七十一話 目には目を、歯には歯を
さて、俺のメンバーである鬼人の姿が見えないのだが。きっとここから垂直に見下ろせば、ロッククライミングに挑戦中の赤き闘志と目が合うだろう。
だろうけど、想像しただけで寒気がするのでやめておこう。俺が妄想した空想を深淵と比喩して、壁面の覗き見厳禁と心の中で決めた。
……それで、俺は何をすれば良いのだろうか。セリスを起こそうか。
「アイシャさん、最後の一発だよ! 絶対に外さないようにね!」
「おうよ、言われなくても外しやしねぇよ。『絶対に』って言われたら、話は別だけどな」
「外さないでよ絶対に!」
なにはともあれ、彼女らは元気そうで何より。この怨みは忘れないからな。
感動の再会を迎えて余韻に浸る時間も無く、いつの間にか『大地』は目前まで巨体を運んでいた。
その距離、城壁からニキロメートル程。随分と間隔が開いているように聞こえるが、その巨体故にすぐそこにいるような錯覚になる。
「さあて……コイツで仕舞いにしてやんよ」
いつになく真剣で、いつも通り余裕そうな笑みを浮かべる赤髪。ニヤリと片方の口角を上げ、決め台詞紛いの言葉を吐いた。
台詞の数秒後、大砲とは異なるバスンという音が響き、飛び出した砲弾が優々たる『大地』に向かって弧を描いた。
狙いは頭部。百発百中ではないが、これだけ弾を当ててるのに進行方向をブレさせない『大地』の執念には、関心するものがある。
渾身の一撃に賭けて、今。
ドゴオオォォォォオオオオオン!!
──────────────ッッ!!!
轟音に負けない悲鳴が発せられた。
現時点で最強最高の火力を誇る、無名のバズーカ砲。何層にもなった岩盤以上の強度の甲殻を破壊し、頑強で屈強な大角を砕く代物。
恐ろしく絶大な破壊力を秘めた弾丸は『大地』の脳天に着弾し、内蔵されていた未知の成分に刺激を与え、爆裂。
頭部は衝撃に耐えきれず、爆裂直後に降下した。脳にもダメージがあったのか、同等の威力を持つ攻撃を五発喰らっても、気にも留めないか体勢を崩すのみだったが、今回は違う。
肺が萎んだように弱々しい声を出し、尻尾が重力に負け、蹌踉けながら腹を地面に接した。力無く倒れ込み、動きが止まった。
「や……やったのか? 動かなくなったが……」
「っぽいな。瞼も完全に閉じきってる。最後に赤髪が、とんでもねぇ一撃を食らわせたのがトドメだな」
誰かが小声で呟いた質問に対して、単眼鏡で『大地』の観察をする男はピクリとも動かなくなった巨体の顔面を凝視して、憶測混じりで結果を送り返した。
火薬によって発生した黒煙と、黄土色の砂煙に纏わり付かれた赤黒い鱗と甲殻の鎧は、無数の打撲傷と煤汚れが残っている。
「……いよっしゃあ! 俺たちの勝利だあ!」
とんでもない爆音とその威力を見せつけられ、冒険者は皆一様に畏縮した。並行して、感極まった一人が勝利を告げると、脅威を退けたという成果による歓声があがった。
「ありゃー……こりゃ失敗したかなぁ?」
ただ一人、アイシャを除いて。彼女だけは浮かれない表情だった。
「失敗って、なんで? 討伐出来たんだから良いんじゃないのか?」
「討伐して、その後どうすんだってことだ。死体はほっとく訳にもいかないだろ。早く処理しないと、風に乗った腐乱臭で街が終わるぜ?」
「おいおいまじかよ」
「う……うーん……あれ、また気を失ってましたか……」
セリスが目覚めた。
「セリス、そろそろ気絶する癖どうにかしてくれ。いざという時に困るだろ?」
「私だって、好きで気絶してるんじゃないんです! ……ところで、ロンゴはまだいないんですか?」
「忘れてた。もう直ぐ上がってくるんじゃね? 様子見てみな、多分虫みたいに張り付いてるから」
「寒気がするので変な表現はやめてください!」
あんなに大きな死体は、焼却処分しようにも焼いて喰おうにも、はたまた微生物に分解してもらおうにも、気が遠くなるような年月を要するだろう。肉食の怪物にとっては、食糧難の心配が無くなって万々歳だが、衛生的にも良くない。
『大地』の肉が旨くて保存が利くのならば、現地で消費しなくても輸出品にすれば御の字。少なくとも甲殻や鱗、牙や骨、角は加工の余地があり、それだけでも用途はいくらでもあるが。
さて、一体全体、何トン分の肉があり、何年分の肉が採れるのか……。
「……おっ、観測船から人が降りるぞ?」
「あの観測船の乗員は、研究熱心で変態的な研究員ばかりだからな。我慢できずに調査に乗り出したんだろ? 抜け目ねぇな」
単眼鏡ばかり覗いてる男は、その後も観察を続行している。
『大地』の進行状況を上空から偵察していた観測船は、山脈の少し上に滞留させ、棒と綱で作られた簡単な梯子を垂らして、二、三名を『大地』の背中に降ろした。
「もうちょい様子見した方がいいだろに。熱狂的な研究員ほどの怖い物知らずはいねぇな。冒険者として、その勇気は見習うべきだな。尊敬はしないけども。……にしても、ホントにデケーな。牙だって岩と比べたらあんなに……んぉあ? ん、え?」
「どした、不抜けた声だして」
「おい、ちょ、あそこ見ろ口元の草! 見えるか!?」
「お前がそんな慌てるなんてよっぽど……いや、なんも異常はないが? ただ単に、元気よく揺れ動いてるだけで……」
そう、周囲の雑草と比較して、口周りの草が揺れてるだけ。
……口周りの草だけ、揺れてる……?
