第120章第7話【問題用務員と冥府からの使者】
ルージュが吹き飛ばされると同時に、それはやってきた。
「こんにちは、お父さんな訳だが」
「ぐぶ、ぶぶぶ」
「こちらは私のお供だ。『やあ、卒業おめでとう』と言っている訳だが」
「ぶぅ」
魔力駆動式戦車によって破壊された大講堂の出入り口を潜り抜け、明るい挨拶と共に卒業式の現場へ足を踏み入れたのは髑髏のお面を頭に乗せた長身痩躯の男である。
爽やかな笑顔とは対照的に、その手に握られているのはボロ雑巾のようになった八雲夕凪であった。一体彼は何をしでかしたのだろう、とあらぬ邪推をしてしまう。毛皮は無惨に引き抜かれている箇所が目立ち、顔は腫れ上がって青痰がたくさん作られていた。尻尾も無理やり引っ張られた痕跡があり、見事にボロボロである。
そんな八雲夕凪の首に純白の鎖、冥府天縛を巻きつけてお散歩するようにズルズルと引き摺るその男は、冥王第一補佐官のアズマ・キクガだった。インテリヤクザのご降臨である。
「…………地獄の縮図か?」
「純粋に卒業のお祝いに来た訳だが。あと毎年恒例の追い出し式にも冥府を代表して参加することになっている訳だが」
戦闘を中断して問いかけたユフィーリアに、キクガは平然とそんな内容の回答を口にする。
雰囲気がまるで卒業をお祝いに来たものではない。何というか、今すぐにでも追い出し式でえらい目に遭わせてやろうと思っているような感じだ。本格的に人死にが出るのではないかとヒヤヒヤしてしまう。
まあ、キクガのことである。たとえインテリヤクザと影で囁かれていても、卒業生の首根っこを掴んで冥府に連行するような真似はしないはずだ。未来ある若者をそんな拉致紛いなことで連れて行かないだろう。
と、思っていたのだが、
「さて、では」
八雲夕凪の首を戒める純白の鎖とは別の鎖が、何本もキクガの腕にじゃらじゃらと巻き付いた。一体どこから出てきたのか不明だが、数え切れないぐらいの鎖がキクガの腕を覆い隠さんとばかりに絡みついていく。
嫌な予感が拭えなかった。彼が浮かべている爽やかさ満点の笑顔も、そこはかとなく漂う嫌な空気を後押ししていた。
まさかと口元を引き攣らせるユフィーリアをよそに、キクガは笑顔を浮かべたまま言う。
「追い出し式、もとい冥府総督府へいらっしゃい作戦を決行」
「しません!! ショウ坊、ハル、親父さんにしがみつけ!!」
「了解だ、ユフィーリア」
「あいあい!!」
ユフィーリアの命令を受けたショウとハルアが、キクガの細い腰に抱きついた。父親の所業を止めようと未成年組が2人がかりでズルズルと卒業生たちから距離を取らせる。
細い腰に未成年組の2人をしがみつかせたキクガは、何やら微笑ましげな様子で「おやおやおや?」なんて言っていた。子供がじゃれついてきたとでも思っているのだろう。瞳に映る感情は優しげである。
ユフィーリアは卒業生たちに振り返り、
「お前ら、今すぐ抵抗しないと何人か冥府総督府に強制就職させられるぞ!! 気張れ!!」
「自ら望んで獄卒になるんだったらまだしも、まだ生きていたい!!」
「勘弁してくれ!!」
「現世の方が楽しいのよ!!」
卒業生たちはユフィーリアに言われるがまま抵抗を選んだ。まだ生きていたいのは彼らも同じなようだった。
キクガめがけて、卒業生たちは魔法を放つ。属性魔法に閃光を炸裂させる目眩しの魔法、中には本気で抵抗する目的で爆発魔法や地震を発生させる魔法まで使用していた。それら全ての魔法は最前線で戦うユフィーリアを飛び越し、キクガを狙って飛んでいく。
未成年組は魔法が放たれた時点で退避しており、魔法の雨霰の餌食になったのはキクガだけだ。――あ、忘れていたが彼の足元には八雲夕凪もまだいた。あれはどうするつもりだろうか。
キクガは自分を狙う数多の魔法を見上げて、
「コンコンバリアー」
「ぐへええええほげええええ!?!!」
純白の鎖を引っ張って八雲夕凪を無理やり立たせると、気絶しかけていた真っ白な狐を肉壁にした。
キクガめがけて飛んでいった魔法たちは、どうやら追尾性を持たせる魔法を織り込まなかった様子である。キクガが立っていた場所に割り込むようにやってきた八雲夕凪に全ての魔法がぶち当たる。
