くなるからな。アンナは大地霊の力を持ちながら名前まで持っている。唯一の大地霊であり名前持ちなら、力は私と同等、成長によってはそれ以上だろう。強過ぎる力は孤独により狂気を齎す。アレも、初めから変態植物だったわけではない」


 名前持ちじゃなくても孤独だと変態植物になるような強大な力なのか。

 でも、アレが変態じゃなかった姿が想像つかない。

 私のしかめっ面に、上司が困ったように苦笑した。案外表情豊かだ。


「アレが狂い始めたのは、最初の失恋の辺りからだ。当時私の秘書だったアレにとっては同僚の女性に、魔力の相性が悪いと求婚を断わられたのだ。その女性が直後に私のパートナーとなり婚姻した時には祝福は貰えなかった。魔力の相性が悪い相手との婚姻は互いに不幸でしか無いし、婚姻の祝福はマナーと言うより常識なのだが。

 元々同性は視界に入らない不思議な目ではあったし、美しい女性がかなり好きな奴ではあったが。それ以降、妙な研究に没頭して行った」


 えーと、元から綺麗な女の子大好きで男は視認しないくらい嫌いで、一生不味い食事を強制されたくないとフラレたのに逆恨みして、魔界の常識を無視した上に妙な研究を始めた、と。

 よし、理解した。


「魔力の質を変える研究をしていたようだが、生まれつきの物だから不可能なことだ。だが、魔力の濃度を濃くするところまでは到達した。却って『不味そう』になったようで、独身だった同僚のメイドに求婚したが、また断わられ、メイドは同僚の清掃係と結婚した。この時も祝福は無かった」


 最初から不味そうな味が濃くなったら更に忌避したいだろうな。


「この頃には同性に対して憎悪が肥大化して行ったようだが、同僚の同性や私を殺すほどの力はアレには無かった。他の種族のアレより弱いモノを殺せば当然その種族のトップから怒りを買う。そこでアレは地霊や支配下の眷属から男性を間引いて行った」

「間引く?」

「既に存在するモノを殺せば罪だが、女性しか生まれないように操作することを罰する法は無い。そもそも誰もそのようなことは考えないからな」


 魔界に男が減ったら相対的に僕チャンだってモテるはず、とかかな?

 発想はキモいが可能性は上がるのか。


「アレの種族にも眷属にもアレ以外に男性が存在しなくなると、自信が付いたのか最後の独身女性同僚の建築家に求婚し、やはり断わられ、建築家は同僚の料理長と結婚。アレからの祝福は無く、休暇を願い出て魔界から姿を消した。まさか、人間界であれほどの悪事を働いているとは思わなかったが。気付いた時にはザクトヴァルスとアンナの救出保護を計画したが、人間界で強硬手段に及べばアレが全力で抵抗した際には国の一つ程度は壊滅する。時間がかかって済まなかったな」


 また謝られてしまった。

 そこは全く恨んでいない、と言うより、アレ以外には恨みは無いから、私は首を横に振る。


「感謝こそすれ、恨んでないです。人質があるなら慎重になるでしょう」


 私の言葉に、上司は小さく笑った。優しくて保護者っぽい笑い方だ。


「アンナはいい子だな。

 私は、気付いてすぐに執事に接触させ、結婚して子供も生まれたなら魔界で子育てをしないかと誘ったのだ。だが、後ろ暗いアレは警戒して、子供が成体になるまでは人間界で育てると言って来た。

 アンナが成体になるまで待ち、再度執事を向かわせると、ザクトヴァルスだけを伴い魔界に渡ると言った。アレは狂ってはいたが馬鹿ではない。手元と人間界に人質を分けて置き、保身を図った」


 うん。性格悪くて狡賢いとは思ってた。

 自分に手出しすれば人質どっちかはロクデモナイ事になるぞ、って態度だな。

 執着はあったが愛情って無かったんだろうなぁ。母さんにも私にも。


「既婚者への敵意が強く話にもならないから執事を連絡役にしていたのだが、アンナと相性が最高だったことは嬉しい誤算だ。魔界ヘ入る前に魔力の入れ換えも済み、大地霊の力を全て手にする前に婚姻ゆえに孤独の不安も無くなっていた。だからすぐにザクトヴァルスの保護に踏み切ることが出来たのだ」


 うわぁ。よく考えたらムチャクチャ幸運だよな。

 魔界に入ってから相性の合うパートナーを、人質取ってるアレに隠れて探すなら、かなり面倒だっただろう。

 母さんの寿命が尽きる前に保護出来て良かった!


「ザクトヴァルスは保護後、元から与えられていた魔力量がごく微量だったので浄化と解毒ですぐに正気に戻った。本来なら欠片も好意は存在していなかったからな」

「微量だったんですか?」

「アンナと違い、魔力を受け入れる器がほぼ無いからな。材料になった魔物のハーフの持っていた魔力量程度しか受けることは出来ない。洗脳は殆ど薬で為されていた」


 イザベラたんとかかな。

 そう言えば、ハーブも全部女性名だったなぁ。男性体も本来あるんだよな。多分。


「ところでアンナ。人間界に未練が無ければ、是非ここで暮らしてほしいのだが、どうだろう」

「人間界に未練は無いです。結婚もしたので、こっちで仕事を探して暮らしたいです」

「それは良かった。では、私の部下として、執事の同僚にならないか?」

「それに異存は無いですが、庭師は嫌です」


 アレと同じ呼称はゾッとする。

 私が言うと、上司も納得顔で頷いた。


「アンナはここで何がしたい?」

「ハーブの品種改良や家庭菜園、ついでなら庭の手入れもします」

「ハーブの品種改良? まぁ良い。ならば、園芸師はどうだ?」


 園芸師。なんだか格好いい気がする。


「分かりました。じゃあ園芸師で」

「歓迎しよう。大地霊アンナ。我らが仲間。園芸師」


 上司の落ち着いた声が響くと、私の中の魔力がフワリと浮いて、戻った。

 私は園芸師と言う役職で上司の部下に仲間入りしたようだ。

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