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『NBA直前で壊れた天才 〜二度目の人生は絶対に怪我をしない〜』  作者: beck2026


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35/65

第35話:泥に咲く咆哮、初陣の凱歌

 ピーーーーーッ!


 第4クォーター開始を告げるブザーが、体育館の天井をビリビリと震わせた。


 スコアボードの数字は『48対49』。

 海浜商業が1点リード。


 残り時間は、わずか10分。

 超満員の観客席から地鳴りのような手拍子と歓声が降り注ぐ中、両チームの5人が再びコートへと散った。


「集中しろ! 相手の一年生どもはもう限界だ! 前線から完全に窒息させるぞ!!」

 海浜商業のエースガードが、切れた唇から血を滴らせながら吠えた。

 その瞳に浮かぶのは、伝統校の看板を背負う3年生としての、剥き出しの執念。

 海浜商業は開始直後から、オールコートでのマンツーマン・フルコートプレスを仕掛けてきた。

 戦術の美しさなどどこにもない。手足を引っ掛け、身体をぶつけ合い、相手の気力を根こそぎ削り取るための肉弾戦だった。


 ボールを受けた俺――如月蓮(178センチ)の前にも、相手ガードが全身から湯気を立ち上らせて突進してくる。

 肺は焼けつくように痛く、両足のふくらはぎには鉛が詰まったような重みがあった。

 心拍数は限界域に近い。

 だが――不思議なほど、視界は澄み切っていた。


(もう、竦まない)


 前世の断裂の記憶。恐怖の亡霊。

 そんなものは、床に頭から飛び込んでボールを死守してくれた鮫島の血と、泥臭く俺の背中を押してくれた仲間たちの熱い掌が、すべて吹き飛ばしてくれた。


「岳! 上がれ!」


 俺の鋭い叫び声が、コートを貫いた。

 トップ・オブ・ザ・キーへと駆け上がってきたのは、背番号8番――198センチ、110キロの巨漢、白石岳。


「パスを警戒しろ! ハイポストからの展開を遮断――」

 海浜商業のディフェンス陣が、白石のパスコースを塞ごうと外角へと意識を広げた。

 前半、白石がやってきたのは「動かない壁」としてのパス配給だけだった。相手の頭の中には、「白石岳=パスしか出せない鈍重なセンター」という固定観念が完全に刷り込まれていた。


 だが、俺からボールを受け取った白石は、パスの構えを取らなかった。


 ドムッ!!


 地響きのようなステップ。

 白石は、低く落とした骨盤から、198センチの長大なストライドを一気に前へと踏み出したのだ。


「なっ……ドライブだと!?」

 マッチアップしていた相手センターが、信じられないものを見るように目を見開いた。

 110キロの巨躯が、まるで雪崩のようにトップスピードでペイントエリアへ雪崩れ込んでくる。

 それは、並の高校生ディフェンダーにとって、ダンプカーが突っ込んでくるような圧倒的な恐怖だった。


「止めろォッ! ゴール下を通すな!!」

 パニックに陥った海浜商業のディフェンス陣が、たまらず三人、四人とペイントエリアの中央へ雪崩を打って収縮した。

 白石のレイアップを阻止しようと、何本もの腕が空へと伸びる。


 だが――白石の柔らかい手首は、シュートへは向かわなかった。


「陣内くんッ!!」


 空中で接触を受けながらも、白石は驚くほど繊細な指先の感覚で、密集するディフェンスの頭上を越えるノールックのキックアウトパスを放った。

 ボールは美しい放物線を描き、がら空きになった右コーナーへと吸い込まれる。


 そこに待っていたのは――背番号5番、陣内誠(178センチ)。


「しまっ……コーナーが空いてるぞ!」

 海浜商業のフォワードが、血相を変えてコーナーへと突進してくる。

 視界を塞ぐ猛烈なクローズアウト。

 かつての陣内なら、その影に怯え、膝を痛める跳躍へと逃げていたはずだった。


 だが――今の陣内の瞳に、恐怖の影は微塵もなかった。


(俺のシュートを……蓮が信じてくれた。岳が体を張って繋いでくれたんだ……!)


