第25話:激突のティップオフ、軋む肉弾戦
「整列! 礼!」
「「お願いします!!」」
メインアリーナの中央、センターサークルを挟んで両校のスターティングファイブが向き合った。
二階席の観客席は超満員。県内屈指の伝統校・北嶺高校のブラスバンドが鳴り響かせる重低音の軍楽と、大太鼓の地鳴りのような轟音がアリーナの空気をビリビリと震わせていた。
臙脂色のユニフォームに身を包んだ北嶺高校の選手たち。
間近で見上げるその体躯は、遠目に見るよりも遥かに分厚く、禍々しい威圧感を放っていた。
全員が青々と剃り上げた丸刈り。ベンチプレスで盛り上がった大胸筋、丸太のような腕、浮き出た血管。第二次性徴を終え、大人の筋骨格へと仕上がった2年生と3年生の上級生たちだ。
対する黎明高校の5人は、まだ骨端線も柔らかく、筋肉の鎧などついていない十五歳の一年生部隊。体格の差は一目瞭然だった。
「おい一年坊主ども、骨折っても泣いて審判にすがるんじゃねえぞ」
マッチアップする北嶺の3年生ガードが、獰猛な濁った笑みを浮かべて低く囁いてきた。
ベンチでは、パイプ椅子にふんぞり返った権藤鉄蔵が、竹刀の先をフロアにトントンと打ち鳴らしながら、蛇のように冷酷な眼光で俺たちを品定めしている。
(威圧に呑まれるな)
俺――如月蓮は、深く息を吐き出し、胸元の鼓動を静かに沈めた。
心拍数は六十八。視界の解像度は極限まで研ぎ澄まされている。
ピーーーーーッ!
主審の甲高いホイッスルとともに、ボールが高々と宙へ放り上げられた。
ジャンプボール。
北嶺の百九十五センチの3年生センターが、唸りを上げて床を蹴った。
ドガァンッ!
凄まじい跳躍力と筋力。対する百九十八センチの白石岳は、体幹の筋力不足ゆえに相手の最高到達点には到底及ばない。
相手センターの長い腕が、ボールを後方へ力強く叩き落とした。
「行けェッ! ペイントをブチ壊せ!」
北嶺ベンチから怒号のような指示が飛ぶ。
ボールを確保した相手のキャプテンガードが、猛烈な突進力でフロントコートへ雪崩れ込んできた。
最初から全力の肉弾戦。
相手ガードは、トップで待ち構える俺の身体へ、露骨に右肩を突き出してフルスピードで激突してきた。
高校生の上級生が放つ、八十キロ近い運動エネルギー。
平成初期の激しいコンタクト基準でもファウルすれすれの体当たりだ。正面から受け止めれば、未完成な十五歳の俺の肋骨は一発でヒビが入る。
だが――俺の体幹は完全に脱力していた。
相手の右肩が接触するコンマ一秒前、俺はみぞおちを引き、骨盤をわずかに斜め後ろへ滑らせた。
スカッ!
「なっ……!?」
壁に激突するつもりで全体重を前傾させていた相手ガードは、目の前の空間が突如として消滅したことで、自らの慣性力を支えきれずに大きく前のめりによろめいた。
だが、さすがは県ベスト4の常連校の上級生だった。
体勢を崩しながらも、相手ガードは執念でボールをキープし、強引にローポストへバウンドパスをねじ込んできた。
ボールを受け取ったのは、北嶺の百八十八センチ、九十キロの3年生パワーフォワード。
マークにつく鮫島豪の胸元へ、背中からドスン、ドスンと激しく体重をぶつけてくる。
「オラァッ! 押し込んでやるぜチビが!」
以前の鮫島なら、カッとなって相手を押し返そうとし、腕を使ってファウルを取られていた場面だ。
「ぐっ……おおぉぉッ!」
鮫島は奥歯を砕けんばかりに噛み締め、手を出さず、両腕を天へ垂直に伸ばして下半身の面だけで衝撃を受け止めた。
だが――相手の体重差は実に十キロ以上。
いくら正しいスタンスを取っていても、ジリジリとゴール下へ押し込まれていく。
ミシッ、と鮫島の骨がきしむ音が聞こえるようだった。
「鮫島、耐えるな! 引け!」
俺の鋭い指示が飛んだ。
相手フォワードが最も強く後ろへ全体重を預けて踏み込んできた、その刹那――。
鮫島はグッと踏ん張っていた両足を、後ろへ半歩引いた。
『椅子引き(チェア・プル)』!
「うおっ!?」
背中を預けていた壁が消え去った相手フォワードが、バランスを崩して無様に床へ転倒した。
手元からこぼれ落ちるボール!