「そこだけ揺れてんだよ! きっと、呼吸する時に吐いた息で靡いてるんだ!」
「え……つまり……」
「まだ息があるってことだ!」
男が口走った衝撃的な発言内容により、辺りがシンと静まり返った。
「まだ息があるってそんな筈は───」
「お前ら! 『大地』が動き出したぞぉ!」
持論を展開した男に向けられた視線は、次に叫んだ男に移り、そして広大な大地へと誘導された。
───────────────ッッ!!
「うお耳が……っ! サンプルの採取は済んだ! 引き上げろー! モタモタするなー!」
「だから俺はやめとけって言ったんだ! ……ああチクショウ! 急上昇する! しっかり掴まっとけよ!」
息を吹き返した『大地』。首を回して大きく円を描き、怒りの咆哮で生命を震撼させる。
乗員の回収は何とか間に合い、観測船はどんどん上昇していく。
上空へ逃げる観測船と競り合いをするかのように、『大地』は前脚を持ち上げ、上半身を地面に対して垂直になるように伸ばし、後脚と尻尾だけで体重を支える体勢を執った。
頭部は船の飛行高度を越し、通過時に口内に充満する熱気を漂わせた。
─────────────────!!
「なっ……コイツ、二足歩行が出来るのか!?」
「……!? 船長! タイダラグアスの喉元が膨張、赤熱しています!」
「いかん! すぐさま距離をとるのだ! 巻き込まれたら洒落にならん!」
顎を引いて口を全開し、赤熱した口内から橙色に燃え盛る火炎が溢れ出る。
標的は、石造りの人工物。悪意などなく大海へ向かうだけなのに、何度も執拗に攻撃されれば、腸が煮えくりかえるというもの。
途轍もない高温を検知した船内の温度計はカタカタと震え、緊張感が高まる。
「火球かブレスか、それが分かれば食生活と臓器の構造を解明できるかもしれん! 明細に記録を取っておけ!」
こんな時でも研究資料の収集を忘れない、研究員の鑑。
研究に人生を捧げた病的なまでの熱意に、まだ毒されていない同業者は引いた。
「おいおいおい、なんかヤベぇの来るぞ! ワイバーンみたいにブレスの予兆かもしれん!」
「中央に寄るなー! 端に寄れー!」
「俺たちも逃げるぞ!」
「は、はい!」
「ちょっと待って! このバズーカ砲だけは見捨てたくない! 高かったんだから!」
「うるせぇおらよっと」
「まってアイシャさん担がないで! あと一カ所外せば畳んで運べるから! あぁああー!」
子供みたいに駄々をこねて、泣き顔で抵抗するも軽々と運ばれる店主さん。大粒の涙がポロポロと石材に零れる。そんな泣くことではないだろ。
そんな中で吃驚したのは、アイシャとセリスの足の速さだ。
店主さんを担ぎながらも俺より速く、筋力増強を起用して俺より速いので驚きだ。アイシャに至っては原理が謎。怖い。
「急げー! さっさとこっちこーい!」
豪火に焼かれたくないし、『大地』の必殺技の有効範囲が不明であるため、走れるだけ走るしかない。
死にたくなければ走るのみだ!
「「「うおあああああああああ!!!」」」
ドシュン……ッ!
魔が差して、横目で『大地』を見る。
大地の炎々から、天を横切る彗星が飛んだ。
思っていたよりずっと速く、恐怖が全身を駆け巡った。
そして、一つだけ思った。
鬼人はまだ、壁を這い回っているのでは……?
──────────────ッ
一瞬、音が消えた。直後、爆風と熱風が歪んだ音を捕まえて奔った。
身体を匍匐させ、両耳を塞ぎ、後は幸運を祈るのみ。
───────────ッッ!!!
歪な音が晴れ、耳鳴りが治まって最初に聞こえたのは『大地』の雄叫びだった。
「……っ! みんな、無事か!?」
「……私は無事ですっ!」
「生きてるぞー」
「私のバズーカ砲があああああああ!!」
店主さんが泣きじゃくれている事以外は問題なさそう。
恐る恐る起き上がり、後を見る。
「……壁が……」
「流石は『大地』、と言ったところかねぇ。跡形もなく消し飛ばすとは」
「私の……私のバズーカ砲が消えた……」




