第120章第4話【異世界少年と時空間操作魔法】
よりにもよって演劇同好会が変身したのは、愛すべき旦那様の姿であった。
「何と不敬なことを!! ユフィーリアの美しさを紛いもので表現するとは烏滸がましい、その脳味噌ごと焼き払ってやる!!!!」
「ユーリジャンキーは大人しくしてなぁ」
「むきーッ!!!!」
ジタバタジタバタとショウはエドワードの腕の中で暴れる。
どれほど暴れてもびくともしない先輩の頑丈さは大変羨ましい限りではあるし頼もしいばかりだが、今だけは解放してほしかった。今すぐにあの不敬な演劇同好会を名乗る馬鹿野郎どもを灰燼に帰してやらねばショウの気が済まなかった。
お腹をぐるりと固定され、お荷物のように抱えられているのはまさに屈辱的である。ショウは冥砲ルナ・フェルノだけでも攻撃させられるのだが、びゅんびゅんと飛び回ってこそなのでこうして暴れているだけでも十分に大人しくしているつもりだ。
抵抗することにも疲れてきたショウは、くたりとエドワードの腕に拘束された状態で全身を弛緩させる。そして、
「ぴえ〜〜!! エドしゃんがいぢめる〜〜!!」
「いぢめる〜〜!!」
「いじめてないでしょぉ」
ハルアと2人がかりで嘘泣きを披露し、エドワードを困らせてやる作戦に方向転換した。案の定、弟みたいに可愛がっている後輩たちによる嘘泣きは心に堪えるのか、エドワードはあからさまに慌て始めた。
この調子でいけば解放の時も早いかもしれない。エドワードという拘束を振り解くことが出来れば、卒業生の追い出し式に参戦して数多くの武勲を立てることが可能だ。
ぴえんぴえんと嘘泣きをするショウとハルアに、エドワードが「じゃあ」と言う。
「解放したら何をするか言ってごらん?」
「え、それはもちろん」
嘘泣きを一時中断して、ショウとハルアは口を揃えて答えた。
「『焼き払え』ってする」
「消し飛ばすよね!!」
「ふざけてンじゃねェぞ」
ドスの効いた声が返ってきてしまった。
「ぴえ〜〜!! ドスの効いた声だったよ〜〜!!」
「やっぱりいぢめる〜〜!!」
「手加減を覚えられないお子ちゃまを解放する訳にはいきません」
今度こそエドワードは慌ててくれなかった。これが嘘泣きだとバレてしまったからには、もう作戦として通用しなくなってしまった。
嘘泣きが通用しないと判断したショウは、早々に嘘泣きという演技を辞めて大人しくすることにした。ハルアも同様に「ぶらーんこ!!」なんてエドワードに荷物の如く小脇に抱えられた状態で、身体を前後に揺らして遊んでいる。楽しそうで何よりだ。
追い出し式の方はユフィーリアの圧勝である。流星群の如く襲いくる数々の魔法を踊るように回避し、立ち尽くす生徒に肉薄してはその首を刎ね飛ばす。銀色の軌跡を描く鋏で首を断ち切られたかと思えば、無様な死に姿を晒すのではなく忽然と姿を消して湖ダイブだ。これは余裕で勝てる。
もはや対等な戦いではなく一方的な蹂躙を前に、ショウは唇を尖らせた。
「つまんにゃいです」
「勝敗の分かりきった相手にそれでも挑むからねぇ。面白いものだよぉ」
エドワードは呆れた様子で肩を竦めると、
「アイゼぇ、平気そう?」
「今のところは大丈夫ネ♪」
ユフィーリアが展開した防衛魔法の維持を任されているアイゼルネは、エドワードに振り返る余裕すら見せて応じた。
さすが魔法の天才と呼ばれるだけあるユフィーリアが展開した魔法だけあって、かなり頑丈である。青く輝く魔法の盾は綻ぶ気配すら見せず、端がボロボロになっていく側からアイゼルネがちょっと修正しただけですぐに持ち直した。飛んでくる魔法が、それほど強力な攻撃魔法ではないということも示されている。
ぶらぶらとエドワードの腕にぶら下がるショウは、
「防衛魔法を飛び越して魔法が飛んできたらどうするんです?」
「その時は肉壁がいるから平気ヨ♪」
「それって俺ちゃんのことぉ?」
唐突に肉壁扱いを受け、エドワードが不満げな声を上げた。はて、こんなに大きな身体を持っていながら美女の肉壁になることに不満を持つなどあるだろうか。
ショウやハルアが肉壁をやってもいいが、その場合は相手が消し飛ぶ可能性も視野に入れてほしい。未成年組は『やられたらやり返す』という問題児の精神を受け継ぎ、なおかつ手加減なしに加えてくるので放り出さない方が身の為だ。
その時、
「〈複数展開・時間停止〉!!」
「〈時間停止〉!!」
