第120章第5話【問題用務員とヴァルキュリア】
「ザックがやられた!!」
「諦めるな、使える魔法は何でも使え!!」
「まずい魔力欠乏症になりそう!!」
「気合いで踏ん張れ!!」
生徒たちがぎゃーすかと騒ぎ立てるのを聞きながら、ユフィーリアは銀製の鋏を生徒めがけて振る。
その細い首に鋏の刃が通過したと思ったら、首が落ちる訳ではなく忽然と姿を消すだけだ。行き先は学校外にある湖である。今回はどれだけ鋏を振ったところで死ぬ訳ではないので気楽なものだ。
ユフィーリアは心底楽しそうな表情で、目の前の人物に鋏の先端を突きつける。
「よう、アリオ。疲れてきてるんじゃねえのか」
「ば、馬鹿言え、この程度で……!!」
同じく銀製の鋏をかろうじて握りしめる、顔全体に脂汗が浮かぶ銀髪碧眼の魔女――ユフィーリアの姿を真似たアリオが肩で息をしながら応じる。
戦闘特化型の魔法使い一族に生まれたからこそ身体能力に優れたユフィーリアを真似するには、まあよくやった方だと思う。自らの身体能力に加えてユフィーリアの動きにより近づける為に身体能力増強魔法まで使ってきたのだ。つい数十秒前までは演技をする余裕すらあったが、身体能力増強魔法の反動が出てきて身体が悲鳴を上げていることだろう。筋を痛めていなければいいが。
しかも、あれだけ大量にいた演劇同好会によるユフィーリア真似っこ集団は崩壊し、現在ではアリオが扮するユフィーリアただ1人になってしまった。一騎打ちである。燃える展開である。
「いい加減に諦めたらどうだ?」
「『諦める』など、俺の辞書にはない!!」
「演技できてねえぞ」
「『誰が諦めるか!!』」
「アタシそんなこと言うかなぁ」
アリオの中で果たしてユフィーリア・エイクトベルという魔女はどんな姿をしているのか不明だが、やや勇ましく感じるのだ。例えるなら魔女ではなく女勇者といったところか。
常日頃から『楽しい』か『楽しくない』かで物事を判断しがちな自由人が、勇者の真似事が出来るかどうか分からない。というか絶対に出来ないと思う。面白半分で敵に回りそうだ。
ユフィーリアに変身したアリオは「それに」とニヤリと笑い、
「悪いが、こちらもタダで負ける訳にはいかない。この日の為にとっておきを用意したという同級生がいてな」
「ほーう、まだ隠しダネがあるってか。どこの授業を専攻してるんだ?」
「魔法工学」
「げ」
ユフィーリアは顔を顰めた。
魔法工学とは、あの魔法工学だろうか。魔法工学の教えを授ける教員側を筆頭に、全体的に頭の螺子がぶっ飛んだ馬鹿野郎しかいない連中である。当然、生徒たちの何十名かは今回で卒業する予定となっていた。
奴らが用意する隠しダネなんて碌なものではない。これは早々に潰した方がよさそうだ。早めに潰しておかなければこちらの命に関わる。
本気で他人の命を奪いかねないテロリスト予備軍どもを早めに追い出そうと決めたその時、背後からきゅらきゅらきゅらきゅらという謎の音が聞こえてきた。
「あん?」
ユフィーリアは反射的に音の方向へ振り向いた。
その直後、大講堂の入り口が吹き飛んだ。誓って言うが、問題児が地雷を仕掛けた訳ではない。多分、頭のおかしな連中が吹き飛ばしたのだ。
もうもうと立ち込める砂煙を引き裂くように、黒々とした砲身が突き出てきた。続いて人間ならば簡単に踏み潰せそうな立派な履帯、そして頑丈な箱を重ねたような見た目の車体が姿を現す。
どこからどう見ても戦車です、本当に馬鹿野郎どもでした。学生が作っていい範疇を超えている。
『問題児いいいいいいいいいいいいい!!!!』
戦車に取り付けられたスピーカーらしき部品から、生徒らしい声が轟く。
『この日の為に魔力駆動式戦車を用意したぞおおおおおおお!!』
「馬鹿しかいねえのか、魔法工学を専攻する生徒って」
「それは同感だな。あれ、俺たちにも被害が及びそうなのだが」
アリオも顔を青褪めさせている。まさか戦車を出してくるとは、彼も知らされていなかったようだ。
あれでは追い出し式初の生徒側大勝利ではなく、敵も味方も全滅という最悪の未来が到来する。自爆特攻にしては手が込みすぎていた。本当に馬鹿しかいないと呆れたくなる。
ユフィーリアは深々とため息を吐き、
「エド」
