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『NBA直前で壊れた天才 〜二度目の人生は絶対に怪我をしない〜』  作者: beck2026


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第57話:絶対王者との激突、先手必勝の盤面

体育館の空気が、これまでのどの試合とも違っていた。


うだるような真夏の熱気に包まれたメインアリーナ。四方に張り巡らされた巨大な観客席は、超満員の人で埋め尽くされている。


インターハイ男子バスケットボール競技、三回戦。


黎明高校の前に立ち塞がったのは、高校バスケ界に君臨する絶対王者——帝王山高校。


「……すごい歓声だな」


ベンチ裏でタオルを配り終えた橘葵が、コートを見つめながら小さく呟いた。


すぐ隣では、分厚いバインダーを抱えた綾瀬涼香が、すでに鋭い視線を相手ベンチへと向けている。


「玄海商業戦のデータが、完全に帝王山側に渡っています。昨夜の時点で、帝王山の御子柴監督は黎明の徹底分析を終えているはずです」


「蓮の……クロックマネジメント?」


「はい。前戦で見せた二十四秒をギリギリまで使い切る遅延戦術、そして蓮くんのテンポ支配力。帝王山が最も嫌うのは、自分たちのハイペースな攻撃リズムを崩されることです」


涼香は手元のペンをリズミカルに走らせながら、淡々と言葉を継いだ。


「だからこそ、相手は初手から仕掛けてきます。蓮くんに主導権を握らせないために、ボールを持つ前、あるいは持った瞬間に、息をつく暇もない超攻撃的プレッシャーを浴びせてくるはずです」


葵はベンチに座る如月蓮の背中を見た。


すでにテーピングと入念なストレッチを終え、呼吸を整えている蓮の横顔には、焦りや緊張の色は一切なかった。


それどころか、その双眸には、冷徹なまでの静けさが宿っている。


「……蓮なら、大丈夫よね」


葵の確信めいた言葉に、涼香も静かに頷いた。


「ええ。私たちのゲームプランは、すでにあの盤面の上にあります」


コートの中央へ、両校のスターティングファイブが歩み出る。


帝王山の先頭を歩くのは、高校バスケ界屈指のエースにして主将、神宮寺。


百九十センチを超える恵まれた体躯、鋭利な刃物のような威圧感を全身から放ちながら、神宮寺の視線は一直線に蓮を射抜いていた。


『如月蓮……お前がどれだけ頭脳派だろうと、この帝王山の前では無力だ』


言葉はなくとも、その視線がそう物語っていた。


ベンチ際で腕を組む名将・御子柴監督の眼光も鋭い。昨夜のミーティングで選手たちに叩き込んだ指示は明確だった。


『黎明の一年生司令塔、如月にボールを保持させるな。テンポを落とされる前に、前線から二人で潰せ。ボールを持った瞬間に呼吸を奪え』


ピーッ!