「ルーズボールッ!」
体育館中が沸き立つ。
転がるボールへ、北嶺のセンターと鮫島が同時にダイブした。
ドガァンッ! と巨体同士がフロアで激しく激突する。
相手の硬い膝が鮫島の脇腹にめり込み、鮫島が「ぐあっ!」と苦悶の声を上げた。
だが、鮫島は痛みに怯むことなく、ボールを腹の下へ抱え込んで死守した。
「マイボールだコラァァッ!!」
泥臭くボールを抱え込んだ鮫島から、這いつくばったまま前線の俺へパスが通る。
「走れ陣内!」
俺がボールをプッシュする。
開明のトランジション。だが、北嶺の戻りは異様に早かった。
毎日の過酷なダッシュで鍛え上げられた足腰で、すでに三人がバックコートへ戻り、強固な壁を作っている。
速攻は通らない。
「セットだ!」
俺が右手を掲げ、ハーフコートオフェンスへ切り替える。
トップの位置でボールをキープする俺の前に、先ほどよろめいた相手ガードが血走った目で間合いを詰めてきた。
長いリーチと、圧倒的な筋力によるプレッシャー。
少しでも油断すれば、力任せにボールを引ったくられる恐怖。
俺は冷静にドリブルを突きながら、ハイポストへ上がってきた白石岳へパスを配給した。
白石が百九十八センチの巨体でボールをキャッチする。
その瞬間――北嶺の百九十五センチの巨漢センターが、怒号とともに白石の懐へドスンと激しく体をぶつけてきた。
「前向かせねえぞデカブツ!」
凄まじい衝撃。
練習なら吹き飛ばされていたかもしれない突進。
だが、白石は練習で何十回と床に転がされ、痛みに耐えて身体に刻み込んできた感覚を必死に呼び覚ました。
胸で受け止めない。みぞおちを引き、骨盤を立てて相手の衝撃を床へ逃がす。
「ぐっ……うぅぅ……!」
白石の巨体がミシリと軋んだが、腰は浮かなかった。
頭部が揺れないため、視野はクリアなまま保たれている。
その時だった。
逆サイドのウィングで、黒木凌が喉を引き裂くような声を張り上げた。
「――っ、陣内、裏! バックカット!!」
体育館の端まで届く、黒木の鋭い指示。
陣内誠をマークしていた北嶺のフォワードが、陣内のスリーポイントを警戒して外へ半歩詰め寄った、まさにそのコンマ一秒の隙だった。
黒木の声に反応した陣内が、相手の重心の逆を突き、ベースライン沿いへ矢のようにペイントエリアへとダイブした。
完全な裏抜け(バックドア)。
相手センターを背中で耐えていた白石が、その動きを見逃すはずがなかった。
白石の手首のスナップから、ノールックの鮮やかなバウンドパスが放たれる。
ビュンッ!
相手センターの股下をすり抜けたボールが、ゴール下へ飛び込んできた陣内の胸元へ吸い込まれた。
「打たせるかァッ!」
カバーに飛び込んできた北嶺のフォワードが、長い腕を伸ばしてブロックに跳び上がってくる。
目の前に迫る、屈強な上級生の影。
だが――陣内の瞳に、迷いはなかった。
恐怖で膝を沈めることはない。母指球で床の反発力を受け、腕の力みを捨ててふわりとボールをリングへ転がした。
――バスッ!
『2対0』。
開始から一分二十秒。
開明高校が、泥と汗にまみれた攻防の末に、先制点を毟り取った。
「しゃあぁぁッ!!」
陣内が拳を突き上げ、白石とハイタッチを交わす。
ベンチの神崎コーチが立ち上がり、手を叩いて叫んだ。
「ナイスプレイ! 戻れ、ディフェンスだ!」
だが、北嶺ベンチの権藤鉄蔵は、鼻でせせら笑いながら竹刀を床に叩きつけた。
「小賢しい真似をしおって……! おい、インサイドを徹底的に潰せ! 相手の一年生ども、もう息が上がってきてるぞ! パワーで踏み潰せッ!!」
権藤の言う通りだった。
たった一本の攻防を終えただけで、白石岳の額からは滝のような汗が流れ、鮫島は脇腹を押さえて荒い息を吐いていた。
上級生の肉弾戦を受け止める代償は、確実に一年生の肉体を削り取っていた。
華々しい圧勝劇など、どこにも存在しない。
骨と筋肉が軋み合う、壮絶な消耗戦の幕が、いま切って落とされたのだ。
読んでいただき、本当にありがとうございます!
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、
下にある【☆☆☆☆☆】の評価やブックマークをいただけると、執筆の大きな励みになります!
次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。




