第8話【問題用務員と桜】
「ラストお!!」
「ぎゃあああああああちくしょう!!」
最後の卒業生の首を掻き切ってやると、悪態を吐きながらフッとその姿が掻き消える。学校外にある湖に強制ダイブとなったことだろう。
卒業式を執り行っていたはずの大講堂は、酷い状況を晒していた。壁や床は魔法によって焼け焦げたり凍りついていたりしており、窓ガラスは粉々に砕け散っている。出入り口は吹き飛ばされてぽっかりと大きな口を開けていた。これは修理が大変そうである。
追い出すべき卒業生がいなくなった大講堂は、シンと静まり返っていた。今まで動き回っていたユフィーリアの呼吸音のみが落ちる。割れた窓から差し込む陽光が、舞い散る砂埃を反射して煌めいていた。
ユフィーリアは「はあぁ」と疲れたように息を吐き、
「終わった……ようやく終わった……」
「お疲れ様、ユフィーリア」
「壇上からいいご身分だな」
「いいご身分だよ」
壇上から学院長のグローリアに労われ、ユフィーリアは嫌味で返す。
ほとんど卒業生と真っ向から戦ったのはユフィーリアである。他は支援ぐらいのもので、未成年組も援護はしてくれたが基本的に動き回っていたのはユフィーリアぐらいなものだ。あとは冥王第一補佐官ぐらいだろうか。彼は卒業生を冥府総督府に引き摺り込もうとして、息子から止められていたが。
頑張って追い出し式を完遂したのだから、もう少し労いの言葉とかあってもいいのではなかろうか。それか給料の増額である。それぐらいのご褒美がなければやっていけない。
すると、
「皆様〜、終わりましたか〜?」
「お、リリア」
のほほんとした明るい声が、荒れ果てた大講堂に響き渡る。
見れば、引き摺るには大きめの荷車をこともなげにコロコロと引っ張ってきた若き聖女様――リリアンティアがやってきた。大講堂のぽっかり開いた出入り口を見上げて「入り口が広くなりましたね」なんて見当違いなことを言う。
リリアンティアの役目は万が一に備えての治療要員だったのだが、今年は湖に強制転移という方式を採用したので怪我人が出ずに済んだ。今年の追い出し式に彼女の出番はなかったのである。
自分で育てた乳牛から取ってきたらしい牛乳の缶を荷車から下ろすリリアンティアは、
「お疲れ様です。身共が今朝搾ってきました牛乳をどうぞ!!」
「本当に牧場を作ったんだね……」
「こいつは本当にどこまで行くんだろうな」
「次は漁業とか言い出さないよね、畜産だけで済んでほしいんだけれど」
ニコニコ笑顔で牛乳を振る舞うリリアンティアから、とりあえず牛乳を受け取るグローリアとユフィーリア。仄かな甘みのある牛乳は飲みやすくて美味しい。疲れた身体に染み渡る美味しさだった。
「いやぁ、吹き飛ばされた吹き飛ばされた。姿勢制御の観点から要検討ッスねぇ」
「何でわたくしまでこんな目に遭うんですの……」
「あ、お帰り」
そこに、馬鹿な魔法兵器を開発したということで吹き飛ばされた副学院長のスカイと役に立たないという理由でショウに吹き飛ばされたルージュが戻ってきた。スカイはまだ体力はありそうだが、ルージュはヘロヘロに見えた。
疲れて戻ってきただろう2人にも、心優しいリリアンティアはニコニコ笑顔で牛乳を振る舞った。こんな役に立たなかった阿呆にも振る舞ってやるとは偉い子である。
牛乳を一気飲みで消費したスカイは「そういえば」と口を開く。
「ここまで戻ってくる際、何か凄え綺麗な景色を見たんスよ」
「どこまで飛ばされたんだよ、副学院長」
「いやいや、そんな遠くまで飛ばされてないッスよ。こっち戻ってくる時だったから」
スカイが「そうだそうだ」と納得したように頷き、
「湖の近くだったな、あれ。何なんスかね」
ユフィーリアたちは互いに顔を見合わせる。
湖といえば、卒業生の強制ダイブ先である。綺麗な景色とは何のことを示しているのだろうか。
もしかして、この倫理観が死んだ副学院長は卒業生の溺死体を『綺麗な景色』と宣ったのだろうか。もしそうなら大問題である。
「ちょっと様子を見に行かないとまずいね」
「そうだな。死んでたら一大事だし」
卒業生を追い出した側としては卒業生に何かあったら問題になるので、とりあえず様子を見に行こうということでユフィーリアたちの意見は一致した。
☆
桜が咲いていた。
「は――――?」
それは果たして、誰の声だっただろうか。
ヴァラール魔法学院の正面玄関から見える雄大な大自然の光景に、奇跡のような景色が混ざり込んでいたのだ。それは夢か幻かと思わせるが、頬に触れた暖かな春風が運んできた桃色の花弁が現実であることを突きつけてくる。
