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『NBA直前で壊れた天才 〜二度目の人生は絶対に怪我をしない〜』  作者: beck2026


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第58話:絶対王者の暴力と、軋む一年生軍団

開始五秒での先制パンチ。

黎明高校の電光石火のモーションオフェンスは、絶対王者・帝王山高校の出鼻を完全に挫いたかに見えた。

アリーナの歓声は最高潮に達し、観客たちは「今年も波乱が起きるかもしれない」と色めき立っていた。


だが——相手は、高校バスケ界の頂点に立つ絶対王者である。

その真の恐ろしさは、戦術的な完成度ではなく、圧倒的な「個の暴力」にあった。


「……ナイスシュートだ、一年坊主」


帝王山のエース、神宮寺が静かにボールを拾い上げる。

その瞳には、先制された焦りなど微塵もない。むしろ、深い海の底のように凪いでいた。

神宮寺はゆっくりとボールをフロントコートへ運ぶと、トップオブザキーで待ち構えていた如月蓮と対峙した。


「遅延戦術を逆手に取ったモーションオフェンス。見事なバスケIQだ。だがな——」


神宮寺の重心が、一瞬だけ深く沈み込んだ。

次の瞬間、強烈な破裂音とともに、神宮寺の身体が右へと弾け飛ぶように加速した。


「速っ……!」


蓮は即座に反応し、完璧なステップでコースに入った。

予測も反応も間違っていない。バスケットボールのセオリーとしては百点のディフェンスだ。

しかし、神宮寺は止まらなかった。


ドンッ!!


肩と肩がぶつかり合う鈍い音が響く。

蓮の顔が苦痛に歪み、その身体が大きく弾き飛ばされた。

ファウルではない。純粋なフィジカルの差、筋力と体幹の圧倒的な暴力による「正当な突破」だった。


「蓮!」


カバーに入ろうとした黒木と鮫島がゴール下で待ち構える。

身長では決して引けを取らない黎明のインサイド陣。だが、神宮寺は二人のブロックを嘲笑うかのように、空中でふわりと身体を捻った。

ダブルクラッチ。

滞空時間の長さを活かし、二人のブロックのタイミングを完全にずらしてからのレイアップ。

ボールはバックボードに柔らかくキスをし、そのままネットを通過した。


「これが、帝王山だ……」


ベンチで戦況を見つめていた橘葵が、青ざめた顔で呟いた。

戦術や頭脳では埋めきれない、純粋な肉体の強さ。

これまで蓮のゲームメイクによって隠されていた「一年生特有のフィジカルの弱さ」が、ここに来て露呈し始めていた。


帝王山の反撃は、それだけにとどまらなかった。

彼らは蓮の頭脳を警戒し、無理なトラップを仕掛けるのをやめた。その代わり、全員がマンツーマンで徹底的に「削り」にきたのだ。


キュッ、キュッ、ドンッ!


コートのあちこちで、肉体と肉体がぶつかり合う音が響く。

陣内がドリブルで抜け出そうとしても、強烈なボディチェックでコースを塞がれる。

白石がスクリーンを使って外へ出ようとしても、シャツを引かれるギリギリのラフプレーでタイミングを狂わされる。


「くそっ、当たりが強すぎる……!」


黒木がゴール下でポジションを取ろうとするが、帝王山の長身センターに力負けし、ジリジリと外へ押し出されていく。

骨格も筋肉量も完成しつつある三年生と、まだ成長過程にある一年生。

バスケットボールという競技において、そのフィジカルの差は残酷なまでにゲームを支配する。


(……やはり、個の力で真っ向から来られると厳しいか)


蓮は汗を拭いながら、冷静に盤面を分析していた。

彼の頭脳には、NBAレベルの戦術と解答が詰まっている。だが、それを実行する味方の肉体が、帝王山のプレッシャーによって悲鳴を上げ始めていた。


第1クォーター終了のブザーが鳴り響く。

スコアボードには『18対28』の数字。

開始直後こそ黎明が先制したものの、終わってみれば帝王山が十点差をつけて圧倒していた。


ベンチに戻ってくる黎明の選手たちの顔には、これまでの試合では見られなかった濃い疲労の色が浮かんでいた。


「ハァッ……ハァッ……ごめん、蓮。中を完全に制圧されてる……」


黒木が肩で息をしながら、悔しそうにタオルで顔を覆う。

鮫島も無言のまま、痙攣しかけている太ももをさすっていた。

肉弾戦による疲労は、単なる走り込みとは比べ物にならないほど筋肉を破壊する。


「気にするな、黒木さん。帝王山がフィジカルでゴリ押ししてくるのは想定内だ。だが……このままずるずると点差を広げられるわけにはいかない」


蓮はスポーツドリンクを飲み干し、静かに息を吐いた。

戦術だけでは勝てない。

ならば、どうやってこの絶対王者の暴力に抗うのか。


その時、沈鬱な空気が漂うベンチに、凛とした声が響いた。


「みんな、顔を上げて! まだ第1クォーターが終わっただけよ!」


橘葵だった。

彼女の手には、大量のテーピングと、見慣れない配合のドリンクボトルが握られていた。

そして、その隣には、分厚いスカウティングノートを開いた綾瀬涼香が立っている。


「蓮くん、神宮寺選手のショットチャートの解析、終わったわ」


涼香の眼鏡の奥で、知的な光が鋭く瞬いた。

絶対王者の暴力によって軋む一年生軍団。

だが、黎明のベンチには、彼らを支える最強の裏方(マネージャー)が二人いる。


「ここからが、本当の我慢比べよ」


葵と涼香の瞳には、まだ全く諦めの色はなかった。


◇


 ――橘葵のマネージャーノートより。


一九九八年、八月某日。

全国大会三回戦、対帝王山高校。

第1クォーター終了、18対28。


悔しいけれど、これが絶対王者の力。

一年生だけの私たちと、厳しい練習を乗り越えてきた三年生主体の王者とでは、筋肉量も骨格の厚みも全く違う。

戦術のミスじゃない。純粋なフィジカルのぶつかり合いで、みんなの体力が削られてしまっている。

黒木くんも鮫島くんも、ゴール下で何度も体を張ってくれているせいで、関節への負担が尋常じゃないわ。


でも、私たちマネージャーはこういう時のためにいるんだ。

戦術で勝てないなら、データとリカバリーで支える。

涼香ちゃんが相手エースの癖を見抜いてくれた。

私はこれから、みんなの消耗した筋肉と関節をサポートするために、最新のキネシオロジー理論に基づいたテーピングを巻き直す。


絶対に負けさせない。

この十点差、第2クォーターで必ず覆してみせる。


読んでいただき、本当にありがとうございます!


少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、

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次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。


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