第6話【問題用務員と魔法裁判】
未成年組が野に解き放たれたことで、大講堂はさらに混乱を極めた。
「これ動かないかなぁ」
「動かしてもいいが、操作は難しいと思うぞ」
ショウとハルアの興味は、ひっくり返った魔力駆動式の戦車に注がれていた。重厚な装甲は凹みや傷が刻まれているものの、起こせば普通に発進できそうな気配がある。
ただ、あの魔力駆動式の戦車を起こして未成年組が乗り込んだとして、果たしてユフィーリアや生徒は無事で済むだろうか。ユフィーリアは切った相手を強制転移させる装備品を装着しているので、いくら切っても相手は死なずに学校外の湖に叩き込まれるだけだが、他はそうはいくまい。
いつ暴れ出すか分からん未成年組が何かをしでかさないかとヒヤヒヤしながら注視していると、
「そこまでですの!!」
大講堂の扉を勢いよく開け放って飛び込んできたのは、真っ赤なドレスを身につけた全体的に目立つ色合いの魔女――ルージュ・ロックハートである。歩けばその姿は気品漂う気高い薔薇、語れば知性を感じさせる淑女だが、調理場に立たせればたちまち周囲を毒殺しかねる必殺料理人になるという阿呆である。
まさか今頃になって何をしに来たのかと思えば、彼女の頭には四角形の帽子が乗せられていた。それだけではなく、真っ赤なドレスの上から何やら濃紺のローブまで羽織っている。随所に金糸で刺繍が施されており、その煌びやかな糸が象徴するのは善悪を分つ天秤だ。
魔法裁判官として、ルージュは大講堂に参戦してきたらしい。なるほど、七魔法王が第三席【世界法律】を司るだけある。
「卒業生の皆さん、貴方がたのやっていることは不法占拠と何ら変わりませんの。即刻当校から卒業するんですの!!」
「凄いや、ハルさん。異世界の裁判官ってあんなこと言うんだな」
「魔法裁判官って武闘派な人が多いよね。魔法で罪人を雁字搦めに締め上げてから法律に則り裁くってユーリから教えてもらったよ」
「格好いいんだか血の気が多いんだか」
「そこのお子様たちはお黙りなさいですの!!!!」
血の気が多いとか言われて、ルージュは顔を真っ赤にしながら反論していた。残念だが、言い得て妙だとは口が裂けても言葉に出来なかったが。
「ルージュ先生、我々は不法占拠をしようとしておりません!!」
「まだ学びたいことがあるんです!!」
「だから不法占拠ではありません、卒業したくないだけです!!」
卒業生から次々と訴えが飛んでくるが、魔法裁判官ひいては第三席【世界法律】としてこの場に立っているルージュはツンと澄まし顔で一般人のもの訴えを聞き流している。
「知りませんの。卒業を迎えたのだから卒業する、それが規則ですの。つべこべ言わずにとっとと卒業証書を受け取って出ていくんですの!!」
そう言うと、ルージュが取り出したのは古びた羊皮紙だった。巻きぐせがしっかりついている黄ばんだ羊皮紙を広げると、
「罪状、不法占拠。刑罰として退去を強制執行するんですの」
黄ばんだ羊皮紙の表面が淡い赤色に光る。
卒業生たち数名の足元に、赤い光を放つ複雑な模様を描いた魔法陣が出現した。煌々と輝くそれはどれほど移動しても足にピッタリと吸い付くようにして離れず、まるで影の如く追いかけてくる。
泣きそうな表情の卒業生たちを無視して、世界最高峰の魔法裁判官であるルージュは刑罰を執行した。黄ばんだ羊皮紙から視線を外し、彼女が右手を掲げる。その手にはいつのまにか、古びた木槌が握られていた。
「〈展開・魔法裁判〉――罪状を不法占拠に固定、強制退去を執行するんですの!!」
ルージュが木槌を二度ほど振り下ろすと、何も叩くものはないはずなのにカンカンという乾いた音がやけに大きく大講堂に響き渡った。
すると、罪人として指定されてしまった生徒たちが忽然と姿を消す。ユフィーリアのように行き先が判明している訳ではないので、魔法によって強制退去をさせられてしまった仲間たちの行く末を案じてまだ残る卒業生たちは不安げな表情を見せた。
ユフィーリアも「え、あいつらどこ行ったん?」と思わず口から言葉が漏れてしまった。それを聞いた卒業生たちがますます顔を強張らせた。だって知らされていない方法での転移魔法だから、問題児本人も戸惑いが隠せない。
ルージュの所業を離れたところから観察していた未成年組の2人が、コソコソとした雰囲気を醸し出しながらもでっかい声で言う。
「ルージュ先生、卒業生を殺しちゃっただろうか」
「殺人系裁判官だね!!」
「殺していませんの!!」
ルージュはショウとハルアを睨みつけると、
「打ち合わせ通り、学校外の湖に転移しておりますの!!」
「じゃあその、ユフィーリアの足元に落ちているそれは一体何ですか?」
「え?」
ショウが指摘してきたので、ユフィーリアはつられて視線を足元にやる。同時にルージュもユフィーリアの足元に視線をやった。
布の塊があった。
