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『NBA直前で壊れた天才 〜二度目の人生は絶対に怪我をしない〜』  作者: beck2026


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22/71

第22話:インターハイ予選の抽選と、立ちはだかる剛壁

 校内紅白戦の激闘から、二日が経過した。

 放課後の体育館には、激しい練習の息遣いとともに、部員たちの呻き声が響いていた。


「うぐっ……! れ、蓮くん、もう太ももが千切れそうだよ……!」

 百九十八センチの巨体を震わせながら、白石岳がフロアに両手と両膝をついて悲鳴を上げた。

 取り組んでいるのは、蓮が考案した体幹補強メニュー――自重を利用した『アイソメトリック・ウォールシット(壁座り)』だ。バーベルを担がせるような過度な負荷はかけず、骨盤を立てて股関節周辺の深層筋(インナーマッスル)を目覚めさせるトレーニングである。


「膝を九十度より深く曲げるな、白石」

 俺――如月蓮は、ストップウォッチを片手に淡々とタイムを刻んだ。

「百十キロの体重を支える下半身の土台がないから、相手に当たられただけで腰が浮いて呼吸が止まるんだ。まずは自分の体重を股関節で受け止める感覚を骨に覚えさせろ。あと十秒だ」

「じゅ、十秒……! 死んじゃうよぉ……!」


 その隣では、鮫島豪が汗だくになりながら、ペイントエリアの縁で垂直跳びの反復を繰り返していた。

 跳躍の前に前傾姿勢になりかけるたび、俺が鋭く声を飛ばす。

「前へ突っ込むな、鮫島! 爪先じゃなく母指球で床を踏め。真上へ跳べば、空中で相手とぶつかってもファウルは取られない!」

「チクショウ……! 身体が勝手に前へ突っ込みたがりやがる……!」

 鮫島は床に汗をボタボタと滴らせながら、自らの長年の悪癖と格闘していた。

 紅白戦での2ファウルの恐怖、退場寸前まで追い詰められた悔しさが、この荒くれ者のプライドを激しく突き動かしていた。


 サブコートでは、黒木凌がディフェンスのフットワークを刻みながら、声を出す練習を続けている。

「……スクリーン、左! スイッチ!」

 まだ少しぎこちなさは残るものの、以前のように完全に口を閉ざすことはなくなっていた。声を出すことで、自身の広い視野がさらに味方と繋がり始めているのを、黒木自身が手応えとして感じていた。


 そして、スリーポイントラインのコーナー。

 陣内誠が、神崎コーチのパストスを受けながら、黙々とワンモーションシュートを放ち続けていた。

 神崎コーチがわざとほうきの柄を伸ばして視界を遮る。

「打て、陣内! プレッシャーに負けるな!」

 ――トンッ。

 陣内は一瞬、踏み切りで膝を沈ませかけそうになったが、歯を食いしばって脱力の連動を思い出し、足首のバネでリリースした。

 スパァンッ!

