13.トカゲ汁出ちゃう
ファヴの言った通り、彼の導いた先には出口があった。
洞窟内の氷柱の影に隠れていた細い通路を進むと、その先に転送紋があったのだ。転送紋とは緊急避難のスクロールや、各地にある転送門と機能的には同じで、生物を任意の場所へ移送するもの。
永続的に機能を維持するには魔力を補充する仕組みが必要なため、どこにでも設置するというわけにはいかないらしい。
そういった意味では、ダンジョンに転送紋があることは珍しくない。なんなら、罠として機能するダンジョンもある。突然強力な魔物の巣に飛ばされたり、あるいは1層に戻されたりするのである。
クローが紋に刻まれた術式を一通り解析して頷いた。
「5層あたりに飛ばされるな。しかし転送紋とはご丁寧なこって」
「ダンジョンにはボス部屋は密室にならないというルールがある」
なんでもないことのようにファヴが呟きながらネネユノを降ろす。
ネネユノは乱れて腹が出てしまった衣類を整え、余ったジャーキーをポケットにしまった。ダンジョンを出たらアップルパイである。お腹は空かせておかなければ。
「なんか聞いたことあるな」
「あたしは初耳だわ」
「閉じ込める意味がないからな」
「あぁ、なるほどね。それにしたって、魔族が手を加えててもルールは機能するのね」
ダンジョンが生まれる理由や、その構造が何を目的としているのか等は諸説あって研究途上である。
が、通説である「溜まった魔素を排出するための自然現象」に則るなら、確かに人間の流れを堰き止めるのは目的にそわないだろう。
魔物の討伐者があってこそ、魔素を滞りなく排出できるのだから。
「閉じ込めたい魔族はダンジョンの出入り口に結界を張る」
「あーーーー」
クローとシャロンの声が重なった。ネネユノにとっても心から頷ける話である。
あの結界のせいで蛇が死んでしまったのを思い出す。大変美味ではあったけれども。
「んじゃ、行こっか! 美味しい美味しいアップルパイ、美味しい美味しいアップ――」
「その前に確認なんだが」
「ぐぇ」
ファヴがネネユノの背後から首に右腕をまわし、動きを制する。と同時に左腕では彼女の全身を叩くように撫でまわし始めた。
ネネユノが暴れてもファヴは動じない。一層念入りに身体を撫でるばかりである。
「ぎゃー! えっち!」
「おい、ファヴいきなり何してんの。事案じゃねぇかよ。トルヴァルド、ちょっと止め――」
「これを捜していただけだ、問題ない」
「いやあるだろ……ってそれ!」
クローがひと際大きな声をあげ、その場にいる全員がファヴの手の中を覗き込む。
そこにはネネユノの拳の4分の1より少し小さい石があった。青く透明なその石はダンジョン攻略の主目的、ボスの魔石である。
「そういや落ちてなかったなと思ったら!」
「いつの間に……」
皆が口々に驚嘆の言葉をこぼす隙にネネユノは身をよじってファヴの手から抜け、そーっと転送紋をくぐろうとした。逃げるが勝ちである。
が、もちろん逃げ切れるわけもなく、シャロンがその手をとって引き寄せる。
「ユノちゃん? まだ持ってるわよね?」
「うぇぇ」
「よし。トルヴァルド、逆さづりだ!」
「子どもになんてことを!」
「大人ですけど!」
「ならいいな!」
「待って、トカゲ汁吐く!」
足首を掴まれ、逆さまになったネネユノのポケットから、チャリチャリカツカツと音をたてて色々なものが落ちた。そのほとんどが硬貨、宝石、魔石……雨のように降ってきた雑魚からのドロップ品である。
トカゲ味のゲップが出たのを最後に、何も出なくなったところでやっと解放。身体は自由になったものの、団員に囲まれたネネユノは小さくなるばかりだ。
「めざとい」
「がめつい」
「油断も隙も無い」
「引くわぁ」
「だってぇ……」
誰も拾わなかったじゃん、とはさすがに言えなかった。死闘を繰り広げた直後であり、拾ってるほうがおかしいのだという自覚はあったのである。
それらを全て拾い集めたファヴは、革袋にまとめて放り込んでトルヴァルドに突きつけた。
「帰還して戦利品報告を頼む」
「隊長はまさか本気でバルバーソを追うおつもりですか」
「もちろんだ」
「それでしたら自分も――」
「俺の不在中、騎士団を任せたい」
シャロンはぷいっとトルヴァルドから視線を逸らす。
シャロンとトルヴァルドのふたりを抱えた状態で魔族と対峙するべきでない、という意見があれば恐らくこの場にいる全員が同意するだろう。
今回の戦闘においてチームワークを乱したのはトルヴァルドではなくシャロンだが、ファヴの代理が務まるのはトルヴァルドのほうであり、団長の下すべき采配としては妥当と言えた。
トルヴァルドは言いかけた言葉を飲み込んで唇を噛む。
「……承知しました」
「よし。ではここを出よう」
今度こそ、一行は転送紋をくぐって氷の洞窟を出た。
転送された先はクローの言ったとおり、5層である。ネネユノの以前の仲間を助けに行った場所である。
このダンジョンはどの階層も似たような景色だが、5層は特に麦畑が美しい。
「ここは俺の故郷であり、時魔導士の里だ」
ファヴが呟く。
それが何を意味するのかわからず、全員が続きを待った。
「バルバーソはここに……俺の故郷に封印されていた」
「は?」
全員がファヴを見る。
ネネユノもファヴを見て、そして次に周囲を見回した。ここが、自分の目的地なのだ。両親もきっと、この景色を見ているに違いない。
「幼い頃に一度だけ見たことがある。あいつは故郷の北の端の洞窟にいた。1年の半分は雪に閉ざされるような場所にな」
「バルバーソの心象風景だろうって言ってたね」
「ああ。あいつは自分を封印した時魔導士を許さないだろう。それで今も、生き残りの時魔導士を探している」
「へぇ……えぇっ?」
全員の視線が今度はネネユノに集まった。
確かにファヴはバルバーソがネネユノを付け狙っているとは言っていたが、まさかそんな理由であったとは。完全な逆恨みである。
「だから俺たちはまず、故郷を探すつもりだ。そこでバルバーソ戦のヒントが見つかるかもしれないからな。北のほうであるのは確かだが……」
「なるほどなー。ま、ユノちゃんぶら下げとけば向こうから来るんだろうし、わざわざ魔族を追う必要はねぇってわけか」
「えぇ……。ぶら下げるって」
「クローったら何言ってるの。どいつもこいつもデリカシーないのなんなのかしら。ねぇユノちゃん?」
「なんかお腹痛くなってきた」
しょんぼりするネネユノにファヴが真顔で頷いた。
「そうか。ではアップルパイはやめておこう」
「駄目だけどぉっ?」
どいつもこいつも本当にデリカシーがない。
ネネユノはふんふんと鼻息を荒くして先頭を歩く。なんとしてもアップルパイにはたどり着かねばならないからだ。
「あのぉ……」
背後から静かに声がかかる。
振り返ると、ヨナスが目を泳がせながら手を挙げていた。
「時魔導士の里へ行くなら……ボクも行きます。ご案内できるかもしれないので」




