七十三話 英雄候補
「ないが?」
「は? 死ねよ」
たった一度の質問に、短くも適当な返答をした鬼人。そしてこれもまた短く、殺意の感情がこもった一言で応答した赤髪。
思ったことをすぐ言う癖、直してもらわなければ。
「『死ね』ってオメェ……んな回りくどい言い方しねぇで、要点を簡潔にまとめればいいだろ? 何が言いてえんだ赤髪?」
「オーガのせいで恥かいたじゃねぇかよ……。まあ要するにだな……いや、まあ、とりあえずやろうか。オーガ、このロープを身体に巻け。話はそれからだ」
そう言って不貞腐れながら、ぶっきらぼうにロープの先端を投げつける。
ロープは真円の金具に通され、結ばれている。その金具というのは、兵器や物資を覆い隠す為に扱われた白いシーツの一部である。
四隅に細工され、ロープの摩擦によって重点的に色褪せている箇所がある。
アイシャが立案した作戦? の主軸となるであろう白いシーツはそれなりに大きく、テントの底面より面積があるのではなかろうか。
……その例えはあまりピンと来ないな。テントといっても、ばらつきがあるし。
ロープとシーツ、ロンゴに巻かれた可哀想なロープ。これらから紐解かれる考えとは。
難問を解くような顔をする、店主さんを除いた四人。
「何しようとしてるんですか? 囮か、それとも儀式の前座……?」
「絶対違うと思うぞセリス」
顎に指を添えたセリスが口を開いたと思ったら、俺でも断言できる見当違いの的外れ。儀式は彼女の趣味と合致させられる。囮という発想は、馬鹿が感染ったと考えられる。
セリスにしては的を射ていない奇想なので、ちょっと落ち着いていただきたい。
「うん、違う。……あっ後輩、一緒にシーツをこっちに運んでくれ」
呼び掛けに応えて、ちょっとした風で暴れるシーツを引っ張り、城壁の外面の方向に広げた
「囮なら、あの巨体相応のものではないと効力が無い気がしますが」
「落ち着けセリス。そ本人も否定しただろ」
「儀式ならば、触媒としてロンゴでは不適合ですし」
「おい小娘」
真面目に考察しているのか、至って真剣に考察しているのか分からないのが恐ろしい。深く考えを巡らせる顔は、名探偵そのもの。
「それで、ロンゴにロープを巻き付けてどうするんだ?」
「そう焦るなって後輩、ちゃんと教えたげるから。……さてオーガ、準備おっけーか?」
「おう。何のかは知らんがな」
言われるが儘に己の筋肉を縛り上げ、準備完了の返事をした。特に拘る縛り方をするでもなく、ロープで腹筋を横に割らせるその様は、まるで腹巻きをしているよう。
「この作戦はオーガに託されてるからな、耳の穴かっぽじってよく聞いとけよ? 大事なことは一度しか言わないから」
「合点承知! 無敗の鬼人にドンと任せな!」
───居合いの旋風が渦を巻く。代表者は闘気を孕む、紅の鬼。素肌に密着する戦闘服は鋼の肉体を抱擁し、血肉が造形る筋肉を強調たせる。
「冗談じゃねぇ! オレは役を辞退するぞ!」
「いつまでうじうじ粘るんですか! 茶番もいいかげんにしてくださいよ! って、全然剥がれない……どんだけ嫌なんですか!」
「合点承知っつったろお前、言質は取ったから訂正はできねぇよハゲ。さあ大人しく飛べ、鳥になってこい」
城壁が護る内側の面に腕を引っ掛け、うつ伏せ寝するみっともない鬼人の人。
アイシャが企てた案とは。
風魔法でロンゴを飛ばし、『大地』の鼻からお得意の下劣な特異魔法を注入することである。
「真面な機材があるならいいがな、小娘の魔法でぶっ飛ばすなんて命が幾つあっても足りねぇぞ!?」
「私の魔法のどこが不安なんですか」
「さっき『合点承知』とか言ってたじゃねぇか。男に二言はないよなぁ意気地無しが。銀髪、風魔法用意しろ。問答無用で引き剥がすぞ」
その重役を任されたオーガは、彼らしくもなく拒絶をしている。
アイシャは縦横無尽に這うロープを跨いで離れる。
セリスはいつでも風魔法を放てるように、綺麗な緑色のオーラを両腕に纏っている。
「宙に放り出されるのは違思いように身体が動かねぇし、違和感満載で気持ち悪ぃし、なんかこう、怖ぇんだ!」
「お? 怖いんか? 鬼人ともあろう者が怖いんか? ん?」
「怖かねぇけど……なあ相棒! どうにかしてくれよ相棒!」
「……ロンゴ、親愛なる相棒からも頼む。これはお前にしか出来ない偉業なんだ……分かってくれ」
「オレにしか出来ない……偉業だと……」
ちょろいわコイツ。
「……ハッ、しゃーねぇなぁ! 天下の鬼人様が一肌脱いでや」
「時間が惜しい。やれ銀髪」
「了解しました!」
「ちょっとま───」
鬼人の演説は聞き入れず、清く純粋な暴風が筋肉を乱暴に包んだ。
竜巻級の暴風は、周囲の物を巻き添えにして、城壁の外周へと吹き飛ばした。
風は背を向けた鬼人からシーツへ流動し、膨らませ、パラシュートのように仕上げた。
ツル植物のように入り乱れるロープは、鬼人が飛ぶに従って、宙に飛ぶ。
そして。
「えっ────」
付属品が攫われた。




