↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『NBA直前で壊れた天才 〜二度目の人生は絶対に怪我をしない〜』  作者: beck2026


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/76

第20話:軋む歯車、泥臭き初陣

 放課後の体育館に、鋭いホイッスルの音が鳴り響いた。


「よし、全員集まれ!」


 二階ギャラリーから階段を駆け降りてきたヘッドコーチの神崎拓也が、手元の分厚いバインダーを叩いた。


「新入生が入学して一週間。基礎トレーニングと身体操作のチェックを一通り終えたところで、これより初のフルコート5対5――校内紅白戦を実施する!」


 部員たちの間に、ピンと張り詰めた緊張が走った。


 神崎がホワイトボードにマグネットを並べていく。


「白チームはスタメン候補組。如月蓮、陣内誠、黒木凌、鮫島豪、白石岳の5人。対する黒チームは、中学時代に県選抜や強豪のエースとして輝かしい実績を残し、鳴り物入りで集まったエリート推薦組の実力者たちだ。神崎コーチ直々の特別スカウトとはいえ、怪我人や問題児ばかりの蓮たち5人に対し、あからさまな不満と敵意を滾らせている。試合は10分ハーフで行う」


「ケッ、待ってましただぜ!」


 鮫島豪が首の骨をボキリと鳴らし、ギラついた野獣のような眼光で黒チームの選手たちを睨みつけた。


「エリート推薦組だか実績組だか知らねえが、ゴール下に入ってきた奴から順にフロアへ叩き落としてやるよ!」


「鮫島、気負うなと言ったはずだ」


 俺――如月蓮は、ストップウォッチでチームメイトたちの脈拍を計測し終え、冷静に声をかけた。


「俺たちの身体はまだ、新しいフォームと身体操作を脳にインプットしている初期段階だ。頭で理解したつもりでも、実戦の負荷がかかれば長年の悪癖が無意識に顔を出す。力任せにねじ伏せようとするな」


「うるせえ! 試合になったら気合だろうが!」


 鮫島は聞く耳を持たずにフロアへ飛び出していく。


 その後ろを、白石岳が「うう……フルコートで走るの、本当に嫌だなあ……」と大きな身体を丸めてトボトボと歩き、黒木凌は感情を一切消した無言のまま靴紐を締め直している。


 そして陣内誠は、テーピングを外した右膝を手のひらで何度もさすりながら、引きつった笑みを浮かべていた。


「蓮……フリーじゃ入ったが、試合のスピードで本当に膝が保つのか、まだ身体が信じ切れてねえんだ……」


「焦るな、陣内。完璧を求める必要はない。まずは自分の身体の感覚を確かめろ」


 俺は陣内の肩を叩き、コート中央へと足を踏み入れた。


 前世で培った世界基準の戦術眼と、バイオメカニクスの知識。


 だが、俺自身の肉体もまた、まだ筋肉の鎧がついていない十五歳の成長期だ。一試合を通してフル出場できるスタミナも筋量もない。


 それぞれが致命的な課題を抱えた、未完成な五つの歯車。


 それが、いま初めて一つのコートで噛み合おうとしていた。


 ピーーーーーッ!


 神崎のホイッスルとともに、トスアップのボールが高く放り上げられた。


 ジャンプボール。


 百八十六センチの鮫島豪が、唸りを上げて床を蹴った。


 相手センターより頭一つ分高い圧倒的な跳躍。だが――案の定、長年の悪癖が出た。


 力任せに前方へ飛び込んだ鮫島の肘が、空中で相手センターの胸元へまともに激突したのだ。


 ドガァンッ!


 相手センターが苦悶の声を上げてフロアへ転がる。


 ピピーーーッ!


