六十三話 拍車は掛からず時間が過ぎる
─観測船─
オオォォォオオオオオォオオォォォ…………
母なる大地に亀裂が走る。地殻を割り、根を張る植物を離散させながら、噴煙を纏い黒曜石の一角を遙か天へと昇らせた。
恵まれた大地の加護を愁う、生命宿す弱小な野性は身震いし、鈍重なる覇王の歩みをひたすらに送るのみであった。
「こりゃあ……とんでもねぇ怪物だ……。推定二百メートルはあるぞ? 街が滅ぶのも納得がいくな……爆弾でもあれば投下できりゃ、街に到達する前に多少は弱体化できるんだが……」
落下地点を木っ端微塵にする空爆作戦は、大きな的には有効だが、ソレを許さない規則がある。
冒険者にも喚起する事項なのだが、不要な殺生を塞き止める約束事がある。
生態系の保全というのが大きな理由だ。
ロイン一行は防衛のため、集会所のお偉いおじさんからの命令で、『大地』の進路に地雷を仕掛けているが、これは特例ということで。
なんと幸運なことに、地雷を仕掛ける草原には怪物が少ない。勿論、小動物や昆虫なども同様に度外視出来ないが、作戦実行のための苦渋の判断だったのだ。
これといった感情や感想が選出されるわけでもなく、在るが儘に見た儘に言葉が並ぶ。
「俺たちに出来るこたぁ情報提供だけよ。後は街の奴ら次第、行く末を眺めとくことしか出来ねぇのがむず痒いな」
落ち着き払った乗船者は観測者としての急務を果たすしかないことを悟り、集会所本部もとい冒険者へ有益な速報を提出することを第一に、命ある大地を目に圧巻した。
オオオォォォオオォォォオォオオオ…………
熱気を噴火口から放散し、白い吐息となって霞む。
赤褐色の甲殻が土埃を払い除け、軟質の腹部を介して滴り落ちる。
一歩、また一歩と前進すれば地震が起こり、尻尾を薙げば強風が吹き荒れる。
「……この速度だったら、五時間余りでエルメスに到達するな。至急連絡をしろ、他は常に目を光らせておけ。『タイダラグアス』以外にも焦点を当てろ」
船内は至って冷静沈着。空に逃れれば直接的な被害が何一つないからだ。そのおかげで、適切な判断を下すことが出来るのだが……。
「なんなら特攻しようか? 激突すれば、その衝撃で燃料が爆発するだろ」
「それが正しいかどうか省みろやハゲ」
安全圏であり恐れるものが無いということは、客観的な態度を取ってしまうもの。一応彼らは専門職として、特筆すべき技能や知能を兼ねているのだが……癖となった冗談口は噤むことが困難である。
オオォォオオオォオオォォオオオオオオ……!
空に吠え、地を叩き、海を求める大怪獣。
大地は大気を震盪させ、進撃の狼煙を上げた。
「うわっ翼竜が飛んできた! 総員、衝突に備えろ! 管理室の者は事前に復帰準備を施せ!」
「た、隊長!」
「なんだ!」
「怪物の大軍が、森林から一斉に飛び出してきました!」
─草原(ロイン一行)─
「ちょ、止まってっあああぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!」
「ロイーン! どこまで行く気ですかー!」
「やっぱ後輩、キャクチョウとの適合性抜群だぁ。鬱になったキャクチョウも溌剌としそうだなははは」
依頼の都度、性懲りもなく横断していって見飽きた草原。エルメス城城下町に遠来した当初は、自分がお世話になる新天地として胸が高鳴っていたが、今では外出する時点で億劫な気分が勝る。
この草原も例外ではない。本能的に近寄りたくない場所は森林だが……どこもかしこも、ハッピーな思い出がこれっぽっちもないのがつらい。
そんな心的な不毛の地が終点なのだが、肉眼では確認されない脅威に萎縮するキャクチョウ八羽と三人の人間、そして鬼人と森人。
「ふおぉ……ふう……っはあぁぁぁああ!! おい赤髪、なぁにが名案だ……途中から意識ぶっ飛んだぞ……っ」
「文句は受け付けねぇよ。命に別状はないんだろ? じゃあ心配には及ばないな。いつまでも伸びてないで働き給え」
一戦も交えていないのにズタボロな鬼人。
アイシャの提案は非人道的で冷徹なもの。緊急時でもなければ、首を傾げるどころか鬼人を保護するためには武力行使も厭わない程残酷な一案。
キャクチョウに(体格的な意味で)乗れないロンゴを引き摺ろうというものだった。
気は引けたが、必要な犠牲ということで被害者以外は合点した。これが多数決の欠点だ。
丈夫な綱で手足を縛られ、捕虜同然の扱いをされた力の象徴。健気に走る怪鳥によって、雑草の上を滑走させられていた。
気遣いや暖かさなど微塵もない返答と、冷たい返答の主によって摩耗された体力。この二つがロンゴを弱気にさせた。
「……やっぱりこの鳥嫌いだ! 一つも言うこと聞かねぇ!」
「あ、ロイン君が帰ってきた。じゃあ早速、穴掘って火薬詰めよ! ここともう一カ所にも埋めるから、手早く終えるよ!」
地平線の彼方まで連行されたロインと、悲惨な目に合ったロンゴ。彼らを尻目に、店主さんは両手をパンッと叩いて指揮した。
店主さんは、どんな状況下に遭遇したとしても、マイペースで緊迫感のないパーティーには呆れるものがあった。