 ネットが揺れる。

「よし……! 怖がらねえ……ブロックの手が来ても、膝を沈めるな……!」

 陣内は額の汗を拭い、自らに言い聞かせるように拳を握りしめた。


 完成には程遠い。

 だが、初陣の無様な1点差勝利を経て、全員が「自分たちの弱さ」から逃げずに泥臭く向き合い始めていた。


 そこへ、体育館の正面扉がガラリと開き、職員室から戻ってきた神崎コーチが息を切らせて歩み寄ってきた。

 その手には、一枚のプリントが握られている。


「全員、集合だ!」

 神崎の声に、練習を中断した五人がベンチ前へ駆け寄った。

 神崎は銀縁眼鏡を押し上げ、手にしたプリントをホワイトボードにマグネットで固定した。


「五月下旬から始まる『全国高等学校総合体育大会(インターハイ)県予選』の組み合わせ抽選会が終わった」


 部員たちの間に、ゴクリと唾を呑み込む音が響いた。

 高校生にとって最大の舞台。全国へと続くトーナメント表。

 そこには、県内六十四校の名がトーナメントの枝葉となって連なっていた。


「周知の通り、今年度創部されたばかりの我が開明高校はノーシードだ。一回戦、二回戦は順当に勝ち上がるとして……問題は、県ベスト8をかけた三回戦のブロックだ」

 神崎の太い指先が、トーナメント表の左上のシード枠をトンと叩いた。


『シード第3位――県立北嶺高校』


 その文字を見た瞬間、陣内が息を呑み、顔色を強張らせた。

「北嶺……! 県内屈指の伝統校じゃねえか。ベンチプレス百キロ超えの筋肉ダルマを揃えて、徹底的なインサイドの肉弾戦で毎年ベスト4に入ってくるゴリ押し集団だ」


「それだけじゃない」

 神崎の声音が、重く沈んだ。

「この春、北嶺高校のヘッドコーチに就任した人物がいる。……中学バスケ界で三十年間君臨し、昨年の夏に不祥事で南陽中を追われた男――権藤鉄蔵だ」


「なっ……権藤だと!?」

 鮫島が眉を吊り上げた。

「あの、南陽中で蓮たちをシゴき倒して逃げ出したっていう、昭和の生き残りジジイか!?」


「そうだ」

 神崎が手元のバインダーを開いた。

「権藤は高校バスケの有力者たちに頭を下げ、古豪・北嶺の監督の座に収まったらしい。そして……開明高校に蓮くんが進学したことを知り、凄まじい執念でチームを鍛え上げていると聞く。『小賢しいチビに、高校バスケの本当の厳しさを叩き込んでやる』と息巻いて、部員たちに過酷なウエイトと激しいコンタクト練習を課し、開明をフィジカルで圧殺する準備を進めているそうだ」


「ケッ! 上等じゃねえか!」

 鮫島が指の骨をポキリと鳴らし、獰猛な笑みを浮かべた。

「筋肉ダルマが何人束になって来ようが、ゴール下で全員跳ね飛ばしてやるよ!」


「無理だ、鮫島」

 俺の静かな一言が、鮫島の威勢を断ち切った。


「あァ!? テメエ、何言ってんだ蓮!」

「今の俺たちのフィジカルで、北嶺高校の二年や三年の上級生と正面からぶつかり合えば、間違いなく粉砕される」

 俺はホワイトボードの前に立ち、ペンで人間の骨格図を素早く描いた。


「中学の時とはわけが違う。高校生の二年、三年といえば、第二次成長期を経て筋骨格がほぼ大人の領域に達している。体重八十キロ、九十キロの屈強な上級生たちが、権藤の指示で露骨な体当たりやエルボーを仕掛けてくるんだ。鮫島、お前が力任せに対抗すれば、開始五分でファウルアウトになるぞ」

「ぐっ……」

 鮫島が言葉に詰まる。初陣の2ファウルの記憶が、その脳裏をよぎったのだ。


「白石も同じだ」

 俺は青ざめる白石を見据えた。

「お前の体幹はまだ出来上がっていない。百十キロの体重があっても、百キロ近い筋骨隆々のセンターにポストアップで押し込まれれば、腰が引けて息が止まる。パスを出すどころか、立っていることすらできなくなる」

「うう……そんなの、絶対に無理だよ……」

 白石が情けない声を漏らす。


「陣内、お前もだ。相手は間違いなく、お前の右膝を狙って激しいスクリーンやクローズアウトを仕掛けてくる。恐怖で一度でも昔のフォームに戻れば、膝が悲鳴を上げて試合中に歩けなくなるぞ」

 陣内は奥歯を強く噛み締め、右足をかばうように一歩引いた。


 体育館に、重苦しい現実が突き刺さる。

 全国大会などという遥かな高みを見る前に、目の前にそびえ立つ「高校生の上級生」という圧倒的な肉体の壁。

 初陣の校内戦ですら、同級生のエリート推薦組相手に1点差で這いつくばったばかりの未完成なチームなのだ。


「……じゃあ、どうすりゃいいんだよ」

 鮫島が絞り出すように呟いた。

「逃げるのか? 相手がデカくてゴツいからって、負けるのを指くわえて見てろってのかよ!」


「逃げるわけがないだろ」

 俺はペンの先で、ホワイトボードの北嶺高校のブロックを強く叩いた。


「正面からぶつかり合えば砕かれる。だが、バスケットボールは相撲じゃない。相手が突進してくるエネルギーが大きければ大きいほど、それを空振りさせた時の自滅のダメージは跳ね上がる」