「白4番(鮫島)、ルーズボールファウル! 黒ボール!」


 審判役を務める副顧問の鋭い笛が鳴った。


「あァ!? どこがファウルだコラァ! ボールに触ったのが先だろうが!」


 鮫島が血相を変えて審判に食ってかかる。


「鮫島、やめろ!」


 俺が割って入り、鮫島の胸板を強く押し戻した。


「跳ぶ前に前傾姿勢になるなと言ったはずだ。空中で軸がブレて相手に突進している。完全にお前のファウルだ、切り替えろ!」


「チッ……クソが!」


 鮫島は毒づきながら自陣へ戻ったが、開始わずか一秒で早くもファウルを一つ積み上げてしまった。


 黒チームのスローインから試合が再開される。


 推薦組のガードが、小気味よいドリブルでフロントコートへボールを運んでくる。


 黒木凌が低いスタンスでマッチアップし、長いウイングスパンで相手の進路を遮断した。個人の対人守備は完璧だ。相手ガードは攻めあぐね、外でパスを回すしかない。


 だが――相手のフォワードが、黒木の死角からブラインドスクリーンをかけに駆け上がってきた。


「黒木、右からスクリーンだ!」


 ベンチの神崎コーチが叫ぶ。


 黒木はその指示で背後の壁に気づいた。だが――やはり、味方への『声』が出ない。


 背後の白石に対して「スイッチ!」とも「ファイトオーバー!」とも叫ばず、黒木は無言のまま、強引に腕力で相手フォワードの壁をすり抜けようとした。


 結果、スクリーンを警戒して前に出ようとした白石と、強引に追おうとした黒木が接触。


 二人の足がもつれ、一瞬の隙が生まれた。


 フリーになった相手ガードが、その隙を見逃さずにステップを踏み、落ち着いてジャンプシュートを沈めた。


 ――バスッ!


『0対2』。先制は黒チーム。


「……っ」


 黒木は悔しげに唇を噛み締めたが、白石に対して謝ることも、守備の確認をすることもなく、ただ無言で俯いて踵を返した。


「黒木くん……声かけてくれないと、僕、ぶつかっちゃうよ……」


 白石が困惑したように呟くが、黒木の背中には届かない。


「声を出せ、黒木!」


 俺の声がフロアに響いた。


「味方に伝える努力を放棄するな。二文字でいい、『右』か『スイッチ』と叫べ!」


 黒木は微かに肩を揺らしたが、返事はなかった。


 白チームの初攻撃。


 俺がトップでボールをキープし、ハイポストへ上がってきた百九十八センチの白石へパスを入れる。


 白石がボールを受け取った瞬間――黒チームの屈強なセンターが、激しいプレッシャーで白石の懐へ体をぶつけてきた。


 ドスンッ!


「うわっ……!」


 体幹の筋膜が未発達な白石は、相手の接触に耐えきれず、簡単に腰が浮いて後方へたたらを踏んだ。


 衝撃で頸椎が揺れ、視界が一気に狭まる。


「岳! 早くボール離せ!」


 鮫島が怒鳴る。


 パニックに陥った白石は、コーナーで手を挙げていた陣内へ苦し紛れのチェストパスを放った。


 だが、バランスを崩した状態から押し出されたボールは軌道が低く、相手フォワードの手先をかすめて大きく軌道を乱した。


「っと……!」


 陣内が辛うじてボールを拾い上げる。


 だが、パスが乱れたことで、相手のディフェンダーがすでに陣内の目の前まで猛烈な勢いでクローズアウトを仕掛けてきていた。


 長い手が、陣内の視界のリングを完全に覆い隠す。


(打たなきゃ……いや、ブロックされる……!)


 陣内の瞳に、かつての悪夢がフラッシュバックした。


 膝の激痛、叩き落とされたシュート、大人たちの怒号。


 恐怖に呑まれた陣内は、蓮から教わった「脱力のワンモーション」を忘れ、無意識に右膝を深く沈み込ませて力任せに高く跳び上がろうとした。


「ぐっ……あァッ!」


 右膝に走った鈍い痛み。


 踏み切りの軸が崩れ、空中で身体が激しく捩れる。


 腕の力だけで強引に押し出されたボールは、美しい放物線など微塵も描けず、バックボードの縁にすら届かない大暴投となってエンドラインの外へ転がっていった。


 ガタンッ!