見覚えのあるものだと思ったら、生徒が身につけていた制服である。ローブだけではなくズボンやシャツまでもが落ちており、中身だけがそのまま消失していた。
そして、ついでに言えば。
制服に紛れるようにして、派手な色の下着までもが転がっていた。
「なるほど、魔法裁判官様。つまり」
ショウがポンと手を叩き、
「罪状は不法占拠ではなく、公然わいせつ罪にジョブチェンジしたと。これで優秀な卒業生ではなく、変態卒業生に鞍替えですね」
「何してんだお前」
「こんなはずではありませんでしたの!!」
ショウに事実を淡々と指摘され、ルージュは金切り声で叫ぶ。
「だって1年ぶりでしたの!!」
「お前、変な手料理を作りすぎた上で食い過ぎたんじゃねえの。魔法の腕が下手くそになってるぞ」
「黙らっしゃい!! そんなはずはありませんの!!」
ルージュはキャンキャンと騒ぐが、そう思わざるを得ないぐらいに魔法の腕前が下手くそになっているような気がするのだ。転移魔法に於いて服だけ残して身体だけ転移させる方が遥かに難しいのに、どうしてそっち方面に間違えてしまうのか。
おそらく十中八九、自分の手料理が何らかの呪いとして作用しているのだろう。変なものばかり食べるからこうなるのだ。
大講堂の壇上で白い魔導書を広げるグローリアは、悲しげな表情を見せて言う。
「ルージュちゃん、さすがに魔法の腕前がそれ以上に落ちるなら七魔法王をクビにせざるを得ないんだけれど」
「どうしてそうなるんですの!?」
「嫌なら魔法の腕前を鍛え直してきなよ。さすがに魔法裁判官を名乗っておきながら生徒に変態の汚名を着せるような魔女はいらないから」
問題児と名乗って生徒を全裸で放り出せば、その罪は問題児に向かうだけである。だが魔法裁判官を名乗っておきながら強制退去を命じて転移魔法を使用し、それを失敗させるのは恥でしかない。七魔法王もクビ待ったなしである。
ルージュは「ちゃんと座標計算を怠りませんの……」と唇を尖らせながら言う。さすがに魔法の腕前が落ちたとか指摘されてしょげている様子だった。
すると、
「服が脱げるだと? 問題なァーい!!」
「我々はすでに素晴らしい衣装を着ている!!」
「そう――『筋肉』という名の素晴らしい鎧だ!!」
何か阿呆な声が聞こえてきたと思ったら、バサバサと数枚の制服が宙を舞った。
何かと思って振り返ると、ユフィーリアの視界が肌色で埋め尽くされた。この春先で肌を見せれば少しばかり寒さを感じずにはいられないだろうに、筋という筋に汗が滲んでいるような気配さえあった。
筋骨隆々の肉体を持つ数名の男子生徒が、下着1枚という変態的な姿となってユフィーリアの前に立ちはだかっていた。しかも普通の下着ではない。ブーメランパンツであった。見たくねえもんを見たような気がする。
変態たちの出現に固まるユフィーリアだが、対照的にルージュからは悲鳴にも似た歓声が迸った。
「ですのおおおおおおおお!?」
「うわ、鼻血が」
「あれ、エドが同じことしたら同じように鼻血を吹き出すかな!?」
「そんな変態にエドさんがなったら、後輩である俺たちが引っ叩いてでも止めなきゃいけない。先輩の尊厳は守らなければ」
「その前にやらないからぁ」
心外な、と言わんばかりに抗議するエドワード。
筋肉大好きなルージュは筋骨隆々とした男子生徒たちを舐めるように観察していた。その気配を感じ取ったのか、男子生徒たちは嬉しそうに己が肉体美を披露する。変態と変態が合致しちゃった。
視界を圧迫する筋肉の暴力に、ユフィーリアは白目を剥きかけた。これは見ているだけで暑苦しい。視界圧迫罪で死罪にでもならないかと思ってしまう。
「はあー……」
壇上のグローリアがわざとらしいため息を吐いて、
「分かった、じゃあ燃やすね。行き先は湖だからついでに頭も冷やしなよ」
「ぎゃああああ熱い!!」
「本当に燃やす学院長があるかぁ!?」
下着姿を披露する生徒たちの尻に魔法で火をつけたグローリアは、慣れたように転移魔法を展開して筋骨隆々とした生徒たちを転移した。行き先である湖に落ちれば、すぐに火は消えるだろう。火傷しそうだが、それぐらいがちょうどいい。
グローリアは次いで、ルージュに視線を向けた。
あからさまに肩を跳ねさせるルージュ。自分が悪いと感じている証左だった。
「ショウ君、ルージュちゃんを吹っ飛ばして」
「はい」
「ちょ、待つんですの待ってぐへあ!?!!」
グローリアに命じられたショウによる冥砲ルナ・フェルノ式交通事故の刑を喰らい、ルージュは大講堂の窓ガラスを突き破って学校外に飛んでいった。
《登場人物より一言》
【キクガ】ヴァラール魔法学院での生活はどうだったかね? 私は冥府総督府に勤務していたが、たびたび遊びに来ることが出来てよかった訳だが。息子の成長も見れたので万々歳だ。ふむ、私が冥王第一補佐官になった経緯が知りたいと? それはまたおいおい、な訳だが。