 膝を深く曲げない。

 足首のバネと、背筋の波を指先へと流す。

 蓮から徹底して叩き込まれた、絶対に壊れない「ワンモーション」。


 トンッ。


 流れるようなリリース。

 相手ディフェンダーのブロックの手先を、わずか数センチ上回って放たれたボールは、高々と放物線を描き――ネットの中央を切り裂いた。


 ――スパァァァンッ!!


『51対49』。逆転。


「うおおおおぉぉぉぉッッ!!」

 陣内が咆哮し、右拳を天へと突き上げた。

 ベンチの神崎コーチが立ち上がり、拳を握りしめる。


 だが、古豪・海浜商業も死んではいなかった。

「舐めるなァッ! 走れ、カウンターだ!!」


 スローインからわずか四秒。

 海浜商業のエースガードが、驚異的なトップスピードで開明のバックコートへと突進してきた。

 足の限界を超えた意地のスプリント。

 ディフェンスの戻りがコンマ数秒遅れた開明のペイントエリアへ、エースガードが身体ごと突っ込んでくる。


 その進路の前に、立ちはだかった影があった。

 背番号6番――黒木凌(179センチ)。


「抜かせねえよ!」

 相手ガードが強引にステップを踏み、黒木の脇をすり抜けようとした。

 その背後から、海浜商業のトレーラーがブラインドスクリーンをかけに迫る。


 今までなら、味方に声をかけず、一人で背負い込んで突破を許していた場面。

 だが、黒木の喉が、フロアを引き裂くように破裂した。


「――っ、岳! スクリーン来る、スイッチ!!」


 体育館中に響き渡る、黒木の魂の絶叫。

 その声に呼応した白石が、巨体を滑らかにスライドさせ、相手ガードのドライブコースへ分厚い肉の壁を築いた。


「くそがあぁぁッ!!」

 コースを完全に消された相手ガードは、体勢を崩しながら苦し紛れのフローターシュートを宙へと放り投げた。


 ガガッ!

 ボールはリングのバックリムを激しく叩き、高く宙へと跳ね上がる。


「リバウンドォッ!!」

 海浜商業の190センチ級のインサイド陣が、雄叫びを上げて落下点へと殺到した。

 空中戦の高さなら、海浜商業が上回る。


 だが――その真下で、獰猛な牙を剥いて待ち構えていた男がいた。

 背番号7番――鮫島豪(186センチ)。


(相撲じゃねえ……前傾で突っ込むんじゃねえ……!)

 蓮の言葉を脳裏で反芻しながら、鮫島は骨盤をグッと落とし、相手の巨漢二人の突進を完璧な面で押し留めた。

 ノーファウルの完璧なボックスアウト。

 相手の跳躍の起点を完全に奪った瞬間、鮫島は床の反発力を全身に吸い上げ、真上へとロケットのように垂直跳躍した。


 ドバァァァンッ!!


 空中で相手の腕を弾き飛ばし、両の手のひらでボールを鷲掴みにした鮫島が、フロアへ力強く着地した。


「ウラァァッ!! ゴール下は俺のナワバリだボケェェッ!!」

 アリーナを震わせる狂犬の咆哮。

 観客席が、割れんばかりの歓声に包まれた。


「走れ、蓮ッ!!」

 鮫島が叫びながら、前線へと矢のようなアウトレットパスを放った。


 ボールを受け取ったのは、俺だ。

 残り時間は、あと2分。

 スコアは『61対58』。が黎明高校3点リード。


 ボールをフロントコートへ運ぶ俺の前に、全身汗まみれの海浜商業のエースガードが、最後の気力を振り絞って立ちふさがった。

 膝は震え、息は絶え絶え。

 だが、その眼差しには、これまで積み上げてきた三年間のすべてをぶつけてくるような、凄まじい執念が宿っていた。


「ここだけは……この一本だけは、絶対にやらせねえぞ、如月蓮……!!」


「……ああ。全力で来い」


 俺は低く呟き、バッシュでフロアを噛んだ。

 前世の冷徹なヘッドコーチの頭脳は、もう必要ない。

 いまコートに立っているのは、仲間たちの熱い想いに背中を押され、泥にまみれて勝利を欲する、十五歳の如月蓮だ。


 キュッ!