試合開始を告げる鋭いホイッスルがアリーナに響き渡った。


トスアップ。


高く舞い上がったボールを、帝王山の長身センターが長いリーチを生かして後方へ弾く。


帝王山のボールキープから、試合が動くかに見えた——その刹那。


黎明のディフェンス陣が素早く陣形を整え、ファーストパスの出所へ鋭くプレッシャーをかける。相手ガードが一瞬だけ体勢を崩し、浮かせたパスを出した。


その乱れを、黎明のフォワードが見逃さずにティップ。


ボールは弧を描き、黎明のバックコートへと転がった。


「ルーズボール!」


観客席から怒号のような声が上がる。


落下点へ真っ先に到達したのは、黎明の司令塔・如月蓮だった。


その瞬間、帝王山ベンチの御子柴監督が叫ぶ。


「囲め! 前を向かせるな! テンポを殺せ!」


指示通り、帝王山のエース神宮寺ともう一人のガードが、猛然と蓮へと襲いかかった。


ボールを拾い上げ、体勢を整えようとする蓮。


その前方と側方を、まるで巨大な壁のように二人が塞ぎ、激しいトラップを仕掛ける。


一秒でもボールをキープすれば、そのままボールを奪われるか、ライン際へと追い詰められる超攻撃的ダブルチーム。


帝王山側の誰もが、これで黎明の「遅延戦術」の芽を完全に摘んだと確信した。


——だが。


如月蓮の口元に、微かな笑みが浮かんでいた。


『読んでいたよ、そのプレッシャー』


蓮はボールを拾い上げた瞬間、ドリブルを一度も突かなかった。


ボールをキープして時計を見る素振りすら見せない。


ボールが蓮の指先に触れたのは、わずかコンマ数秒。


神宮寺の長い腕が伸びきる直前、蓮はノールックのまま、両腕の間をすり抜ける鋭利なバウンドパスを放っていた。


「なっ……!?」


神宮寺の目が見開かれる。


ボールを持たせないための前がかりなプレッシャー。


それは裏を返せば、帝王山の背後に広大なスペースが生まれていることを意味していた。


蓮のパスが通過した先——帝王山のハイポスト裏のスペースへ、トップスピードで走り込んできた人影があった。


黎明のシューティングガードだ。


蓮がボールを触るよりも前、帝王山がダブルチームを仕掛ける動作に入ったその瞬間から、黎明の選手たちは完全に連動して動き出していた。


誰一人として足を止めていない。


「バックドアだ! 戻れ!!」


御子柴監督の悲鳴に近い声がベンチから飛ぶ。


しかし、前方に全体重をかけてプレッシャーを仕掛けていた帝王山のディフェンス陣は、急激な方向転換についていけない。


蓮のバウンドパスをトップスピードで受け取った黎明のガードは、ノーマークでペイントエリアへと侵入する。


帝王山のセンターが慌ててカバーに跳び上がった。


だが、それすらも黎明の計算通りだった。


ガードは自らシュートを打たず、空中でゴール真下へと鋭いショートパスを落とす。


そこへ完全にフリーで飛び込んできたのは、黎明のセンターだった。


ドォンッ!!


豪快な両手でのワンハンドダンクがリングを揺らす。


開始わずか五秒。


電光石火のモーションオフェンスによる、鮮やかすぎる先制点。


「うおおおおおおおおっ!!」


静まり返っていた会場が一転、割れんばかりの歓声とどよめきに包まれた。


帝王山の神宮寺は、ダンクの余韻で揺れるリングを見上げ、信じられないといった表情で立ち尽くしている。


黎明は時計を進める気など、最初から毛頭なかったのだ。


相手が「遅延」を警戒して前に突っ込んでくる心理を逆手に取り、ボールを持った瞬間にパスを捌き、全員が連動して裏を突く超高速の電撃戦。


絶対王者が仕掛けた罠を、最初の一手で粉砕してみせた。


自陣へと戻る蓮は、帝王山のエース神宮寺とすれ違いざま、静かにその視線を交錯させた。


感情の揺らぎは一切ない。


すべては、盤面の上に描かれた通りの必然だった。


ベンチでは、涼香が記録用紙に先制点のタイムを書き込みながら、フッと口元を緩めた。


「相手の過剰な警戒心を逆手に取った、完璧なモーションオフェンスです。これで帝王山は、蓮くんに安易なトラップを仕掛けることができなくなりました」


「うん……! 最初の一撃で、相手の出鼻を完全に挫いたね!」


葵はメガホンを強く握りしめ、コートを駆ける仲間たちに向かって声を張り上げた。


絶対王者との激突。


黎明高校の、そして如月蓮の真価を証明する戦いは、いま最高の一歩を踏み出した。

マネージャーノート

一九九八年、八月某日。


全国大会三回戦、帝王山高校戦。


試合前のミーティングで、蓮は涼香のデータを前にして、驚くほど静かに笑っていた。


「相手は必ず、僕にボールを持たせないように前から潰しに来る。だからこそ、最初の一秒で決める」


言葉通りの光景が、目の前のコートで現実になった。


相手の思考を読み、その裏の裏をかいて盤面を支配する。


蓮の頭の中には、きっと私たちが想像もできないような、どこまでも広くて速い世界が広がっているのだと思う。


インターハイの頂点に君臨する絶対王者相手に、私たちは先手を奪った。


けれど、帝王山がこのまま黙っているはずがない。


これから始まる長い四十分間を、チーム全員が最後まで戦い抜けるように。


ベンチから、全力でサポートを続けたい。


読んでいただき、本当にありがとうございます!


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次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。


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