七十五話 伝説の怪物と終わり
「ロンゴが落下しました!」
「いよいよか……頼むぞロンゴ」
「いえ、あれは……訂正します、落下させられました! 」
「ナニィ!? 犯人はアイシャだな!?」
成り行きを見守る職に就いた二人は、ただ待つのみ。犯行の決定的瞬間を目の当たりにした銀髪は熱を込めて実況をし、報告を受けた男は犯人の特定をした。
「おわあああああああああああ!!!」
チクショウ! なんとなく想像はしてたんだ! アイツの言葉にゃ今後一切耳を傾けねぇぞ!
過ちを犯したとするならば、もっとアイシャを疑って掛かるべきであったこと。
「あああああああゴブヘェッ!! ぐあっ! ボフッ!」
鬼人だからこそ為し得たパフォーマンス。奇跡的にも『大地』の頭部に墜落し、地面に衝突することはなかった。これはこれで痛いが。頭からではなくてよかった。
流石は頑丈さには定評がある鬼人。痛々しく鈍い音が出ても、軽い打撲傷で済ませている。
「つあっ腰が……」
付添人は優雅に舞い降りている最中なので、看病してくれる人はいない。
自分で自分の患部を摩り、一回一回が地震並の震動に気を付けて、とある部位を目指す。
─────ッ─────ッ──
「おぉおぉクッセェ、コイツとは美味い酒が飲めそう……鼻息荒いな」
鼻である。超巨大な体躯に比例して、鼻の穴もビッグサイズ。
体内の温度が極めて高いのか、ジメジメした蒸し暑い鼻息が、全身に余す所なく吹き抜ける。
「……オメェに怨みはねぇが、ちいっと悪戯させてもらうぜぇ……っ!」
左腕で鱗状の組織を鷲掴みにし、利き手に邪気を流入させる。
見るだけで鼻を押さえたくなる不潔な色。ゴミ溜め場とはワケが違う腐乱臭の上位互換。大きく括れば偉大な魔法、用途違えば死霊の魔の手、優しく貴方を温めます。
進めば生命を亡骸へ、戻れば死屍累々の混沌世界。
天より授かりし異端な魔法、その真価を御覧あれ!
「折角だから、この必殺技に名前を付けてやるぜ……さあ喰らいな! オレ様の全身全霊! 『冥土直葬腐臭風』!!」
────────────────ッッ!!??
魔法が鼻腔へ搬送されていく。何にも例えられない嫌悪感に支配された『大地』は、噎せ込み仰天して、吐き気を催した。
──────ッ!! ─────────ッッ!!!
規格外な巨体を持ち上げようとも、破滅の尾を振り回そうとも、内側から蝕まれる下劣な魔法には対抗出来ない。出来ることは、ただ苦しむ事のみである。
『冥土直葬腐臭風』。たった今爆誕したできたてホヤホヤ、オレの奥義だ。史上で最も最低で下品で、殺傷力抜群の特異魔法。
その破壊力は超激烈、どんな物質も融解できるだろう。そして、まともに喰らったら最後。どんな要塞であれ、崩落待ったなし。
「オッルアァァァアアアアア……のぶぁっ!」
───────────────ッッ!!!
調子に乗りすぎた。掴んでいた手を緩めてしまい、渾身の鼻息で塵の如く吹き飛ばされた。
だが結果は充分。力が尽きかけるまで魔法を放つことが出来たので成功といえよう。
またも高所から落下して、愛しの地面と御対面した。
────────────────ッッ!!!
「これでどっか行ってくれりゃいいんだが……ぅおあっぶねぇ!」
足下にいるので、不規則に叩き付けられる足裏で蟻のようにプチッと潰されそう。
「……やっぱオーガの魔法、えげつないな。さて、こっからどう動くか……」
未だに宙を浮遊している赤髪は、自分に影響が及ばないのを良いことに、とてもリラックスしている。
これまでは全て上手くいった。脚を釣られること以外は。
だから今回も予想通りにいく筈……
────────────ッ!!