 右への鋭いドライブ。

 相手ガードが必死に食らいついてくる。激しい身体の接触。あばら骨がきしむような衝撃。

 だが、俺は倒れなかった。


 トップスピードの極限から――急減速(デセルレーション)。


 股関節を引き込み、大腿四頭筋のエキセントリック収縮で衝撃を完璧に吸収しながら、一瞬でゼロの静止状態を作る。

 相手ガードの重心が、慣性の法則によって前へと崩れ去った。


「なっ……!?」


 相手の身体が流れた瞬間、俺は左足を軸にして、後方へとステップバックを踏み出した。


 ふわ、と。

 全身の力が抜け、時間がスローモーションのように引き延ばされる。

 二階席の最前列で、息を呑んで見つめる綾瀬涼香の瞳。

 胸の前で祈るように手を握りしめる橘葵の涙。

 そして、ベンチで喉を枯らして叫ぶ仲間たちの姿が、クリアな視界の端に映った。


 絶対に壊れないフォーム。

 仲間たちと掴み取った、完璧な空間。


 トンッ。


 指先から離れたボールは、綺麗なバックスピンを描きながら、代々木……いや、この熱狂のメインアリーナの天井へと吸い込まれ――


 ――スパァァァッ!!


 ネットが、美しく跳ね上がった。


『64対58』。

 残り三十秒で、決定的な6点差。


 ワァァァァァァッッ!!!!


 体育館が崩壊するかのような、凄まじい歓声とどよめきが爆発した。


「入ったァァァッ!!」

「ステップバックからのスリーポイント!!」

「あの一年生ガード、化け物かよ!?」


 海浜商業の最後の特攻も、鮫島と白石の分厚い壁が阻み、こぼれ球を黒木ががっちりと抱え込んだ。


 ピィィィーーーーーーッッ!!


 試合終了を告げる、長いホイッスル。

 スコアボードの数字は――『66対60』。


「試合終了ッ!! 勝者、黎明高校ッ!!」


「「「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉッッ!!!!」」」


 黎明高校のベンチから、控えの部員たちが雪崩のようにコートへと飛び出してきた。

 鮫島が陣内を抱き上げ、白石がその場にへたり込んで大粒の涙を流し、黒木が珍しく破顔して力強く拳を突き上げた。


「ハァ……ハァ……っ」

 俺はその場に両膝をつき、汗で濡れた床を見つめた。

 息が苦しい。全身の筋肉が震えている。

 だが――前世のどんな勝利よりも、胸の奥が熱く、誇らしかった。


「如月」

 声をかけられ、顔を上げると、そこには海浜商業のエースガードが立っていた。

 ユニフォームで顔を覆い、敗北の悔し涙を流しながらも、その男は右手を真っ直ぐに差し出してきた。


「強かったよ……お前ら。理屈だけじゃねえ、泥臭い本物のチームだった」

「……ありがとうございました」

 俺はその手を、両手で強く握り返した。


「インターハイ……絶対に切符獲れよ。ウチを倒したんだから、全国へ行かなきゃ承知しねえぞ」

「はい。必ず」


 二階席の最前列。

 綾瀬涼香は、震える手でスコアブックを胸元に抱きしめていた。

「……勝っちゃった。本当に、県ベスト4の古豪を倒しちゃったわ……」

「涼香ちゃん、見て!」

 葵が両手で涙を拭いながら、コート中央で仲間たちと肩を組む蓮の姿を指差した。

「誰も怪我してないよ……! あんなに激しい試合だったのに、みんな、自分の足で笑って立ってる……!」


 知性とデータでチームを支えたいと願う涼香と、命と身体を守りたいと願う葵。

 二人の少女の瞳に、背番号4番の少年の姿が、深く、強く刻み込まれていた。


 創部一年目、無名新設校• 私立黎明高校

 決勝リーグ第1戦を制し、彼らはついに、全国への扉をその手で押し開けようとしていた。


読んでいただき、本当にありがとうございます!


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次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。


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