広大な湖から、数え切れないほどの桜の木が伸びていたのだ。水面に根を下ろして咲く桜の数は実に1000を超えており、雨の如く降り注ぐ桃色の花弁が風に乗ってヴァラール魔法学院にまで到達する。
水面に咲く桜の下で、湖に叩き落としたはずの卒業生が全身をずぶ濡れにしながらも、何故か水面に立っていた。おそらく魔法で水面に立っているのだ。
「グローリア・イーストエンド学院長!!」
その声は、遠く離れた湖の位置からでもちゃんとヴァラール魔法学院にまで届く。
「『あらゆる人間に魔法を学ぶ機会を』という志のもと、ヴァラール魔法学院を開校した偉大なる魔法使いを、我々卒業生は尊敬しておりました!! どうか未来永劫、誰でも魔法を学ぶ機会となるこの学院を牽引してほしいです!!」
おそらく拡声魔法を使っているのだろう。その言葉は唖然と立ち尽くすグローリアの耳まで届く。
「スカイ・エルクラシス副学院長!!」
「魔法工学界の発展に尽力し、数々の発明品を世に送り出してきた天才発明家の元で学ぶことが出来たことを誇りに思います!!」
「ルージュ・ロックハート先生!!」
「魔法の基礎となる魔導書解読学の授業を、厳しくも丁寧に教えてくれてありがとうございます!! 記憶力に優れ、魔導書図書館の蔵書数を覚えていらっしゃるその姿勢を尊敬いたします!!」
「八雲夕凪翁!!」
「我々の学院生活を安全にするべく、日夜結界を展開してくれてありがとうございます!! おかげで何事もなく無事に卒業式を迎えることが出来ました!!」
「リリアンティア・ブリッツオール先生!!」
「保健医として色々とご迷惑をおかけしました!! この通り、我々はピンピンしておりますのでご心配なさらず!!」
次々に卒業生から飛んでくる、ヴァラール魔法学院の教職員たちに向けた感謝の言葉。
まさかこんな言葉が飛んでくるとは思いもよらず、周りは戸惑うばかりである。ただ、その感謝の言葉は確かに全員の心を揺り動かすのに最適で、誰も彼も涙ぐんでいた。
そして最後に、
「主任用務員、ユフィーリア・エイクトベル!!」
「ふぁ!?」
いきなり名前を呼ばれ、ユフィーリアは飛び上がる。
「日々の問題行動は、我々卒業生の生活に多くの刺激をもたらし、逆に魔法の研究や勉強が捗りました!! それだけではなく、貴殿の魔法の腕前には見習うべき箇所が多く、密かに貴殿の背中を追いかけていた生徒も少なからず存在します!! また、数々の進路を提示してくれる面倒見の良さに救われました!! 貴女が学院にいてくれて、問題児であってくれてよかったです!!」
問題児だから生徒や教職員から疎まれていると思っていた。顔を合わせれば「げ」とか言われることも多かったので、罵詈雑言でも飛んでくるかと身構えていたのだ。
でもそうではなかった。ユフィーリアの生き様は、卒業生たちに多くの影響を与えていたのだ。悪い影響もあったかもしれないが、彼らの表情を見る限りではそう感じるようなものはなさそうである。
卒業生たちはヴァラール魔法学院の方へと向き直り、
「「「「「6年間、お世話になりました!!!!」」」」」
そう言って、制服であるローブを取り払うと一斉に晴れ渡った空めがけてぶん投げた。
桜の花弁と一緒になって舞うローブ。湖に落ちるローブは水を吸って沈んでいくが、卒業生たちは拾う気配がない。もう戻ってくる気はサラサラないのだろう。
いきなりの展開についていけず、ユフィーリアたちは涙ぐむ。
「何だよぉ、何でこんなイベントが待ってるんだよぉ」
「涙で前が見えない」
「ボクの視界は死んだ。何も見えん」
「現在視の魔眼持ちが聞いて呆れるんですのぐすん」
「君も泣いている訳だが、アバズレ」
「おーいおいおいおい、最後に泣かせにくるんじゃねえのじゃああ!!」
「ふえええ、皆さんが身共よりもおっきくなってか、感激です!!」
滅多なことでは涙を見せない七魔法王も、これにはさすがに涙を禁じ得なかった。こんな最高の別れをされたら涙も出るに決まっている。
一体どうして、誰がこんなことを計画したのだろうか。ユフィーリアたち七魔法王を泣かせる為だったら大成功である。
――というか、こんな悪戯を思いつくのは1人しかいない。
「ショウ坊、まさかお前か?」
涙を拭いながらユフィーリアが問いかけると、最愛の嫁であるショウはにっこりと笑うとこう告げた。
「さぷらーいず☆」
《登場人物から一言》
【リリアンティア】皆様、ヴァラール魔法学院での生活はいかがでしたか? 身共もたくさん楽しいことがあり、充実した1年間を過ごすことが出来ました。来年度も楽しく過ごすことが出来れば……あ、次は田んぼを作りたいです! おこめ! おこめ! お米を食べるのですよ!!




