七十四話 事故と事件
「えっちょ────」ゴキッ「ハグッぬをあああっぁぁぁぁぁぁ……───」
「アイシャァア!?」
なんという事態だ。乱雑に敷かれたロープに絡まって、アイシャが連れ去られてしまったではないか!
「セリスストップ! 中断! 魔法をヤメロー!」
肩を叩こうにも近寄れず、暴風に掻き消されて緊急停止の声も届かず。赤髪は脚を引っ張られ、無様にも宙吊りになってロンゴと共に旅立った。
彼女らは星になったのだ。
銀髪少女の風魔法は特異である。風魔法の標準的な威力は『台風の強風』程度なのだが、彼女は段違いである。ハリケーンとか竜巻そのもの。
耳に残るのはブォンとかそういう擬音ではなく、もっとこう、制御不可な印象を与える嵐だ。
確かに敵に回したくない威力であるが、俺が何より注視したのはロンゴであった。
ロープを腰だけに巻いたのがいけなかったんだと思う。あと、向きもまずかった。
イメージしていたのはロンゴとシーツが背中合わせ、互いに向き合っていない状態である。そうすれば、風魔法で流星になっても『くの字(曲がっていい方向)』で済んだのに。
説明不足というのもあるが、ロンゴはシーツと向かい合わせだったのだ。
これが何を意味するか。そう、流れ星になるときに背骨だけが引っ張られて『海老反り(曲がってはいけない方向)』になるのだ。
アイシャはただの不注意。足下のロープを退かせばよかった。哀れ哀れ。
「~~~~~!! ……まだまだぁあー!!」
乙女らしく目をギュッと瞑り呼吸を止め、全身全霊でか細い脚を内股で震わせながら追い風を放つセリス。
吃驚鬼人でも、身体が柔らかい鬼人でもないロンゴと、アイシャが巻き込まれ事故で惨事になってる事など露知らず。
飛距離を伸ばすために、酸素が欠乏するまで呼吸を忘れていた。
「~~~~っぷはあっ! どうですか、やりましたよ! これなら『大地』に届くのでは……あれ? アイシャは何処へ行ったんですか?」
「……アイシャならなんとかなるだろ」
「……?」
彼は海老反りで戦地へ赴いた。
俺が見送ったのは、筋肉隆々の英雄に成り得る人物と、不慮の事故に遭った人物。だが、しかと見届けたのは、滑稽な格好で飛翔する筋肉と、焦燥感に襲われ、植物由来の触手に巻き付かれた赤髪。
……あいつの背骨、逝ったんじゃねぇかな。
背骨がお亡くなりになりました。
もう、本当に辛い。冒険者って、こんな奇抜な事しないだろ。オレは冒険とか、強敵との息を呑む接戦とかを心待ちにしていただけなのだ。殺人アトラクションを体験しに来たのではない。
よく知る仲間の小娘。以前にワイバー……ヒリュウモドキだったか? を狩猟する時、必殺技の風魔法をこの目で見た。
『こんなん災害だろ』……オレはそう思ったワケだ。
なんかの拍子で、あんな桁違いな魔法を喰らうのは御免……そう思ったワケだ。
喰らっちゃったよこのやろう。それも故意に。作戦の一貫だって? 戯け者が。魔法を人に向けちゃいけないって習わなかったのか? あの赤髪は屍にして古郷に送り返してやんよ。
「ぁっぁあああああっ!!」
烈風が吹き止み、緩やかに降下していく。それでもオレの絶叫は止まない。
恐ろしく標高の高い天空、『大地』よりも遙か上空に蝶が舞っている。大地と『大地』を見下ろせば、オレの腹と頭は宇宙を感じるだろう。つまり気絶だ。
別に高所恐怖症ではない。たとえのんびりだとしても、落ちるのが苦手なだけだ。
……重度にな。
「あーくっそ。この私が油断しちまったなぁ……にしても高ぇな。ここまで飛ばせるとはあの銀髪、なかなかやるじゃん」
「た、高ぇ……って、なんでオメェがいるん……だ……」
「やあ」
下を見ると、逆さまで宙吊りになった赤髪が気さくに挨拶して……下を見ると……下……を……。
「あああああああ!! 下見ちまったじゃねぇか! やっぱ怖ぇよ助けてくれぃ!」
「男だろ情けない。……この高さだと、不時着する前に『大地』が通り過ぎちゃうな。よしオーガ、ロープ切って墜ちろ」
「何故だ! この高さから墜ちたら肉塊になって、お子様に見せられない姿になるだろ!」
「降りれないんだったら私が墜としてやる、今そっち行くから待ってろ」
脚に粗悪な命綱を絡ませながら、逆さになった身体を起き上がらせて、驚異の体幹でズイズイと登ってくる。
「やめろ来るんじゃねぇ! 来ないでくださいお願いします!」
「おい暴れんな! 私が墜ちるだろ! お前が墜ちれば片が付くんだ、骨は拾ってやるから安心し……おまっ、お前! 乙女の顔面蹴るなんてどんな神経してんだ!」
「墜落させなくても良いじゃねぇか! そもそもオレがやる必要だってねぇよ!」
「オーガ……これはお前にしか出来ない、名誉ある華なんだ。お前の魔法があっての作戦だ」
「オレにしか……出来ない……」
ちょろいわコイツ。
ただ、恐怖心はあるようで決行するか迷っている。
「……しゃーねーな。ロープは切らないでそのまま着地するから。時間は掛かるが増しだろ? そんじゃ上に登らせてくれ、宙ぶらりんはキツい。ちょいと肩借りるぞ」
「すまねぇな。あ、腰は触らんでくれよ」
「そう言われると触りたく」
「マジで蹴り落とすぞ」
そんなこんなで、腕やら肩やら筋肉やらを踏み台にして、肩車の状態まで持ってきた。まるで親子のようだ。
アイシャは肩車では飽き足らず、ロープを駆使して更に攀じ登る。
よーし、ロープ切るか。
「おいおい、危なくねぇか?」
「心配御無用、見上げなくて良いからな」
「はっ、オメェがスカートとか履いてなくて助かったぜ。ま、見上げる理由もねぇしな。オレは景色を堪能し───」
「オーガ」
「なんだ?」
「あばよ」
その伝達は、オレを投下する合図だった。青筋を立てて真上を確認すると、ドヤ顔でロープを人質にナイフを構える赤髪がいた。
左手にロープ、右手にナイフ。そして『あばよ』という言葉。
赤髪が行動を起こす前に、全てを悟った。
オレは、神とかそういう類のものは信じない。
だが、この一時だけは、信仰しない架空の存在に寄り縋っていた。
もし神が存在するならば、オレの頭上にいる知的生命体は、悪魔と置き換えることが出来よう。
「ふざけんなああぁぁぁぁぁぁ……───」
オレは、満面の笑みで親指を立てる赤髪に吼えた。
「……………………」
…………………………よし、任務遂行っと。




