小話 世界規模でやらかした
─隠れた雑貨屋─
「えっと……何かあったの? ぐったりし過ぎというか、元気がないというか……」
『店主』こと私は、はひどく困惑していた。
依頼に出掛けたロイン君とセリスさんは、いつにも増して額に青筋をたてていた。
ロイン君は、労働後の疲れや運動後の疲れのように、筋肉を使って何かをした疲労感であった。
セリスさんは……病院へ連れて行った方がいい。精神に何らかの異常があるようで、血色の悪い虚ろな感情しか表せていない。魔術か何かを仕組まれたのか、相手に何かをされたような疲労感であった。
瞳孔が縮こまっているのは気のせいだろうか。
「店主さん、この本が原因なんだろうけど……もしかして。見覚え、ある?」
ロイン君はそう言うと、一冊の異本を差し出した。禍々しいオーラを感じるこれは……どこか記憶の片隅に……
「……あっ!? これって『子供向けネクロノミコン』じゃんか! なんで持ってるの!?」
何年も売れ残ってた禁書じゃん!
「ほらセリス、事情を言いなさい」
「これはその……言い忘れてましたが、モヒカンの人が店主さん宛に差し入れをくれまして……冷蔵庫に保管しなきゃと思って、店主さんの部屋に入ったんですよ……」
「え、入ったの? ……まあいいけどさ。ちゃんと理由はあるし」
「……それで、用事を済ませたらすぐ出るつもりだったんですが、その本に惹かれてしまって……」
「勝手に持ち出したと、そういう事か……」
「はい……」
この子なりに配慮して、それでも招いた事態って事か。悪気なんて無いのは十分承知している。これ以上責め立てて負担を抱えさせるのは可哀想だし、この件は水に流そう。
「セリス、ただでさえ店主さんに迷惑掛けてるんだから、もっと自制をだな……」
「まあまあロイン君、そう言わないで、ね? 怪我をしなくて良かったし、他人を巻き込んだりしてないんでしょ? それなら、大目に見てあげなよ……」
この本に記された呪文やら儀式やらには、本当に効力がある説が濃厚なんだけど……まさか、何らかの怪物の召喚に成功したとかは……ないか。そんな大事には至らなかったのが何よりの証拠だし───
───いや、あったな。そんな大事。しかも丁度、今日。
街中にある、魔法が動力となる製品や機械が、同時刻に狂い始めた事件が。研究員たちが慌てふためき、民衆の間では天変地異の前触れかと噂が流れた。
恐らくこの事変は、世界中に渡っているだろうと直感した。
それ位の異常事態が、ロイン君とセリスさんが出勤した後に起きた。オーガクンとアイシャさんが真犯人という仮説も捨てきれないけど……私の悪い予感は、嫌なことに高確率で的中する。
「……一応聞くけど、ナニカの召喚に成功したとかは、ないよね?」
ロイン君の顔は苦虫を噛み潰したように、セリスさんの顔は絶望に陥れられたように、あからさまな表情をした。
……成功、したんだね。
「憶測でしかないけど、その事は誰にも口外しない方が身のためだよ? ちょっとした怪事件があったんだけどね、ソレがなんか……関連性満載というか……」
研究員たちは、まだ原因を把握していない筈だから……身柄を確保されることもないだろうし、監視されることもないと思うけど……慢心できないなぁ。
「あ、そうでした。店主さん、モヒカンの人が粉ミルクと哺乳瓶二個を請求してました」
「モヒカンの人……あぁ、あの人か。まだ在庫あったっけな……」
「粉ミルクは新しいもので、と言ってましたけど……」
「うっ……あの人、アレでも消費期限見てるのか……取り寄せるのも楽じゃないんだけどなぁ……」
─集会所本部─
「……貴女から此方へ伺ったということは、余程の重要課題なのでしょうな」
「はい、そうですね。私の予知でも感じ取れなかった、想定外の事様です」
不変の対面方式。扉の前には女性警備員、中央の机にはギルドマスターと修道女。
魔法の乱用を毛嫌いする彼女から来訪する珍事には、図太い精神をこしらえるギルドマスターでも、疑念が過る。我々には対処しきれない不穏が権現するのでは……
……などではなく、要件は聞かずとも熟知している。
本日、街中が、世界中が恐れ慌てた。正体不明の奇々怪々。
絶大な魔力が一瞬の内に世界を被い、魔法が関与する装置は悉くやられた。
人間に限った話ではない。怪物たちの挙動までもが不可解になってしまった。現地での調査を行っていた研究員は、臨時的に帰省して異常性を報告してきた。
これらが何を意味するか。
端的に、極端に言えば、世界滅亡であろう。
「しかし、貴女の予知ならば事態の会得が出来たでしょう?」
「私が見れるのは、そのままの未来なのです。つまり今回の事変は、時空そのものが歪んだり、想定もされなかった、起こること事態が不可能であった事が実現してしまった、と考えるのが妥当でしょうかね」
「なるほど。全てにおいて、ワケが分からん。あまり難しい話をするな、ついて行けなくなるだろう?」
「どうやってギルドマスターになったんですか」
「専門外というワケだ、ルイシュよ」
修道女は茶をすすり、ギルドマスターは席を立って腕組みをしながら窓の外を眺める。女性警備員は姿勢や表情を崩さず、二人を見守る。
「確か……」
「む? なんだね」
「確か、魔力の発生源については周辺機器が破損したために、特定する事が叶わないんでしたよね?」
「そうだな。困った事に、発生源が分からなければ、何がどうなって招かれた結果なのかすら闇の中だ」
「私、存じ上げますよ」
「……まじで? 嘘じゃない?」
「疑り深う人は嫌いですよ。……助言、と見做して頂ければ結構です。場所はエルメス城の臨海部、その外れにある砂浜です」
「あそこの砂浜だと? 面積も大したことない、平凡な?」
修道女はニコッと笑うと、飲み干したコップを起いて静かに立ち上がる。
「これを境に、予期せぬ事態が連鎖するかも知れませんね。例えば、そう、『古の龍の再生』とか……ふふふ。伝えたいことは伝えたので、これでお暇しますね。ではまた」
スタスタ……キィ……バタン
「いやいや、もうちょっと具体的に……行ってしまったか」
寂しくなった部屋。ギルドマスターは寂しいのは好きじゃないので、話し相手を捜す習性がある。
「……ゲ」
「ケイルです。冗談抜きで訴えますよ。それと、たまに私語で会話するのを控えて下さい。無関係かも知れませんが、威厳がなくなります」
「分かった、次からは気をつけよう。……しかしだね、私は『ゲイルよ』『ケイルです』のやり取りが割かし気に入っているのだよ。一つのコミュニケーションとして、受け止めてくれないか?」
「はぁ……」




