↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『NBA直前で壊れた天才 〜二度目の人生は絶対に怪我をしない〜』  作者: beck2026


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
59/66

第59話:二人のマネージャーと、反撃のピース

 第1クォーター終了後の、わずか二分間のインターバル。


 十点のビハインドを背負った黎明高校のベンチは、慌ただしくも極めて機能的に動いていた。



「白石くん、右膝のサポーターを一度外して。テーピングを巻き直すわ」


 橘葵が素早くハサミを入れ、汗で濡れたテープを剥がしていく。


 彼女の手つきに迷いはなかった。当時のスポーツ現場で主流だった「関節をガチガチに固定して痛みを誤魔化す」白い非伸縮テープではない。


 筋肉の繊維の走行に沿って貼り、関節の自然な可動域を残しながらリンパ液と血液の循環を促す、伸縮性のあるキネシオロジーテープだ。


「帝王山の三年生センターとの押し合いで、大腿四頭筋と股関節の周辺に過剰な負荷がかかっているわ。このままだと第3クォーターで確実に足が止まる。テープの張力を少し強めにして、筋肉の収縮と骨盤の安定を物理的にアシストするからね」



 葵は流れるような手捌きで白石の太ももから膝にかけてテープを貼り終えると、すぐさま隣の鮫島豪のふくらはぎへと向かった。


「わあ……ありがとう、葵ちゃん。なんか急に膝の周りが軽くなって、床が踏みやすくなったよ」


「気休めじゃないわ、ちゃんとした解剖学的なサポートよ。鮫島くんも、これを飲んで」


 葵が手渡したのは、昨夜の買い出しで調達した100パーセントのオレンジジュースをベースに、精密な分量で必須アミノ酸と塩分、クエン酸を溶かし込んだ常温の特製ドリンクだった。


「激しい肉弾戦で傷ついた筋繊維を修復するには、試合中でも血中アミノ酸濃度を下げちゃダメなの。胃腸に負担をかけない浸透圧にしてあるから、少しずつ噛むように飲んでね」


「おう、サンキュな葵ちゃん。生き返るぜ」


 鮫島と白石がゴクリと喉を鳴らしてドリンクを飲み下す。



 そのすぐ横では、綾瀬涼香が分厚い手書きのバインダーを開き、如月蓮と黒木凌の前に膝をついていた。


「蓮くん、黒木くん。神宮寺選手の第1クォーターのプレイデータ、すべて集計と解析が終わったわ」


「助かるよ、涼香。……どうだった?」


「彼の身体能力とスキルは確かに高校生離れしているわ。だけど、確率統計的に見て絶対に崩れない『二つの癖』が存在する」



 涼香は、神宮寺がシュートやドライブを仕掛けた位置をコート図にプロットした手書きの『ショット&ドライブチャート』を指差した。


 そこには、赤と青の細かなベクトル矢印とパーセンテージが几帳面な文字で書き込まれている。


「第一に、神宮寺選手はミドルレンジから急停止してプルアップジャンパー(ドリブルからのジャンプシュート)を打つ時、十本中十本すべて『左足』をピボット(軸足)にして止まっているの。右足軸で急停止したケースは一度もないわ」


「……なるほど。右利きプレイヤー特有の、無意識の重心依存だな」


 蓮の瞳の奥で、冷徹な理性の光が鋭く瞬いた。



「ええ。そして第二に、彼が1対1を仕掛ける際、右側へ抜く時はストライドが大きくなるけれど、ドリブルの打点が左手の時よりも平均して五センチ高くなり、身体の正面からわずかに外側へ離れる傾向があるわ。自分のパワーとスピードに絶対の自信があるからこそ、ボールプロテクトが甘くなっているのよ」


「どんなに完成された選手でも、自分の最も得意な動き(コンフォートゾーン)の中では無意識の隙が生まれる、か」


 蓮は涼香のデータを頭の中の三次元盤面に落とし込み、瞬時に計算を終えた。


「完璧なスカウティングだ、涼香。これで神宮寺を『狩る』ことができる」



「……狩る?」


 横で聞いていた陣内誠が、目を丸くして聞き返した。


「おいおい蓮、あの195センチの怪物をどうやって狩るってんだよ? 正面から当たったら、お前でも弾き飛ばされたじゃねえか」


「正面から力で受け止めるから弾き飛ばされるんだ、陣内」


 蓮は立ち上がり、コート上の仲間たち全員を見渡した。


 彼の顔には、第1クォーターで吹き飛ばされた時の苦痛など微塵も残っていなかった。あるのは、獲物を罠へと追い込む冷徹な司令塔の顔だけだ。


「第2クォーター、神宮寺のマークには僕と黒木で網を張る。黒木、お前の百八十八センチのウイングスパンを使って、神宮寺の『左側』への進路だけを完全に消せ。わざと得意な『右側』のドライブコースを空けて誘い込むんだ」


「……右へ誘導して、左足で止まる瞬間を狙い撃つ気か」


 黒木が切れ長の瞳を細め、即座に意図を理解して頷いた。


「ああ。あえて相手の最も得意な土俵へ飛び込ませる。それが、絶対エースのプライドを最も深くへし折る方法だ」



 ピーーーーーッ!


 第2クォーター開始を告げるホイッスルが鳴り響いた。


 コートへ向かう五人の背中に、葵が力強く声をかける。


「みんな、ケアは完璧よ! 思いっきり暴れてきて!」


 蓮は振り返らず、右手を高く掲げて応えた。


 スコアは『18対28』。十点のビハインド。


 だが、コートへ戻る黎明の一年生たちの足取りは、第1クォーター開始時よりもはるかに力強く、研ぎ澄まされていた。



        ◇



 コートの中央で待ち構える帝王山のエース・神宮寺は、黎明の五人の顔つきを見てかすかに眉をひそめた。


(……なんだ? 十点差をつけられ、フィジカルの差を骨の髄まで思い知らされたはずなのに、なぜあいつらの目は死んでいない?)


