12.ネネユノには死守すべきものがある
「ゴリラじゃん!」
思わず叫んだネネユノに、ゴリラが両手で胸を叩いた。威嚇である。
どうやらゴリラじゃないと言いたいらしい。
が、今はトルヴァルドがゴリラかそうでないかを論じている場合ではない。
「“戻れ”っ!」
ファヴは「死なせるな」と言ったのだ。
すでに魔物になっているように見えるが、まだ中身は生きているに違いない。いや、ネネユノの言葉を理解したのだからやはりゴリラの中にトルヴァルドはいる。
だから彼にかけられた呪いを解除しなければならないのだが。
「魔力が足りないんだけど!」
「たくさん飲め。おかわりもいいぞ」
「ユノさん、ボクのやつどうぞ!」
恐らく、バルバーソの作った赤玉に魔物化の呪いが含まれていたのではないか、あるいは呪いそのものだったのではないかと思う。
トルヴァルドはその赤玉に防御魔法もないまま身体ごと突っ込んでいったのだから、纏った呪いの強さも過去最高と言えよう。
魔力ポーション1本飲んだ程度では、彼の身体を呪われる前の段階まで戻しきれない。戻しては呪いが進んで、というのを繰り返してしまう。
とは言えやらないわけにもいかず、ファヴやヨナスから渡されるポーションを飲んでは時間を戻す地獄のような作業が続く。
「まっず! あーもー“戻れ”っ!」
「あー、それくらいがちょうどウホッ」
「なんて?」
トルヴァルドはゴリラ度が高くなると言葉も人間語ではなくなるようだ。いや、揶揄われているのかもしれないが。
ただ彼は魔物化して得た馬鹿力を武器にしているような、そんな動きでバルバーソと対峙している。
今はまだ、完全に人間に戻さなくてもいいのかもしれない。
そうこうするうち、ファヴとヨナスが己の持つ魔力ポーションをユノのそばに並べると、再び武器を手にとった。
「ゴリラばっかり目立つのは許せないわね。さぁ、アタシにも殴らせてちょうだいね」
「オレにもな」
シャロンとクロー、それに槍使いや弓使いも同様に鬼気迫る様子でバルバーソへ向かっていく。
邪魔な雑魚はいない。多少の疲れはあっても戦意はちっとも衰えていない。そんな良コンディションの月侯騎士団7名とゴリラがバルバーソを取り囲み、一斉に攻撃を仕掛ける――。
が、バルバーソは翼を広げて勢いよくくるっと一回転。
7人と1匹を弾き返してしまった。
「フン。雑魚の相手をするほど暇ではありません。今日はそろそろお暇しましょう」
各々が態勢を立て直して顔を上げたときにはもう、バルバーソの姿は消えていた。禍々しい気配もない。そこには力を持て余して石を遠くに投げるゴリラがいるだけだ。
「終わった……のか。生きてるのか、オレたち」
クローの呟きを機に団員たちがホッと安堵して座り込む中、ファヴがクローの荷物を漁り、魔力ポーションを追加で3本持って来た。
「ユノ、トルヴァルドを戻してくれ」
「ねぇもうポーション飲みたくないんだけどぉ!」
「アップルパイ食べさせてやる」
「この前食べれなかったやつ!」
以前このフリーランド領で、アップルパイを鳩のクリスティンに食べられたという事件があった。
誰も覚えていないような些細な事件かもしれないが、ネネユノにとっては忘れられない屈辱だ。食の恨みは永遠とはよく言ったものだと思う。
あのアップルパイのためならもう少しだけ頑張ってやってもいい。
ネネユノは鼻を摘まんで、新たなポーション3本を一気に飲み干した。もう口の中だけでなく鼻の奥も喉の奥も胃の中まで土とトカゲの味がする。
「……“戻れ”」
ポーション3本分の魔力で丁寧に唱えれば、青い光に包まれたトルヴァルドはすっかり元の姿にもどっていった。
トルヴァルドは自身の手足を目視でチェックし、伸びたり跳ねたりして状態を確かめてからネネユノに敬礼する。
「ありがとうございます。ようやく人心地がついたという感じです」
「その丁寧さが今となっては違和感」
「そうですか? ……さて、団長」
軽く首を傾げて見せてから、トルヴァルドはファヴへと向き直った。
「ダンジョンの攻略も終えましたし、我々は当初の任務を完了、帰還したいと思うのですが」
「ああ……それなんだが」
「えっ、ちょ、待って。おいファヴ!」
何か言いかけたファヴをクローが遮る。
クローは攻略完了の証として洞窟内に灯りを設置する作業を進めているようだが――。
「上の穴埋めちゃったじゃん? どうやって帰ンのよ、オレたち」
「どうせファヴのことだし、また緊急避難のスクロールとか持ってるんでしょ」
「ないぞ」
「え?」
「ない」
一難去ってまた一難である。
どうすんだよーと項垂れるクローと、信じらんないっと座り込むシャロン。槍使いも弓使いも苦笑しつつ足を投げ出して座っている。
あまり絶望的な空気にならないのは、彼らにとってこの程度は大した問題ではないということなのだろうか。
「一晩待ってもらえば体力も回復するんで、自分が壁をぶちやぶります!」
「ここにきて脳筋やめてよね」
「ではどうすると言うんだ、代案を準備してあるんだろうな?」
「隣国組さん、喧嘩はやめなー? ま、ちっとめんどくせえけどまた上に穴開けるかねぇ」
「あの高さまで8人浮かす魔力あるわけ?」
ああでもないこうでもない、といつものメンツが口論を始めた。
ネネユノはサーモンジャーキーをかじりつつ、おとなしくそれを眺めることに。代案など思いつかないし、全員を浮かべる魔法など使えないからだ。
ところが、ファヴは洞窟内をぐるっと見回した後でネネユノを抱えて歩き出した。びっくりしてジャーキーを取り落とすところだった。抱えるぞと先に一声ほしいものである。
「出口はこっちだ」
「自信満々だな」
「俺の故郷だからな」
はぁ? と言いたげな空気はひしひしと感じるも、誰も何も言わない。
ファヴはズンズン歩きながら首だけを後ろへ回し、トルヴァルドを呼んだ。
「俺たちはバルバーソを追う。トルヴァルドの隊についての判断は任せるが、トルヴァルドは――」
「追う、ですか」
珍しくトルヴァルドの声に困惑の色が混じる。
たった今、死闘を繰り広げたところなのだからそれもわかるが、為す術なく運ばれるだけのネネユノには選択権はないのだろう。
「アップルパイ忘れないで……」
絶対にアップルパイだけは死守しなければならない。絶対にだ。




