14.女子力は嗜好品では決まらないし
転送魔法とは実に便利なものである。
フリーランド領から数日かけて最寄りの魔術塔へ向かい、転送門をくぐれば王国北端のツリフト丘陵地に到着だ。
槍使いと弓使い、およびトルヴァルドとはフリーランドで別れ、残る5名で時魔導士の里を目指しやって来た。
「これが丘陵地って詐欺だろ。名付け親は巨人か?」
魔術塔の最上階からクローが嘆く。
確かにネネユノの目から見ても、窓の外は緑の山に囲まれていた。そう、山だ。
「丘ってもっとなだらかなイメージだった……」
「な、そうだよな」
「アタシ、鬱蒼とした森がくっついた山って嫌いなのよねぇ。魔物だけならいいのに変な虫とかいるし――ていうか、あれ何?」
シャロンが指を差したのは窓のほぼ真下。この魔術塔の庭にあたる部分である。
平たい三角形の板が鋭角を頂点にして地面に刺さっていた。その周りには線と点、それに数字が書いてあるようだが、ネネユノにはその意味がまったくわからない。
お金持ちがよくやる趣味全振りのオブジェかなぁーなどと首を傾げていると、クローが訳知り顔で人差し指を左右に振ってみせた。微かに「チッチッチ」と舌を鳴らす音も聞こえる。
「あれをご存じない? 教養が足りてないんじゃないかな、伯爵令嬢ちゃん?」
「あ? なんですって?」
「元だよ! シャロンは元伯爵令嬢!」
「フォローになってないわよ、ユノちゃん」
「いいか、あれは時計だ。太陽の影で時間を確認する。まぁ世界最古の時計の仕組みってやつだな」
もう一度庭を見下ろしてみると、三角形の板から影が伸びて周囲の点を指しているように見えなくもない。点から最も近い場所にある数字が現在の時刻ということだろうか。
ポケットから懐中時計を出してはみたものの、ネネユノの懐中時計は元々壊れているので正しい時間を示すことはないのである。見なかったことにして懐中時計をポケットにしまった。
「ふぅーん。でもわざわざ外の時計見たりしないでしょ? いまどき、時計なんてどこにでもあるし」
ネネユノの素朴な疑問に答えたのはヨナスだ。
「じ、実はこのツリフトって場所はなぜか時計の調子が悪くなることがありまして」
「まじかよ」
それはクローも知らなかったらしい。己のポケットから懐中時計を取り出し、庭の日時計と見比べている。
「だからこの魔術塔で働く人は日時計が頼りってことね?」
「そうです。まぁ時計が壊れる頻度は多くないので、我々のような外部の人間が来るたびに時刻を修正していれば、大体の時間は把握できるのですが」
言っているそばからヨナスは塔職員に呼ばれ、時計を手に駆け寄った。
互いの懐中時計を突き合わせて時間を確認する姿をぼんやり眺めていると、背後からファヴが声をあげた。
「本部から必要な装備や物資が届いている。各自、着替えと補給をしておいてくれ。食事を済ませたらすぐ出発だ」
「えっ、今日出発ぅ?」
「アタシお風呂に入ってゆっくりお肌のお手入れしたいのに」
「オレは別にいつ出発でもいいけど」
「クローこそお風呂入りなさいよね!」
クローとシャロンが喧嘩を始めたのを後目に、ネネユノはファヴが指し示した物資を確認する。
フリーランドを出る際に、状況と今後の予定についてを鳩のクリスティンに伝達してもらったのだ。そのおかげで、補給がスムーズに行えるのである。
時刻の突き合わせを終えたヨナスも、ネネユノの横に来て補給品を検品し始めた。
「あっ、新しいジャーキーある」
「ユノさん、嗜好品にジャーキーを申請したんですかっ?」
「ん!」
「うへぇ、珍しい」
遠征時、団員にはそれぞれ申請した嗜好品が支給されることになっている。たとえばタバコやキャンディがそれにあたるのだが、ネネユノはサーモンジャーキーをリクエストしていた。
そう言うヨナスの手には蜂蜜の小瓶が握られており、なんだか女子として負けた気がする。
「蜂蜜……。むぅ」
「ユノちゃん、唸ってないでシャワー浴びましょ」
「しゃわー?」
「王都の宿舎にもあったでしょ、魔法でお湯がしゃわわわーって出るやつ。集合時間を指定してないのはファヴなりの優しさよ」
「そうかなぁ」
怒られる可能性はあっても、置いて行かれることはないだろうと考え、ネネユノはシャロンとともに浴室へ向かった。
さっぱりした体に新しい下着と制服は気持ちがいい。シャワーは身体の汚れだけでなく心の汚れも落としてくれるんだ、とウキウキで食堂へ向かう。
既に食べ終えたと見えるファヴとヨナスが地図を広げ、ルートの確認をしていた。クローは携行品の整備をしているらしい。手入れの終わった杖がパっと姿を消した。やっぱりあの魔法は羨ましい。
職員用の食堂は月侯騎士団の宿舎ほどメニューが多くない。ただ、転送門のおかげで食材には困らないらしく野菜も海産物も新鮮であった。
ネネユノは野菜たっぷりのサンドイッチとスープのセットを手にクローの隣に座る。
「ほういえは」
「食い終わってから喋ろうな」
「そういえば」
「うん?」
ネネユノの視線の先ではルートの確認を終えたファヴが地図をくるくると器用に丸めていた。
「時魔導士って伝説って言われるくらい存在自体あやふやなはずなのに、里の場所を知ってる人なんていたんだなーと思って」
「それは時魔導士が担ってきた役割のせいだな。彼らは存在と里を隠さざるを得なかったんだ」
答えたのはファヴである。
その横でヨナスも神妙な顔で頷いた。