 無残なエアボール。


「あ……」


 着地した陣内は、痛む右膝を押さえ、その場にへたり込んだ。


 フロアに広がる、重苦しい沈黙。


 エリート組の部員たちから、「なんだよあの特別スカウト組、全然息合ってねえじゃん」「デカいのは当たりに弱いし、シューターはビビってエアボールかよ」と失笑が漏れる。


 その後も、歯車は狂い続けた。


 焦った鮫島がリバウンドで2つ目のオフェンスファウルを犯し、白石は相手の当たりに押し出されてトラベリング。


 黒木は声を出せないまま味方とマークが被って連続失点を許し、開始四分でスコアは『0対11』。


 ピーーーーーッ!


「白チーム、タイムアウト!」


 神崎コーチの鋭い笛が鳴り響いた。


 ベンチへ戻ってくる5人。


「クソがぁッ! 審判も相手も調子乗りやがって!」


 鮫島がベンチのパイプ椅子を蹴り飛ばさんばかりに荒れ狂う。


「岳! テメエがヘニャヘニャしてるからパスがズレんだろうが!」


「だって……本当にぶつかられると痛いんだもん……息が苦しくて見えないよ……」


 白石は膝に手をつき、早くも肩を大きく上下させて脂汗を流している。


 黒木はタオルを頭から被って口を閉ざし、陣内はベンチの端で自分の右膝を拳で殴りつけていた。


「……クソッ! なんで跳んじまうんだよ俺は……! 身体が勝手に力んじまいやがる……!」


 崩壊寸前のチーム。


 エリート組の冷笑と、味方同士の罵声がベンチ裏に満ちていた。


「全員、座れ」


 静かな、しかし驚くほど芯の通った声が、荒れ狂う体育館の空気をピシリと切り裂いた。


 俺――如月蓮は、冷たいスポーツドリンクのボトルを5人分並べ、戦術ボードをフロアへ置いた。


「みっともねえ試合してんじゃねえよ、蓮! テメエの言う通りにやってこのザマだぞ!」


 鮫島が唾を飛ばして俺を睨みつけてくる。


「当たり前だ」


 俺は感情を一切動かさず、鮫島の血走った目を真っ直ぐに見据え返した。


「たった数日の練習で、長年の悪癖や恐怖が消えるわけがない。お前たちは今、相手と戦っているんじゃない。『過去の未熟な自分』と戦っている最中なんだ」


 5人がハッと息を呑んだ。


「鮫島。お前のリバウンドへの飢えは本物だ。だが、相手を弾き飛ばして取るのはただの腕力自慢だ。跳ぶ前に前傾するな。相手の背中に手をつくな。落下点の真下に立ち、その場で垂直に跳べ。ファウルを重ねれば、お前はコートから退場させられてリバウンドを一本も触れなくなるぞ」


「ぐっ……」


 鮫島が悔しげに奥歯を噛み締める。


「白石。相手の当たりを受け止めるなと言ったはずだ。相手が体重を預けてきた瞬間、骨盤を立てたまま後ろへ半歩引け。相手は勝手にバランスを崩して自滅する。お前のその手首の柔らかさは、相手をいなした後にこそ世界一の武器になる」


「……うん」


 白石が乱暴に汗を拭い、顔を上げた。


「黒木」


 俺はタオルを被ったままの黒木の前に立った。


「完璧な選手などこの世にいない。お前がどんなに速く動けても、味方と連携できなければチームは勝てない。プライドを捨てろ。叫ぶのが恥ずかしいなら、小さな声でいい。『右』か『左』、それだけを口から絞り出せ」


 黒木はタオルの隙間から、震える切れ長の瞳で俺を見つめ、小さく頷いた。


「そして陣内」


 俺は膝を殴り続けていた陣内の手を、上から強く包み込んだ。


「エアボールで結構だ。相手のクローズアウトが怖くて跳んでしまうのは、人間の防衛本能だ。だが、お前が本当にバスケを取り戻したいなら、その恐怖を受け入れろ。ブロックされてもいい、外れてもいい。俺が何本でもお前にパスを供給する。足首のバネと背筋の連動だけを信じて、脱力して振り抜け」


 陣内の瞳から、ポロリと一筋の涙が零れ落ちた。


 恐怖と情けなさに折れかけていた心が、蓮の言葉によって再び火を灯されていた。


「……蓮。俺、もう一回打つ。今度は絶対に力まねえ……!」


「よし」


 俺は戦術ボードを叩いた。


「点差はたったの11点だ。ここから泥臭く、俺たちの最初の1本をもぎ取りにいくぞ」


 ピーーーーーッ!