 俺は戦術ボードに幾何学的な矢印を描き足していった。


「相手が力任せに押してくるなら、こちらは『接触そのものを消滅させる』。白石、お前は相手が体重を預けてきた瞬間、半歩引いて相手を前のめりに転がす『椅子引き』を徹底しろ。鮫島、相手と空中で競り合うな。相手が踏み切る前の地上で、骨盤を落として落下点の真下を塞げ。ジャンプ力のない相手は、それだけで宙でバランスを崩す」


 さらに、俺は黒木と陣内を見た。

「黒木、お前の声出しが生命線になる。相手の強烈なダウンスクリーンに対し、コンマ一秒早く味方に危険を知らせてマークを受け渡せ。陣内、お前は無理にシュートを打ち急ぐな。白石を囮にしてバックカットで相手の裏を突け。フリーのスペースさえ作れば、お前の脱力シュートは絶対に届く」


 そして――俺は神崎コーチと視線を合わせた。

「神崎先生。北嶺高校戦、相手は間違いなくフルタイムで激しい肉弾戦を仕掛けてきます」

「ああ。相手の狙いは『こちらの消耗』だ」

 神崎が眼鏡の奥の瞳を険しく細めた。

「特にポイントガードの君に激しい体当たりを繰り返して体力を削りにくる。君だけでなく、白石のスタミナも、陣内の膝も、鮫島の打撲も、今の1年生の体力でまともに40分間フルで受け止め続ければ、後半に確実にパンクする」


「ええ。だからこそ、試合のペースを完全にこちらでコントロールします」

 俺は戦術ボードを叩いた。

「速攻を出せる時以外は、ショットクロックの24秒を極限まで使ってハーフコートオフェンスを展開し、攻撃のポゼッション中に全員で息を整える。そして、第2クォーターや第3クォーターの要所で小林たち控えを短時間挟み、全員の体力を第4クォーターの勝負所まで温存する」


 俺は四人に向き直った。

「相手の土俵である『力比べの消耗戦』に付き合ったら、俺たち1年生は全員が試合中に足をつって自滅する。頭脳を使え。時間を使い、スペースを使い、相手の突進力を空転させて、40分間全員で生き残るぞ!」


 圧倒的な体格差を持つ上級生の筋肉軍団。

 そして、執念を燃やす昭和の亡霊・権藤鉄蔵。

 勝算など、どこにも保証されていない。

 一つでも歯車が狂えば、たちまち粉砕されて終わる危険な賭けだ。

 だが――四人の瞳の奥には、怯えを呑み込んだ者だけが宿す、獰猛で純粋な闘志が静かに燃え上がっていた。


「やってやろうじゃねえか……!」

 鮫島が床を強く踏み鳴らした。

「あんな筋肉ダルマどもに、俺たちの頭脳とバスケが負けてたまるか! 40分間、ゴール下は死ぬ気で守り抜いてやるよ!」

「僕も……痛いのは嫌だけど、椅子引きなら走らなくて済むし……練習するよ」

 白石が汗を拭って立ち上がった。

「……声は、俺が出し続ける。スクリーンは全部通させない」

 黒木が短く、しかし力強く告げた。

「蓮。俺、今度こそ恐怖に負けねえ。お前のパスを、必ずリングに沈めてみせる」

 陣内が力強く拳を突き出した。


 俺はその四人の拳に、自らの拳を重ねた。


 未完成で、傷だらけの原石たち。

 高校バスケの洗礼となる最初の巨大な壁――県立北嶺高校との死闘へ向け、黎明高校泥臭い特訓が幕を開けようとしていた。


読んでいただき、本当にありがとうございます!


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次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。


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