 神宮寺の野生の本能が、微かな違和感を訴えていた。


 だが、インターハイ連覇を背負う王者のプライドが、その小さな警鐘を即座にかき消した。


(どんな小細工を弄しようと無駄だ。俺の圧倒的な力で、その生意気な目を完全に潰してやる)



 第2クォーター、帝王山ボールで試合再開。


 ポイントガードから、右ウィングの神宮寺へとボールが渡る。


 マークについたのは、179センチのスモールフォワード・黒木凌。そしてトップの位置からは蓮がいつでもヘルプに行ける距離感を保っていた。


「今度はテメエか。誰が来ようと同じだ、吹き飛ばしてやるよ!」


 神宮寺がボールを低く突き、威圧的なプレッシャーをかける。


 だが黒木は、蓮の指示通り、長い両腕を広げて極端に『左側(ミドル側)』のコースを塞ぐディフェンススタンスを取った。



(……右側がガラ空きだ。左を抜かれたくないからって、極端な守り方をしやがって。誘っているつもりか?)


 神宮寺は鼻で笑った。


 罠だろうが誘いだろうが、それを上回るスピードとパワーでねじ伏せるのが王者のバスケットだ。


 神宮寺は強烈なクロスオーバーから、空いていた『右側』のスペースへと爆発的な一歩目でドライブを仕掛けた。



「――右側、来たぞ!」


 黒木の鋭い声がコートに響く。


 黒木は抜かれたのではない。長いウイングスパンで左への切り返しを封じながら、神宮寺を計画された『罠の地点(キルゾーン)』へと並走して追い込んだのだ。


 ゴール下からは白石岳が巨体をスライドさせ、ペイントエリアへの侵入コースに立ち塞がる。


(中が固まったか……なら、その上からジャンパーで射抜くまでだ!)


 神宮寺はトップスピードから急ブレーキをかけ、得意のプルアップジャンパーへと移行しようとした。


 涼香の統計データ通り――『左足』を軸足にして強く床を踏み込み、右手で打点の高いドリブルを突いた、まさにその瞬間。



「……ッ!?」


 神宮寺が左足をフロアに固定した刹那。


 彼の完全な死角となっていた右斜め後方から、すでにそこへ飛び込む準備を完了していた如月蓮が、音もなく滑り込んでいた。


 神宮寺が止まってから反応したのではない。


 「右へドライブし、白石の壁を見て左足軸で急停止する」という未来の数式を、涼香のデータによって一秒前から完全に予知していたコンマゼロ秒のブラインド・アタック。



 パシィィィンッ!!


 神宮寺がシュートモーションへ持ち上げようとしたボールの下っ腹を、蓮の左手が下から鮮やかに叩き上げた。


「なっ……馬鹿なッ!?」


 全国最強のスコアラーの顔が、初めて激しい驚愕に歪んだ。


 弾き飛ばされたルーズボールを黒木が長い腕で回収し、そのまま前線を走る陣内誠へとレーザーのようなアウトレットパスを通す。


 帝王山のディフェンス陣は、まさか神宮寺が1対1でボールを奪われるとは夢にも思っておらず、戻りが完全に遅れていた。



「走れェッ!!」


 陣内から逆サイドを並走していた鮫島へパスが渡り、鮫島がワンステップから豪快なレイアップをねじ込んだ。


 ――バスッ!


『20対28』。


「うおおおおおっ!! 神宮寺からスティールして速攻を決めたぞ!!」


「今の見たか!? 如月が最初から神宮寺の止まる場所に手を伸ばしてたぞ!」



 騒然となるアリーナの中、蓮はゆっくりと自陣へ戻りながら、呆然と立ち尽くす神宮寺を冷徹に見据えた。


「あなたが一番気持ちよくプレーできる得意な動き……それはすべて、僕たちのデータの上にありますよ」


 コート上の五人と、ベンチの二人のマネージャー。


 七人の知性が完璧に噛み合った黎明高校の反撃が、絶対王者の牙城を内側から突き崩し始めていた。



        ◇



――橘葵のマネージャーノートより。


一九九八年、八月某日。天候、晴れ。

全国高校総体バスケットボール男子三回戦、対帝王山高校。

第2クォーター開始直後。


涼香ちゃんの完璧なデータ分析が、ついに全国最強のエース・神宮寺選手を捉えた!

ベンチから見ていても、背筋がゾクッとするくらい綺麗で恐ろしい連携だった。

黒木くんが長い腕でコースを限定して、白石くんがゴール下の壁になって、そして神宮寺選手が左足を踏み込むよりも早く、蓮くんがその場所に手を出していたんだから。

まるで、相手がどう動くか最初から台本に書いてあるみたいだった。


力任せのフィジカルで勝てないなら、頭脳とデータでそのフィジカル自体を空回りさせる。

これが、私たち黎明高校のバスケットボールなんだ。


私が巻き直したキネシオテープと必須アミノ酸のドリンクも、バッチリ効いているみたい。

第1クォーターであんなに苦しそうだった白石くんと鮫島くんのステップが、目に見えて軽くなっている。


さあ、ここからが私たちの反撃の時間。

十点のビハインドなんて、みんなで力を合わせれば絶対に追いつける!


読んでいただき、本当にありがとうございます!


少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、

下にある【☆☆☆☆☆】の評価やブックマークをいただけると、執筆の大きな励みになります!


次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。