 タイムアウト終了のブザーが鳴り響いた。


 コートへ戻る5人の表情から、先ほどまでの迷いと苛立ちは消え去っていた。


 胸にあるのは、自分たちの無様さを認めた者だけが持てる、泥臭い覚悟。


 黒チームのオフェンス。


 先ほどと同じように、相手フォワードが黒木の背後へブラインドスクリーンを仕掛けてきた。


 黒木は一瞬、足を止めかけた。


 だが――その喉元から、引き裂くような声が絞り出された。


「――っ、右スクリーン! スイッチ!!」


 体育館中に響き渡った、黒木の初めての叫び声。


 その声に反応した白石岳が、巨体を滑らかに横へスライドさせ、相手ガードのドライブコースへ垂直の壁を作った。


「なっ……!?」


 相手ガードが驚愕し、体勢を崩しながら苦し紛れのフローターシュートを放つ。


 カツンッ!


 ボールがリングのフロントリムを叩いて跳ね上がった。


「リバウンドッ!」


 相手センターがゴール下へ飛び込んでくる。


 だが――鮫島豪は、突進しなかった。


 相手の突進を胸で受け止めることなく、骨盤を低く落として落下点の真下を確保し、その場で真上へと垂直に跳躍した。


 空中で軸が一切ブレない、完璧な垂直跳び。


 バシィィィッ!!


 両手でがっちりとボールを抱え込んだ鮫島が、フロアへ力強く着地した。


 ノーファウル。完璧なディフェンスリバウンド。


「取ったぞォォォッ!!」


 鮫島が咆哮し、前線へ走り出していた俺へボールを放った。


「走れ陣内!」


 俺がフロントコートへボールをプッシュする。


 相手ディフェンス二人が俺のペネトレーションを警戒してペイントエリアへ収縮した。


 俺はトップスピードから急減速。相手を引きつけた瞬間、ノールックで背後のハイポストへボールを弾いた。


 ボールを受け取ったのは白石岳。


 相手センターが激しく体をぶつけに飛び込んできた。


 だが――白石は踏ん張らなかった。相手の接触のコンマ一秒前、みぞおちを引き、骨盤を立てたまま半歩だけ後ろへ引いた。


 スカッ!


 力を預けようとした相手センターが、前のめりに床へバランスを崩す。


 完全にクリアになった白石の視界。


「陣内くん、打って!」


 白石の柔らかい手首のスナップから、右コーナーへ矢のようなパスが通った。


 ボールを受け取った陣内誠。


 カバーに来た相手フォワードが、猛烈なプレッシャーで手を伸ばして跳び込んでくる。


 目の前に迫るブロックの影。


 だが――陣内の瞳は、もうブレなかった。


 恐怖をねじ伏せ、膝を深く曲げることなく、足首の反発力と背筋の波を指先へと通した。


 トンッ。


 美しいワンモーション。


 放たれたボールは、高い放物線を描いて開明高校の体育館の天井へと吸い込まれ、ネットの中央を突き刺した。


 ――スパァァァンッ!!


『3対11』。


 静寂。そして――体育館が震えるような歓声が上がった。


「入ったぁぁぁぁッ!!」


 陣内が両の拳を天高く突き上げ、咆哮した。


 鮫島が獰猛な笑みを浮かべて陣内の背中をバシバシと叩き、白石が息を切らしながら破顔し、黒木が静かに、しかし力強く右手を握りしめた。


「まだまだここからだぞ!」


 自陣へ戻りながら、俺は仲間たちへ叫んだ。


「点差は8点! 泥臭く、全部ひっくり返すぞ!」


「「オオォッッ!!」」


 完成されたチームなどどこにもない。


 全員が欠陥を抱え、全員が泥にまみれながら、一歩ずつ弱さを乗り越えていく。


歪で不揃いな五つの歯車が、いま確かな熱を帯びて、力強く回転を始めていた。


読んでいただき、本当にありがとうございます!


少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、

下にある【☆☆☆☆☆】の評価やブックマークをいただけると、執筆の大きな励みになります!


次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。