容赦なく魔法でボコボコにされる八雲夕凪。炎の魔法で焼かれ、水の魔法によって濡れ、風の魔法によって自慢の毛皮はバサバサに乱され、土の魔法で泥だらけになり、雷に打たれて、岩が腹にぶち当たり、閃光魔法で目眩しをされ、音響魔法で聴覚をぶっ壊される寸前までいじめられた。単純に可哀想であった。
「親父さん、何て極悪なことを」
「はて?」
ユフィーリアが戦慄の表情で言うと、キクガは不思議そうに赤い瞳を瞬かせた。
「肉壁を肉壁として使用して何が悪いのかね?」
「そもそも八雲の爺さんを肉壁にする経緯を知りてえんだけど、教えてくれるか?」
「追い出し式の参加を渋ったからな訳だが」
「肉壁は妥当な判断だったな」
ユフィーリアはキリッとした表情で納得したように頷いてみせた。
この狐野郎、問題児が頑張って卒業生を追い出していると言うのに、1人だけぬくぬくと安全地帯で控えているとは許せない。役立たずに終わってしまったが副学院長と変態魔女――もといルージュまで追い出し式へ正式に参加したのだ。ちゃんと働いてもらわねば困る。
キクガの回答を得て、未成年組の冷ややかな視線がボコボコにされた八雲夕凪に突き刺さる。未だなおユフィーリアが展開した防衛魔法の維持に貢献してくれているアイゼルネも、戦車をどうにか起こそうとしていたエドワードも、壇上で卒業生を強制転移させていたグローリアも、氷の如く冷たい眼差しを送っていた。
冷たい空気が支配する大講堂の中、動いたのは未成年組の2人である。
「父さん、父さん。この狐さんを自由にしてあげてほしい」
「何故かね?」
「大丈夫だ、俺に策がある」
ショウは父親のキクガにおねだりする。キクガは不思議そうに首を傾げたが、可愛い息子のお願いとあっては聞かない訳にはいかないのだろう。八雲夕凪の首に括り付けられていた純白の鎖がひとりでに解ける。
首を戒めるものがなくなった途端、八雲夕凪はズタボロの状態でもなお機敏に動き始めた。飛び跳ねるようにして起き上がると、タッタカと大講堂の出入り口めがけて走っていく。そのまま脱走するつもりか。
しかし、八雲夕凪の脱走は出入り口寸前でずるりと大量に生えてきた炎腕によって阻止される。両足を何本もの炎腕に掴まれたことで、八雲夕凪は大講堂の床に顔面から叩きつけられる羽目になった。「うごおおおおお」という痛々しい悲鳴が聞こえてくる。
「どこに行くんですか、肉壁。ちゃんと役目を果たしてください」
「ま、まだ、まだやるのかえ……もう解放してくれてもいいじゃろ……」
「ユフィーリアだけを働かせるおつもりですか?」
ショウは大講堂の床にうつ伏せで寝転ぶ八雲夕凪の後頭部を鷲掴みにし、
「出入り口を塞いでください。外側からは簡単に入れるように、内側からは絶対に外へ出られないように結界を展開してください」
「何じゃ、その注文……」
「出来ないならそのボロ雑巾みたいになった白い毛皮を引き抜きまくります。いらないですよね、その汚え毛皮」
「止めるのじゃぁ!! こんなの老人いじめじゃぁ!!」
「うるさいサボり魔」
きゃんきゃんと吠える八雲夕凪に容赦なく命じるショウ。その凄みは父親にそっくりであった。
これはどれほど訴えても無駄だと八雲夕凪も判断したようで、仕方なしに八雲夕凪は右手を掲げた。ぽっかりと大穴が開いていた大講堂の出入り口を覆うように半透明な壁が出現する。
結界がしっかり展開されたことを確認したショウは、
「さあ、これで逃げられなくなりましたねっ☆」
「地獄だ!!」
「何してくれてんだ、この小悪魔メイド!?」
「あ〜〜卒業生たちの絶叫ほど気持ちのいいものはないですねぇ〜〜!!」
ぶーぶーと文句を垂れる卒業生たちに、ショウは恍惚の笑みを見せた。実に楽しそうである。
「…………おたくの息子さん、本当に似てきましたね」
「ショウ……立派になって……!!」
「涙ぐんでるよ、こいつ」
息子の逞しい成長っぷりに涙を流して喜ぶキクガの隣で、ユフィーリアは苦笑するのだった。
《登場人物から一言》
【八雲夕凪】皆の者、ヴァラール魔法学院での1年間はどうだったかのう? 何じゃ、儂がまともだといけないのか? 儂は元よりこういう性格じゃ。他がやけにクセツヨじゃから猫ならぬ狐を被っておったまでよ。ほほほ、またヴァラール魔法学院に遊びに来てくれると嬉しいぞい。




