六十五話 轟く大地、歩む生命。
メインディッシュ前の前菜、第一波の刺客が群を為して猛進してきた。
本来ならば森林に潜み光を拒む怪物や、一族一丸となっての団体行動をする怪物など、生活圏を越えて大狂乱な逃走劇が幕を開けた。
共通の追っ手がいる以上、草食も肉食も関係なし。我が身を護るためには走るだけ。飛び抜けて素早い種族もいれば、鈍足で不遇な種族もいる。
「やっべぇ、私は先に逃げとくわ。君に決めたそいやー!」
「アイシャちょっと待───」
「私も先にお暇しますね! 武器の一つも装備してませんので悪しからず! キャクチョウ、一羽借りるから!」
「うえぁあ店主さんまで!?」
赤髪は恒例行事だったが、店主さんまでもが戦線離脱してしまった。俺が声を張る前に、立ち竦む怪鳥へ騎乗した彼女らは、迷わず悔いなく躊躇わず皆が迎えるエルメスへと走り去った。
最低でもアイシャだけは確保しておきたかったが、華麗な身のこなしで避けられた。
「がーんばーれよおぉぉぉ……───」
「ご武運をおぉぉぉぉ……───」
「アイシャは帰るな! 戻ってこい!」
流石はキャクチョウ。あっという間に米粒サイズまで離れてしまった。
捕縛から解放されたキャクチョウは騎手の命令を待ちきれずに、大軍の進行方向、つまりエルメスへ全力疾走した。
キャクチョウの健脚は百鬼夜行の怪物、陸上生物より群を抜いての迅速なので、追いつかれることはなかろう。
「相棒、オレらも避難するぞ! オレはソリに乗る!」
「ああくそう……今回ばかりは賛成だ!」
「ちょっと! みなさん待ってください!」
敵前逃亡に待ったをかけたセリス。その心は
「ニトロ石だけでも守らないと爆発してしまいます! 今までの苦労が台無し、全てが無駄骨に! もう、三人で死守しますよ!」
生命ではなく、資源の護衛をするためである。
一ヶ月前から公募されていた前準備は、これからご尊顔するであろう『大地』へのおもてなしに向けてだ。
俺たちが手間暇かけて採取したニトロ石は、こんな小者を一網打尽にするお飯事の為ではない。
「合点承知! 敵に背を向けるなんて鬼人の恥よ!」
情緒不安定かこの鬼人。言葉に一貫性が何もない、言葉の羅列が酷い。脊髄で喋ってんじゃねぇか?
「ここにいても俺は何も出来ないが!?」
「火薬を私たちの真後ろにまとめてください! それぐらい出来ますよね! 怪物は私とロンゴで退けます!」
少々の怒気が孕まれたセリスの声に気圧されながら、自分がやるべきお勤めを果たす。
店主さんが置いてった愛車を運用して、埋めかけのニトロ石やら火薬やらを、焦りながらも慎重に積む。
土が混入しているが、まあ気に留めることではない。
ドドドドドドドドドドドド!!!
「ロンゴ! 迎え撃ちますよ!」
「あいよぉ小娘! オレ様の魔法が火を噴くぜ!」
────────────────ッッ!!!
地面を揺さぶる轟音と振動。そして数多の雄叫びが複合された冥界の呼び声が、風と共に轟々と押し寄せてきた。
勇敢な人間と鬼人の腕には、半透明で妖美なオーラが溢れている。人知を超える超常現象、不可能を可能にする奇天烈な能力。それが、彼、彼女がお披露目する魔法なのだ!
「せえええええい!」
「オッルゥアア!!」
「ひいぃぃぃいいい!!」
秀でた特技も能力も無い俺は、積みきれない瓶やニトロ石を我が子のように匿って、視界の両端を遮る皮膚や鱗に圧倒されながら悲鳴を上げる。
普段は人畜無害な怪物でも、時には猛獣となる事を身体で覚えた決定的瞬間。
グルゥオオウ!!
「ぬあっヤベッ!」
前衛では、ロンゴが噴出した汚染物質に直撃した怪物が、鼻に劈く激臭に悶絶して気絶する事から劣勢が始まっていた。
「ちょ、ロンゴ! その下品な魔法禁止! 無償の力技で押しやってくださいよ! 独活の大木! ハゲ!」
「ぶほあっ! ……っしゃーねーだろ! 範囲も広いし使い勝手がいいんだからよぉ! 小娘も雑言吐いてねぇで撃ちまくぬぐぅ!?」
不幸にも濁色の魔法に蝕まれた、全長四メートル程の猪と狼を足した外見をした怪物は意識朦朧。身体機能が停止した瞬間に足を取られ、助走を乗せたまま鬼人へとスライディングタックルした。
自分が播いた種を咄嗟に受け止めたものの、視野と両手両足が制限されてしまった。
何故だか苛立ちを覚え、沸点に達した怒髪の銀髪。見かけに反して、弱々しい脆弱な声のハゲ頭。とりあえず俺は身動き不可なので、口論を小耳にはさんで状況を想像する。
ドドドドドドドドドドドドドドド!!!
「……っ! ま、まずいです……力が抜けてきました……」
「この猪野郎、横に流せねぇ! このままじゃ潰れちまう!」
どうやら危機的状況の様子。これは非常に困った。
俺にも特殊能力があったらなぁ!
どうするもこうするも、俺の使命は火薬のお守り。それは依然として変化無し。
「二人とも、なんとか持ち堪えてくれ! ……そうだ、帰ったら何でも奢ってやる! ここが踏ん張り処だ!」
俺にも出来る支援は鼓舞だけ。これで火事場の底力が湧くとは思えないが、なにもコンタクトを取らないよりは数段マシだ。
「そうは、言われても……っあ!」
「ぬぉおっ!? っせいやあ!」
頭と腹に響く騒音が途端に止んだ。嵐は過ぎたようだ。
セリスはへなへなと膝から崩れ、ロンゴは防いでいた怪物を右へ倒した。彼の足下を見ると、爪先立ちで押し負けて、地面が剔られた跡があった。
「や……やったあ! 疲れ……た……」
「ふぃー、ま、ざっとこんなもんよ! がっはっはっ……は?」
「大丈夫か二人とも? 怪我とか……して……」
ズオォンz────ズオォン────ズオォン─────。
安心も束の間であった。
種族の壁を超越した軍団の果て。乱流に呑まれ、抜け出す先に聳える赤黒い山肌。
それは大地を装う、無量の地脈。それは大地を背負う、広大な地盤。それは大地を揺るがす、無類の生命。
生きる霊山か、生きる霊峰か。神たる覇気に跪く者が総て。神たる威厳に叛逆する愚者はおらず。
永遠の眠りより目覚める地母神。無礼が過ぎれば太古の怒りが地を統べる。大地の胎動は大地の循環。生ある者の統括者。岩窟に潜める、膨大な者。
───其れは生命。大地の化身。