「ん? あ、こりゃまずい」
上手くいきませんでした。
私の予想は、撤退してくれるか進路を外れてエルメスの直撃を防いでくれるというもの。
まぁなんだ、結果から言えば暴走しました。
地形を凸凹にしながら迷わずエルメスへ直進していった。
もうダメだこりゃ。手の施しようがない。
こういう日だってあるさ。
「!? だ、『大地』が全速力で此方に向かってきます! 迷いがありません!」
「あの作戦失敗したのか!? 冗談じゃない! 今度こそお手上げだ!」
ざわめく城壁、轟く大地。対抗策は何も無し。出来ることは、その場から離れる事のみである。
冒険者たちは左右に散り、『大地』を見届けることしか出来ない。
「クソッ……ここまできて諦めるだって?」
「俺たちは最後まで抗い続けた、それでいいじゃねぇか。最初っから逃げ腰じゃなかったんだからよ」
「ギルマスのオッサンも言ってただろ? 住民は避難できたってよ。犠牲は街だけで済むんだ、それを喜ぼうぜ?」
「あの走り方、俺のペットを思い出すぜ……」
初めから無謀な挑戦だと分かりきっていた。誰もがこの結末を予想しており、現実となったことで暗いムードになった。
各所ですすり泣く声が聞こえてくる。
ここからの巻き返しは不可能だ。セリスは空き箱の上西座り、俺は顔を俯けた。
────────その時。
──────────っ!!
「……えっ?」
『大地』とは別の、甲高く、迫力と覇気のある咆哮が響き渡った。
どこから聞こえているのか、声の主を捜していると、エルメス城から何かが飛んできた。
……火球?
そんな設備なんてあったか? と思いつつ火球を目で追うと、標的は『大地』であることが分かる。
あれは……?
ドゴォォオオオン!!
─────────────ッッ!!!
店主さんのバズーカ砲より、更に威力のある火球。命中すると『大地』は怯んだ。
どういう事なのかサッパリだ。
そして思考を巡らせる前に、大きな影が頭上を通り過ぎた。
それは、神話や伝承などで俺でも聞いたことがある存在。存在を示すのは、目撃情報と口伝のみ。一部界隈では神として崇め奉られる別格の怪物。
紅の鱗、鋭利な角、重量の尾。
灼熱の炎を生み出す覇者。不滅の鎧を纏い、全種族を従わせ、王者の冠を貫く者。
四肢に加えて翼を兼ね備え、天と地を統べる不死の怪物。金銀財宝を守護する伝説の怪物。
───ドラゴンだ。
怯んだ『大地』に向かって滑空し、頭部に囓りついた。
無惨にも外皮が剥がされ、鮮血と肉が現れる。
ドラゴンは『大地』を喰らったのだ。高貴な顔立ちが汚れる事を省みず、一心に喰らう。
『大地』はたまらず走り出した。幸運にも、ドラゴンの襲撃によって軌道がズレた。エルメスへの直撃が免れる進路を辿った。
空腹が治まったのか、使命を果たしたのか。颯爽と出現した伝説は、空の彼方へと姿を眩ませた。
一連の騒動は、夢や幻のようであった。
聞こえるのは、手負いの『大地』が立ち去る震動。冒険者たちは声を発することが難しかった。
「や……やったぞお! 俺たちは『大地』を追っ払ったんだ!」
一人の先駆者が勝利を宣言した。そこから連鎖して、歓喜の叫びが漏れた。互いに抱き合い、歓びを分かち合った。
店主さんだけは、バズーカ砲の事をまだ根に持っていた。
「よおオーガ、お疲れさん。手柄はドラゴンにとられちゃったけどね」
「ま、オレ様に掛かればこんなもんよ! 楽勝楽勝! ガッハッハッハッハ!」
「よし、帰るか。オーガ、私を負ぶっていけ」
「合点承知!」