「〈時間停止〉!!」
魔法が炸裂する音に紛れて、呪文が飛んできた。
ふと顔を上げると、生徒たちの間で踊るように戦っていたユフィーリアの動きがピタリと止まっていた。まるでそこだけ時間が止められてしまったかのように、呼吸する気配すら見せずに静止していた。
呪文の内容からして、時間を停止させる魔法であると判断するショウ。かなり高度な魔法であると聞いていたが、まさか使える魔法使いや魔女が複数人存在するとは思わなかった。よほど頭のいい生徒だったのだろう。
「動きを止めたぞ!!」
「10秒と持たない、早くトドメを!!」
「問題児筆頭に一太刀でも入れればこっちの勝ちだ!!」
ユフィーリアの動きを止めたことで勝利を確信し、生徒たちは俄かに色めき立つ。その何と愚かなことだろうか。
追い出し式はユフィーリアだけが戦っている訳ではない。正確にはユフィーリアだけがまともに動けるのであって、運動神経の悪い魔法使いや魔女の皆々様は自分の得意とする魔法や戦場を作ることで真価を発揮する。
時間を止める魔法は、ある偉大な魔法使いの十八番だ。そんな彼の前で拙い魔法を披露すれば、待ち受ける未来は分かったも同然である。
「〈魔力看破〉」
ガラスが砕けるような音が響き渡る。
ユフィーリアの時間が止められたのは、時間に換算しておよそ2秒ほど。それもユフィーリアが自力で生徒たちがかけてきた時間停止魔法を解除したのではなく、外部からの干渉によってだった。
身体の自由を取り戻したユフィーリアは、腹いせとばかりに3人ほど生徒を強制的に学校の敷地外へ転送させる。首を刎ねられ、姿を忽然と消した仲間の存在に卒業生側から甲高い悲鳴が上がった。
「だ、誰が魔法を」
「まさか」
生徒たちが振り返ったのは、大講堂の壇上である。
教壇の前で真っ白な表紙が特徴的な魔導書を広げ、生徒たちが展開した時間停止魔法を阻害した偉大なる魔法使いが1人。余裕のある表情で順調に数を減らしていく有象無象の生徒たちを見下ろしている。
ヴァラール魔法学院が学院長、グローリア・イーストエンドであった。今の彼はさながら魔王のようだ。
「時空間操作魔法はね、僕の十八番なんだよね」
グローリアはパンと手を叩くと、
「そんな僕の前で、よくもまあそんな魔法を使うことが出来たね。『邪魔してくれ』って言ってるようなものじゃないか」
「いやあの」
「そういう訳ではなくて」
「ああ、うん。そういう訳ではないのは知ってるよ。凄いね、あんな難しい魔法を使うなんてね。よく勉強したね」
たじろぐ生徒たちに、グローリアは朗らかに笑って告げた。
「今年は1000周年だしね。いつもはユフィーリアが無双して終わっちゃうけれど、今年はちょっと違う追い出し式にしようか」
そう言って、グローリアは右手を雑に振った。
卒業生の中から次々と生徒が姿を消していく。ユフィーリアが切り飛ばした訳ではない。グローリアが展開する転移魔法によって学校外に追い出されていった。しかも1人ずつ、完全に規則性なしで消えていく。
次に誰が消えるか分からない状況に陥り、生徒たちは戸惑いを露わにしていた。切られたら強制転移だったら相手を遠ざければいいだけだが、転移魔法で強制的に学校外へ追い出されてしまうのだったら対策しようがない。
まさかの学院長も追い出し式参戦に、生徒たちは堪らず絶叫した。
「学院長も出てくるのは狡いだろ!?」
「せめて次に誰を転移させるのか教えて!!」
「やーだよー」
問題児筆頭だけではなく学院長まで追い出し式に参戦となり、ますます大講堂は混沌としていくのだった。
「…………やっぱりつまんにゃいです、エドさん!!」
「ねえ、焼き払ってきちゃダメなの!?」
「ダメって言ってるじゃんねぇ。大人しくしてなぁ」
「大人しくクッキーでも食べてなさいネ♪」
アイゼルネが転送魔法で出してきたプレーンクッキーを容赦なく口に突っ込まれ、文句を言う手段を塞がれてしまったショウとハルアは、仕方なしにサクサクとクッキーを消費するだけに留めておいた。
《登場人物より一言》
【スカイ】はろー、ヴァラール魔法学院の1年間はいかがッスか? 楽しかった? そらぁよかったッスね。ボクも楽しかったッスよ。異世界知識のおかげで魔法工学の世界がますます発展したような気がするんでね。来年度も変わらず魔法工学を教えていくから、よろしく頼むッスよ。あと授業予算ください学院長様何卒何卒何卒!!