「はいよぉ」
「未成年組を解放しろ。相手が頭の螺子を吹っ飛ばしてるなら、こっちも対抗するまでだ」
エドワードにそう命じると、防衛魔法の後ろで大人しくしていた巨漢の相棒は両脇に抱えていた未成年組を黙って解放した。
自由を得たショウとハルアの狙いはすでに定まっていた。きゅらきゅらきゅらきゅらと履帯で大講堂の床上を移動する魔力駆動式戦車である。彼らの瞳は新しい玩具を与えられた子供の如くキラキラと輝いていた。
今まで彼らを拘束していたのは、この為である。絶対に生徒の何名かは頭の螺子を吹き飛ばした阿呆な攻撃を仕掛けてくるので、こちらも手加減なしで相手をぶちのめしてくれる未成年組という切り札を温存しておいたのだ。
その結果はすぐに得られた。
「交通事故だ、どーん!!」
「気をつけな、ばーろー!!」
ショウが召喚した冥砲ルナ・フェルノが、戦車の横っ腹に突撃した。
月の天体と同様の質量を持つと言われている歪んだ三日月型の魔弓による体当たりを受け、吹き飛ばない戦車はいない。哀れ玩具の如くひっくり返ってしまった戦車から、生徒たちが非常脱出口らしい場所を這いずって出てくる。
出てきたところで、ハルアが狂気の笑顔で待ち構えていた。その手には金色に光り輝く剣が握られている。脅しをかけるように生徒たちの眼前に突きつけたそれを、天高く彼は掲げた。
「エクスカリバー!!」
「ぎゃああああああ!!」
「ちくしょー!!」
ゴバッと放出された光の奔流に吹き飛ばされ、戦車に乗っていた生徒たちは忽然と姿を消した。彼らももれなく攻撃すれば相手を強制転移させることが出来る装備を用意済みである。
卒業生側の切り札である戦車も使い物にならなくなり、生徒たちは唖然としていた。残念だが、上には上がいるのだ。
――と、思っていたのだが、どうやら学院側にも馬鹿はいたようだ。
「ひゃっはー!!」
大講堂の窓ガラスが叩き割られる。
巨大な鳥が乱入してきたのかと思ったら、それは副学院長のスカイ・エルクラシスだった。真っ黒な厚ぼったいローブを広げ、びゅんびゅんと自由自在に大講堂の上空を飛んでいる。浮遊魔法でも使っているのかと思えば、彼の背中には鋼鉄の翼のようなものが存在していた。
青色の光を放ちながら物凄い速度で大講堂を舞う副学院長の姿は、ある種の巨大な怪鳥である。次に想像できる展開は、あそこから爆発魔法とか色々な魔法が雨霰の如く降り注ぐ未来だ。こいつも敵味方の破滅を望んでいるのか。
頭を抱えたグローリアが、大講堂を飛び回るスカイに拡声魔法を使って叫ぶ。
「スカイ!! そんなものをまさか授業予算で作ったんじゃないよね!?」
「まさか。これはレティシア王国の軍隊に卸す為の魔法兵器ッスよ」
スカイは鋼鉄の翼を器用に使って大講堂の天井付近に滞空すると、
「その名も『自動戦闘機構ヴァルキュリア』ッス。ここから広範囲で爆発魔法を中心とした魔法をばら撒けるッスよ!!」
さあ、その実力を披露しようと思ったその矢先。
不可思議なものを見れば真っ先に飛びつく危険人物が、野に放たれていることをユフィーリアはふと思い出した。
未成年組という連中である。
「ヴァジュラストライク!!!!」
ハルアがぶん投げた史上最強と名高い神造兵器『ヴァジュラ』が、スカイを吹き飛ばした。
大講堂の天井を突き破って、晴れ渡った空に消えていく副学院長。キランと彼方が一瞬だけ輝き、スカイのいい笑顔を浮かべた幻覚が見えた気がした。
ユフィーリアは改めてアリオに向き直ると、
「すぐに動かねえと死ぬぞ」
「ぎゃああああ卑怯な!!」
今までの健闘を讃え、アリオの首を一刀で断ち切ってやったユフィーリアは呪詛を吐き捨てて消える演劇同好会の座長を笑い飛ばしてやるのだった。
《登場人物から一言》
【ルージュ】皆さん、ヴァラール魔法学院では楽しく過ごせましたの? こちらとしましても楽しく過ごせましたの。来年度も楽しく過ごしていただけますと嬉しいですの。え? 変態はご遠慮願うって何なんですの。わたくしは変態ではありませんの何をおっしゃっているんですの。じゃあ変な料理をってそんなものを作った記憶は、ちょ、ユフィーリアさん何をするんですの離すんですのはーなーしーなーさーいー!!




