八十三話 水を呑む巨影
何かと思えば、アオミズモリ。皮を剥いでよく焼けば、とても香ばしい薫りがする。地域によって調理法や味付けは様々で、私はアオミズモリを利用した料理の中では、照り焼きが一番好き。
つまり彼らは食糧、捕って食うべし。
かったるそうにキャラバンから降りてくる冒険者。さも無害な生物を相手するように、武器も何も構えず近付いていく。
まあ、アオミズモリ自体は穏和な性格。逃げ足が遅すぎるので、外敵が現れたらのっしのっしと逃げるか守りに徹するのみ。水に入ったら割と速い。
忘れちゃいけないのが、彼らの皮膚からドクが分泌されていること。
触ったら炎症を起こすぐらいで、そこまで強力ではない。しかしながら、粘性があって洗っても落ちず、とても厄介。肌を気にする乙女たちの天敵である。
治癒が出来る魔法使いか、解毒剤があればいいんだが。
さて、私は後方支援といきますか。
すかさず後輩の目を盗み、冒険者に紛れて戦略的な後ずさり。我らがオーガと銀髪、頼りないが威勢は良い後輩がいれば安心……。
いやまて。一瞬で解決できる方法を編み出した。
後ずさりをやめ、後にいるオーガの背中を叩き、身長差の耳打ちをする。
「おい、風魔法をぶっ放してやれ。それで解決だ」
「よっしゃ任された。おーいオメェらどいてくれ」
話が速すぎて助かるわぁ。
頭の中で何も整理せずに受け答えたロンゴ。ズイズイと進路上の冒険者を掻き分け、最前線へ。
そして例の魔法の発動準備。おぞましく汚らしい色が集約されていき、大きな手の中へ納まっていく。
風の噂でどんな魔法か知っている者、その目で直接見た物は、苦虫を噛み潰したような顔で引き揚げる。
知らない者は、鬼人という物珍しさに見入り、何をしでかすのか固唾を呑んでいる。
「あ、ロンゴさんがまずいです。アイシャさんに吹き込まれましたねあれは」
「もう勝手にやらせとけ」
なんか後輩と銀髪が睨み付けてくる。
また私、何かやっちゃいました?
なんて思っているうちに。
「出力抑えめどっせいやああああ!!」
楽しそうな波動砲が、アオミズモリの寝顔へストレートアタック。
とはいえ、埃が舞うかのようにアオミズモリが散り散りになる訳でもなく。
買い物帰りに遭遇したら、ちょっとイラッとくる程度の強風と、気を抜いたら胃液が逆流しそうな悪臭が彼らを襲うだけだった。
それでも充分脅威だけど。
「お? あいつら逃げてくぞ」
「捕まえなくていいのか? 俺は食ったことねぇけど旨いらしいじゃん?」
「いいだろ別に。今獲ったって、誰が血抜きやら調理やらするんだよ」
鈍感なアオミズモリでも流石に効いた。なんとも表現できない声を上げ、ヌルリと着水していく。
とりあえず剣を出していた者は、呆気なく事態が解決したことに『なんだかなぁ……』といった感じで、剣を鞘に収めた。
冒険者共々は自分の席に戻って談笑を再会し、御者は仕切り直して長旅を再開する。
先頭が橋を渡ろうとしたその時。
バッシャアアアァァン……!
川の上流で、見上げる程の水飛沫が立ち上がった。霧状になった水が小さな虹を描く中、水柱に紛れて、首を伸ばした大きな亀が現れた。
「ほー。こりゃたまげた」
これが、先頭にいた御者さんの反応。
この御方、鋼の精神をお持ちであった。
あー、なんだっけか、この怪物の名前。ティタータンだかなんだか。タ行ばっかなのは覚えてる。基本的には何でも食べる雑食で、食事の回数が極めて少ないとかなんとか。
三角形の頭部に、カメレオンのようなギョロリとした目玉。地味な灰色の皮には、幾つものシワやたるみがある。鼻先には、紐状の器官がだらしなく垂れ下がっている。
尖った口元には、先程とんずらしたアオミズモリの一匹が咥えられている。
……咥えられているのだが。
ペッ…………ジャポン…………
とても食えたもんじゃないと判断したのか、勢いよく吐き出して水面に叩き付けた。
あのこ、かわいそう。しぜんはきびしいなあ。
若干どよめいたキャラバンだったが、何事も無かったかのように先を急いだ。
「なんか臭くね?」
「えっなんか、えっ臭っ。なにこれ、いや臭っ」
「どっからこの臭っ。臭いがくるんだ臭っ」
声を潜めて、空気の不純を感知した冒険者の会話を聞きながら、優雅なる旅路を凱旋する。
……フッ、今回も私の出る幕ではなかったな。




